1-6 未来へと続く道


     ◆


 例の男は何度か店に現れて、俺はずっとはねつけ続けた。

「ケー、お前の才能が活かせるんだぞ」

 ナイトが口を挟んできても、もう俺は彼とは関わらないことにしていた。

 彼の裏切りは、俺の中ではまったく許容できなかったし、微塵も許せなかった。ずっと許せないだろうという確信すらあった。

 そうこうしているうちに冬になり、スカウトマンは驚異的な粘り腰で俺に付きまとい、どこかで嗅ぎつけたらしく俺の両親とも交渉し始めた。

 両親ともが「ゲームなんて仕事にできません」という返事をしたようだし、俺にも「もうゲームはやめろ」とか「お前の人生がめちゃくちゃになりつつあるんだぞ」と、いつになく激しい言葉がぶつけられた。

 まったく、これっぽっちも、いいことのないスカウトマンだった。

 店にはいい加減、何も構わずに通い続けたけど、ある日、店に行くと母親が待ち構えていた。しかも事務所に入ったところで、そこに店長もいる。

 母から見えないタイミングで、店長が肩をすくめた。こちらも同じことをしたかったけど、母の視界の中だったので遠慮した。

 散々に叱られて、そんな俺を前に店長は黙っている。

 賢明な態度だった。

 母親が俺の頬を張り飛ばしても、店長は無言。

 これも賢明だ。ややこしいことは避けるべきだったから。

 その店長に何度も頭を下げ、母が俺を引きずり出そうとした時、店長がやっと「ちょっと話をさせてください、ケルシャーと二人で」と口にした。

 母が渋々、事務所を出て、俺と店長だけになった。

「お前の母親も、結構、うるさいな」

「店長が助けてくれないからだよ」

 俺は張られた頬を撫でつつ、反論する。当然、冗談だった。それが面白いらしく、店長は苦笑いだ。

「助けてやりたい気持ちはあるよ。助けも助け、決定的な助けだけど」

「プランがあるなら、今すぐ助けてよ」

「まあまあ。これはお前の未来に関することだ。どれくらいの覚悟がある?」

 覚悟ってなんだろう?

 探るようにじっと見据えると、俺の視線から何かを感じ取ったらしい店長が、真面目な顔になる。

「例のスカウトマンには俺もうんざりした。お前もだろ? プロのゲーマーになるか? ならないだろ?」

「ならないと思う」

 ずっと考えていたことだった。

「少なくとも、あのおっさんと一緒にはやらない」

 口には気をつけろよ、と店長が不敵な笑みを見せる。

「で、ゲームをやめるか?」

「やめないと思う」

 はぁー、と今度は店長のわざとらしい嘆息。

「俺は俺なりに、お前の可能性や才能を活かす道を考えた。で、方々に話をしてみた」

「ゲーマーになるのを親は嫌がるよ。どこの会社だろうと、俺が何歳だろうとね。そしてあの様子だと、ここを出た瞬間、俺は二度とここへ来れない」

「待て待て、話を聞け」

 ちょっと店長が間を置いた。興味深い、こちらを引き込む沈黙だ。

「ゲーマーじゃないんだよ。とりあえずはお前はここに来るのをやめろ、それは絶対だ」

 反論しようとする俺を、さっと手を上げて言葉を止めると、次には言い含めるような口調で店長が言い聞かせてくる。

「こいつをくれてやるから、それで遊んでいろ」

 ぽいっと放り投げられたのは小型の携帯端末だ。

「そいつに俺から連絡をするから、待っていろ。良いな? 誰にも黙っていろよ。俺を信じろ」

 どう答えるべきかわからずに見返す俺に、店長は鷹揚に頷く。

 店長は俺の中で、誰よりも信用できる相手だ。

 それでも疑いが顔に出ていたんだろう。店長が少し眼を細める。

「信じろって」

「……うん」

 結局、俺は頷いていた。

 事務所を出て、母親の後に続いて店を離れた。振り返ったけど、もちろん、いつも通りの光景だ。

 自宅までバスで帰って、俺が六年の間、使い続けていたデータカードが没収された。例のサスのオリジナル版で、もうボロボロだけど、当時の俺にとっては命よりも大事なものだった。

 母に捨てないように懇願したけど、その時以来、あのカードを見ることはなかった。

 小学校と自宅の間を往復して、冬も深まっていく。

 店長が俺にくれた携帯端末には機動戦闘艇のゲームが組み込まれていて、俺は自宅の部屋でそれを遊んだけど、サスの筐体と比べると、全く力が入らない。

 だらだらと遊んでいるうちに、小学校も卒業式の日になった。

 俺は特に何の感慨もなく、卒業式を済ませ、特にクラスメイトとの別れを惜しむでもなく、両親と一緒に自宅に戻った。

 部屋に入ると携帯端末にメールが来ていた。店長からだ!

