1-5 不愉快な大人
◆
秋を実感するのは、落ち葉が歩道に積もっている時くらいで、俺の生活に変化はなかった
いや、変化はあった。中高生の姿が店から減る。それぞれに進路を決めなくちゃいけないのだ。遊んでいる場合ではない。
俺は義務教育として公立の中学校に普通に進学するわけで、試験なんてない。
気楽なものだった。
正直、いつかナイトが口にした、将来、って奴もまったく考えていなかった。
だからそれは、驚きがまず第一に俺を飲み込む事態で、大波にさらわれるように、まともな思考を根こそぎにする事態だった。
その日も学校終わりに店に行き、灰皿を洗って、筐体の前に行った。
「やあ」
見知らぬ男がいる、それも身なりのいい男だ、と思っていたら、その男が俺に話しかけてきた。スポーティーな服装だけど、ジャケットがやけに堅気っぽさを演出している。
その顔がいやに愛想のいい笑顔で、それはどこか大人たちが遊ぶ店の客引きを思わせる。
変な奴だ。
「君がケーなんだよね?」
思わずその場にいる他の客を睨みつけていた。
俺のことを他所で口にしない、それがルールだったはずだ。もちろん、誰かが決めたわけでも、証文を書いたわけでもない。
でもそれがマナーだったはずだ。
俺が睨みつけても、一人を除いてオロオロしている。
例外の一人は、ナイトだった。
彼が俺を裏切った。そう理解できた。
「そう聞いているよ、ケルシャーくん?」
本名まで話したのか。
俺は本気で男を睨み付けた。殺意を込めて。
「どこかの雑誌にでも載せるつもりですか?」思わず挑戦的な態度になっていた。「写真はなしです。記事もあげないでください」
「おっと、手厳しいね」
男はまだニコニコしている。俺が子供だと思っているんだ!
「どいてください、ゲームがしたいんです」
「それは失礼。どうぞ。見させてもらっていいかな?」
「俺が店長なら、店から放り出しますよ」
本気で言っているのに、本気で受け取ってもらえない。俺はまだガキなのだ。愉快がった男はまた笑い声をあげ、では、などと言って、俺のすぐ後ろに立った。画面や操縦の仕方を覗くつもりらしい。
マナー違反だ。
ナイトはいったい、どうしてこんなゲスを招き入れたんだ?
モードはタイムアタック。今のところのランキングはKとJが交互に並んでいる。俺が三つで、奴が二つ。
いつもの最高難度のコースで、機体もいつものストリート八型。
タイムレコードの更新に必要なのは、ギリギリのコース選択と、最後でのギリギリまでの追い込みで、どちらももう限界だと思っているけど、それでもJが一度更新し、それをさらに俺が更新していた。
たぶん、十位くらいまで表示されていても、そこにはKとJの名前しかないだろう。
集中を高める。しかし例の男のことが頭に浮かんで、ノイズのように集中を乱す。
くそ!
それでもレースは始まってしまう。癖になっているスタートダッシュ、超高速で限界まで無駄を削ぎ落としたコース選択の連続が、俺を飲み込んだ。
数える間もなくリングが後方に流れ、最後の一つをくぐる寸前に、もうスラスターを片方、切り離す。片方だけでギリギリの機動を行い、スピードを落とさずに最後の輪をクリア。
残っていたスラスターも切り離し、推進器を暴走させる。
ゴールをくぐり抜ける。タイムは赤い表示。それでも二位のタイムで、これで上位五位はK、K、J、K、Jという並びになった。
「素晴らしい!」
誰かが俺の頭からゴーグルを引っこ抜いたので、びっくりした。
例の男がゴーグルを持ち上げて、こちらを満面の笑みで見ている。
「君の技術には恐れ入った! こんな飛行方法を私たちは想定していなかった! 最高の技術と言ってもいい!」
なんだって? 私たち?
