1-4 ひとりぼっちのレース
◆
お前は子どもっぽくないなぁ。
その日は真夏日で、店の中はムシムシしていて、それはバックヤードも同じだ。
時々、額の汗を拭いつつ、灰皿を洗っている俺の背中に店長がそういったので、思わず振り向いた。
「そんなことないけど」
「いや、子どもっぽくないな。もっと楽しい遊びを見つけろよ」
「サスが面白いんだよ」
シュート・アンド・スピードはマニアの間では、サス、と呼ばれる。
店長が顔をしかめて、端末用のペンを手元でくるくる回しつつ、こちらを見るけど、俺の手は灰皿の水滴を布巾で拭い続けている。
「サッカーとか、野球とか、やらないのか?」
「趣味じゃないね」
「体格はあるじゃないか」
どういうわけか俺は背が伸びて、たまに中学生に、場合によっては高校生に間違えられる。
「運動の才能があるかもしれないぞ」
「サスの才能も帝国で一、二を争うほどだけど?」
「サスの才能も何も、あれはゲームだ。才能じゃないさ、テクニックだ」
「テクニックが帝国で一番でも、すごいと思うけど?」
減らず口を、と店長はますます顔をしかめる。でもどこか愛嬌があるし、言葉にもからかう色がある。
「学校にはちゃんと行けよ」
珍しいこともあるな、と俺は思っていた。店長がここまで俺の生活に口出しすることは、めったにない。
「夏休みだよ」
「じゃあ、塾にでも通え」
「中学受験はしないよ?」
ムッとした顔で、それでも勉強しろ、と店長は机に向き直り、こちらに背を向けた。
俺は素早く灰皿をまとめて十枚ほど綺麗にして、店長から千ポイントをもらった。実際のところ、サスの記録映像の公開から入ってくる報酬で、サスのプレイ代はほとんど賄える。
サスの中のポイントは、機体の装飾などに使えるけど、俺はほとんど手を入れていない。サスを遊ぶ中でポイントがモノを言う場面がいくつかあって、余計なポイントは使わない主義だ。
表に出て、ゲームセンターの中をぐるっと回る。喫煙者どもがあっという間に吸い殻を量産した後の灰皿を、新しいものと取り替えていく。
顔なじみの無職の老人たちがタバコをふかして麻雀ゲームに興じている横を抜け、大学生たちが不機嫌そうにプレイしているスロットの間も抜け、格闘ゲームの筐体を横目に眺めて通り過ぎる。
一度、裏に戻って、吸殻が山積みの灰皿を置いて、もう一度、表へ。
サスは中学校も高校も休みなので、昼間でもプレイしている人がいる。
「食えよ、ケー」
高校生の一人が俺に気付いて、ホットドッグをくれた。
この高校生はこのゲームセンターの客で、俺の次にサスをうまく使うプレイヤーだった。
彼はNightwというアカウントで遊んでいて、読みはナイトウと読むしかないけど、この店ではみんなナイトと呼んでいる。
「ありがとう、ランキングはどうなっている?」
「一進一退だよ」
ランキングと言っても、俺とJのせめぎ合いのことで、ナイトはほとんど割り込めない。
タイムアタックの記録は俺が一位で、これは例のスラスター切り離しだけでは足りずに、一度は諦めた推進器を暴走させる手法で、どうにか維持している。この映像も公開したから、Jも見たはずだ。
Jは今も、一つの記録映像も公開していない。
どうやってポイントを稼いでいるんだろう?