 そのメールには、妙なデータが添付されていた。開封すると、惑星マイスターである機動艇操縦体験イベントの参加者募集チラシだった。

 チラシを読み込むと、実機の機動艇に乗れるらしい。

 添付されている星海図を見ると今いる惑星ディーアからなら亜空間航法、特別な超長距離を超高速で移動するやり口を使えば、片道六時間の距離だ。

 俺はその日の夕食の時には両親を口説き落としにかかっていた。

 ありとあらゆる手法を駆使して、プレッシャーをかけたり、ちょっと引いてみたり、また押したり、泣き落としたり、取引をちらつかせたり、必死になった。

 卒業の記念に、とか、ゲームをやめるから、とか、とにかく、全ての手札を切った。

 結果、まずは母が受け入れ、母を言葉巧みに利用して父親を陥落させた。

 期日ギリギリに参加申し込みをして、俺は惑星マイスターへ向かう支度をした。両親は一人で行かせるのに抵抗があったようだけど、店長が同行する、と適当なことを言っておいた。母が心底から嫌そうな顔をしたけど、両親は仕事で忙しいのだ。

 チラシも店長がくれたし、などと言葉を重ねて、両親をうまく騙し通せた。

 はずだった。

 適当な言葉で翻弄し、両親を騙せたはずだったのに、宇宙空港に向かうシャトルの発着場へ着いた時、どこからともなくトランクを引きずって店長がやってきた。

 これには心底からびっくりした。超能力者かと疑ったほど。

「なんでここにいるの?」

「お前の母親が俺のところへ来たんだよ」

 嫌そうな顔で、店長が答える。

「お店はどうするの?」

「三週間くらい、どうとでもなるさ」

 こうして俺と店長は惑星ディーアを離れて、惑星マイスターへの定期便に乗った。

 三週間も別の惑星に行くのは初めての経験で、惑星マイスターについては念入りに調べておいた。地上は地球化されているけど、砂漠地帯が広い。

 体験イベントも、砂漠の真ん中にあるオアシスでやるらしい。

「いきなり大気圏内で体験イベントっていうのも、ハードじゃない?」

 不意に店長がいるんだから訊けばいい、と気づいて、亜空間航行中の旅客船の部屋で、俺は店長に訊いてみた。

 チラシの文言で、それが一番、気になった。しかしそこに明記されているわけで、法律上は問題ない、と勝手に考えていた。

「あー、あれは嘘だ」

 嘘?

 顔に感情が出ていたんだろう、眉をハの字にして、店長が教えてくれる。

「まずは軌道上で訓練だよ。十日ほどな。体験イベントはそれから一週間」

「えーっと、よくわからないんだけど……」

「あのチラシは俺が書き換えた。実際の体験イベントは、機動艇の操縦経験がある奴じゃないと申込めないイベントで、始まるのは今から二週間後で、一週間、行われる。で、俺たちは予定より二週間早く現地入りして、実機の操縦を経験する」

 訳がわからなかった。

 機動艇の操縦について、今までほとんど調べていなかった。というか、チラシに書いてあった内容では、実機の操縦経験云々が、ごっそり削られていたのだ、そうやっと理解した。調べなかったのも迂闊だけど、店長を俺は信じていた。

「えっと、俺は何をすればいいわけ?」

 店長が真面目な顔で言う。

「だから、実機を飛ばすんだよ」

 ……実機?

 議論しているうちに亜空間航法を離脱し、窓の向こうに半分が茶色い惑星が見えた。月も浮かんでいる。わずかに海も見えた。

 宇宙空港に旅客線が滑り込み、俺と店長はまだ言い合いをしながら、船を降りた。

 俺たちは実機の操縦ができるできないを話し続け、俺も店長も冷静さを失いつつ、しかし手続きだけはして、空港のゲートを抜け、広いラウンジに出た。

「なにやら元気がいいな」

 近づいてきた男がそう言って、手を差し出してくる。二人とも、口論に必死で、すぐそばに男が来るまで、ちらともそちらを見ていなかった。

 紳士然とした男で、服装はカジュアルだ。年齢は四十代くらいに見える。

 彼の手を店長が握り返した。

「このガキですよ、例の天才は」

「ケルシャー・キックスだね?」彼はこちらにも握手の手を差し出す。「私はスチール・オスロ。よろしく」

「け、ケルシャー・キックスです」

 何かに気圧されて、俺は慌てて彼の手を掴んだ。

 思わず俺は動きを止めたが、彼も同様に動きを止めた。俺も彼も、握手しているままのその手をじっと見ている。

 そして同時にお互いの顔を見て、視線がぶつかった。

「すごい手をしているね」

 そっと手を離して、静かな口調でスチールさんが言った。

「いえ」

 俺はそれしか返事ができなかった。

 彼の手は特徴的なマメがいくつもあって、ゴツゴツしていた。そのマメは、機動戦闘艇の操縦者に特有のもので、俺の手にもある。仲間では、ナイトの手にもそれがあった。

 つまり、目の前にいるスチール・オスロというこの男は、機動戦闘艇に乗っていた経歴を持っている。

 何も気づいていない店長が、急に落ち着いた俺を見て、ホッとしたように言った。

「ま、お手柔らかに、オスロさん。まだガキですから」

 こちらこそ、と柔らかく目尻を下げて、スチールさんがこちらを見た。

 こうして俺は人生で初めての師と巡り合った。



(続く)

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