「こいつをやってみたまえ」
ぽいっとゴーグルが俺の手元に放り投げられ、男がジャケットのポケットから小さなメモリーカードを取り出すのが見えた。そのカードが筐体にあるカードリーダーに差し込まれる。
そのリーダーが使われるのは初めて見た。
メーカーが整備用に使う、と聞いていたのだ。
画面に見たこともない表示が現れる。エスケープが自動選択される。
「さあ、レッツロール!」
意味不明なことを言われたが、俺はゴーグルをつけた。機体を選択するまであまり時間がない。大出力と大火力が売りの、ジャムカ技術のボルト三型を選択。念のため、ポイントを消費して増槽をつけられるだけ付けた。
パワーがあるので、それほど影響はないはずだ。
ゲーム画面になり、遠くに俺が向かうべき機動母艦が見える。
背後には敵の機動戦闘艇。レーダーを作動させ、敵の総数を確認。
二十五を超えている?
ゲームスタートまでのわずかな時間に手動で、敵機にナンバリングする。
敵の総数は三十だ。それも見たこともない機体の群れだった。
混乱から立ち直る前に、ゲームがスタート。
すでに三方から半包囲態勢で、戦闘は避けられない。
が、予想外がいきなり発生した。
敵機の動きが速すぎる。包囲があっという間に完全になる。
敵機が少ない方へ逃れつつ、一対一を強制し、まずは一機を撃墜。しかし、見たこともない機体だった。
それから激戦になった。正体不明の敵機はとにかく小回りが効くとわかった。油断すると背後を取られる。際どいところで凌ぐしかない。
こんなことならこちらも小回りで対抗する機体を選ぶべきだった。
それにしても敵機の動きは、今まで相手にしてきたコンピュータよりもだいぶ良い動きをするな。これも油断できない点だ。
気づくと七機を撃墜していたけど、こちらは三つのスラスターのうちの一つは粒子ビームの直撃で全損して切り離し、もう一つも不調だ。当然、防御フィールドはダウンしていて、回復まで二十数秒がかかるという表示が視界の端にある。
ポイントを消費して搭載した増槽も切り離さざるをえなかった。
苛立ちながら、八機目を撃墜した時、ついに俺の機体は推進器に粒子ビームを食らって、撃墜された。
周りで眺めていた客たちが大声で落胆を表現する。
俺はシートの上で脱力して、いつにない集中の反動の疲労に打ちのめされていた。
負けたけど、あのシチュエーション、あの敵の動きで八機も撃墜した、と思えば、それほど悲観する結果ではない。
それにしてもあの機体はなんだったんだろう?
身を起こして、記録映像を再生させる。
再生しようとした時、後ろから伸びてきた手が例のデータカードを引き抜き、画面が暗転、コンテニュー画面になってしまった。
ばっと背後を振り向く俺の前で、例の男が笑っている。
「ますます気に入ったよ、ケルシャーくん。うちに来ないか?」
「うちって?」
「オウカドウだよ」
オウカドウ……。
「この方はスカウトマンだ」
男の横に進み出たナイトがそう言って、ちらっと男の横顔を見る。
「ケー、お前をスカウトしに来たんだ」
「よろしく」
芝居がかった様子で、男が名刺をこちらに差し出してくる。スカウトマンが嬉しそうに続ける。
「君が相手にした機動戦闘艇は、近いうちに帝国軍が採用する最新鋭機のデータを反映させたものだよ。次のバージョンのサスに正式に登場する。あれはテスト用のプログラムだ」
何から何まで、分からないこと尽くしだな。
男が変にウインクした。はっきり言って、気色悪い。
「あの機体が八機も落とされたのは、テスターたちでも及ばない記録だよ。君の腕前はそれだけすごいと思っていればいい」
俺はどう返事をするべきか、迷って、手元の名刺を見た。
でもそれで何かがわかるわけではない。
「うちの公式プレイヤーとして、帝国中のプレイヤーと対戦し、ファイトマネーを受け取る。やりたくないか?」
俺はまだ名刺を見ていた。
男はベラベラと何かを喋り続けていたけど、全く耳に入らなかった。
俺は一体、どうすれば良い?
(続く)
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