ものすごいお金持ちなのかもしれない。
プレイしている高校生が撃墜され、筐体を降りた。
「先にやれよ」
ナイトが譲ってくれたので、俺が席に着く。シートを調整し、ゴーグルも調整。ペダルを軽く踏んで、操縦桿も倒し、持ち上げる。他の複数のレバーもチェック。
画面の中では操縦桿の動きでカーソルが操作され、対戦モードを選んだ。
正式には「バトル」と呼ばれるモードで、これにはレコードは記録されない。
実戦形式で、一対一、もしくは多数対多数で戦うシミュレーションモードだ。
噂では、帝国軍の兵士を養成する、士官学校や、士官学校に次ぐエリート学校の軍学校で、宇宙軍志願者がこのシミュレーションと同様のものをカリキュラムでこなすらしい。
まぁ、彼らはいわばセミプロで、俺たちとは違うだろうと、その頃はぼんやり考えていた。
自動で銀河のどこかにいる他のプレイヤーとマッチングされ、一個小隊八機が設定された。俺はこのモードで遊ぶ時は、アカウント名を隠している。
音声入力で仲間とやり取りをしつつ、ランダムで選択されたステージをチェック、全体を把握する。
戦闘開始までぼんやり待っているのは初心者で、移動可能な範囲で自機を動かし、駆け引きをするのが少しでも遊んでいるプレイヤーの手口だ。
俺も機体を動かし、相手に対してアドバンテージを取れるように工夫する。
戦闘が開始される。リーダーシップを取りたい奴が、指示を飛ばし始めるが、俺は中途半端にしか従うつもりはない。
このモードでの多数での連携は、時に意味を持つが、時に無意味にもなる。
間抜けな指揮官に従っているとあっさり全滅するから、指揮官ヅラをしたい無能な奴には従わないのが吉となる。
ただ、一機だけで突出すると、あっさりと自分から撃墜されに行くようなもので、仲間が必要ないわけじゃない。
耳元のイヤホンから響く仲間の音声でのやり取りを聞きつつ俺自身は無言。
背後で誰かが笑っている声がするが、その声はナイトだ。
敵の小隊は四機ずつに分かれて、二グループ。こちらは三機の塊とバラバラの五機。
自然に考えれば、敵のグループの方が数で勝っているが、このゲームは数で決まるものじゃないのだ。
俺は一気に突進し、片方のグループに挑みかかる。
集中砲火のお出迎えに、即座に逃げを打つ。相手はそっくりそのままついてきた。
こんなもんだろう。
そのままこちらの三機の塊の方へ誘導する、というのは見せかけで、実際にはばらけていた俺以外の四機が、ほとんど包囲するように敵の四機に当たっている。
数の上では一対一だ。
俺が加われば決定的だが、それは選択しない。
俺は少し離れている敵のもう一つのグループに向かう。向こうは二つに分かれて、二機が俺を迎撃し、残りの二機は仲間の救援を選択した。
まぁ、俺がKだとわかれば、こんな無謀もしないだろうが。
俺が向かってきた二機を落とした時、味方の七機は戦闘の真っ最中で、敵も味方も数が減っていく。
それでも最後には俺の味方が俺も含めて三機残った状態で、敵機は全滅、決着だ。
見ず知らずの一度きりの仲間たちが声を交わすのを聞きつつ、ゴーグルを外すと、ぐっと静かになった。
「退屈そうだな、ケー」
「まあね」
筐体の横のテーブルに置いていた食べかけのホットドッグを手に取って、席から離れた。ナイトが入れ違いに席に座る。
「お前、将来はどうする?」
ゴーグルをつけたナイトの言葉に、俺は少し笑っていた。
「これでもまだ小学生だよ。公立中学校に通って、適当な高校を選ぶんじゃないの?」
「真剣に考えた方がいいぜ」
俺は彼に見えないのを承知で肩をすくめて、少し離れて、ホットドッグ片手にそのナイトの様子を見た。
彼もバトルを選択する。彼は俺と違って、アカウント名を公表するし、音声で仲間とやり取りもする。
勝負が始まり、ナイトが戦いの火蓋を切る。
そこで右のスラスターを吹かす。俺はそう思った。
俺の心とは裏腹に、ナイトはスラスターを起動しない。
防御フィールドで受けなくてもいい粒子ビームを受ける。フィールド出力、三割減。
捻るように敵の下へ!
そう思う俺をよそに、全く違う行動をナイトが選択する。
またも防御フィールドが攻撃を受け止め、出力は通常の二割にダウン。
前方に踊り出す敵機が見えるけど、ナイトの方は相手を照準できていない。
撃たれる。フィールド、消滅。
撃墜される。
そう思って見ていると、敵機の方が撃墜された。横から飛び出してきた僚機が画面を横切る。
代わりにナイトの攻撃が、僚機にくっついていた機体を不意打ちで落とした。
ナイトが「ありがとう!」とか「おあいこさ!」と叫ぶ。
ありがとうも何も、無駄なダメージを受けて、迂闊なことばかりしているのは、ナイトの方じゃないか。
俺なら、もっとうまくやれる。
ホットドッグをかじりつつ、どこかシラけた気持ちで、俺は目の前の光景を見ていた。
そうして小学六年生の夏休みは進み、終わった。
秋になったら俺の人生に激震が走るとも知らずに、夏休みの最終日に、俺は必死に宿題を進めていた。
(続く)
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