1-3 チェンジ!


     ◆


 その日は小学六年生になったばかりで、店の仕事をした後に端末の前に行ったけど、なんとも重苦しい空気に、静かな驚きを感じた。

 まるで誰かが死んだような雰囲気だな、と思った。俗に、お通夜みたいな、って奴。

「やあ、ケー、こいつを見ろ」

 まるで俺を待っていたように、端末は空席だった。一人の高校生が操縦桿をいじって、それを表示させた。

 タイムアタックのレコード一覧。

 第一位は、Kではなかった。

 そこには「J」という文字がある。

 俺の記録はわずかに百分の一秒、縮められていた。

「へぇ……」

 思わず声が漏れたが、それは呆然というより、また縮められるのか、という感嘆からの声だった。

 だって、俺は必死の思いでタイムを削って、これ以上は無理だと考えていた。

 それをどこかの誰かが、百分の一秒、ほとんど誤差だとしても、更新した。

 やるなぁ。どこの誰だか知らないけど、やるものだ。

 感心した。心の底から。

 でもすぐに、闘志が蘇った。

「プレイしてもいい?」

 中高生はどこか恐々とした様子で、俺に道を開けた。

 シートに座る。さて、どういう可能性で、タイムを削るだろう。タイムアタックのプレイ動画は記録されるけど、消去も可能だ。

「そのJのプレイ映像は記録されてる?」

「記録されていないよ」誰かが答えた。「卑怯だな」

「俺が開けっぴろげなだけだよ」

 そう応じて、つまり、見せられないような裏技か、と考えた。

 裏技と言っても、システムの不備をつくような手法じゃなくて、決められた仕組みの中で、まだ発見されていない、何らかの技術があったはずだ。

 このまま無策でプレイしても、記録を更新できる自信はないな。

 操縦桿を右へやったり左へやったり、前に倒したり手前に倒したりして、考えた。

 今のレコードの二位から五位は俺で、どれもほとんど差はない。つまり誤差に近い。

 誤差を誤差ではなく、確実にする手法か。

 このゲームでは二十を超える機体の中からプレイヤーが自分の機体を選択する。

 だが、スペックをいじることはできない。

 俺がタイムアタックで使っている、ケヤキ社のストリート八型が最善なのは確実だと思っていた。でも別の可能性がある?

 迷いつつ、機体を選択する画面で、操縦桿を頻繁に動かして機体のステータスを比較する。

 何か違うな。機体の性能でどうこうなるわけもないんじゃないか? 考えながらも操縦桿は止まらない。

 やっぱり慣れた機体でやるべきだ。今ままでの自分のタイムを信じよう。

 なら、機体に依存しない別の手法を考えないと。

 ふと思いついたことがあり、実践する気になった。

 ゲームをスタートさせる。もちろん、最高難度のコースで、このコースの全てを俺は把握している。

 リングからリングへ走り、ほぼベストに近いタイミングで終盤へ。

 が、リングに接触し、失格になった。俺の周囲でため息がいくつも上がる。

「もう一回、やっていい? いや、あと二回」

 俺を囲んでいる中高生たちは揃って頷く。まるで俺が鬼の形相をしているかのような雰囲気だ。

 機体はそのままで、ステージへ。さっきとそっくりそのまま、なぞるように先へ進む。

 最後のリングをすり抜け、前方にはゴールのリング。

 シフトペダルを踏み、操縦桿を振る。

 最大出力のまま、ゴールに突進。画面の片隅で赤い点滅。

 推進器に過剰な負荷がかかっている。このままでは爆発するという警告だった。

 構わずに推進器のペダルを底まで踏みつける。

 ゴールを抜けるか抜けないかという瞬間に、画面全体が真っ赤な点滅になり、「失格」と表示されている。

 タイムをチェックすると、ゴールしていればレコードに限りなく近いタイムになる数字だ。

 うーん、別の手法か。

 俺はゲームがコンテニューされるのを見つつ、考えた。

 推進器が爆発する寸前まで加速してタイムを削る手法は、使えそうだけど、今のようにタイミングを誤れば失格か。

 と、コンテニュー画面に何かを通知する表示が出て、それはレコードの更新の表示だった。

 操縦桿を傾けてチェックすると、俺が占めていたはずの第二位のところにJの名前が表示されている。

 つまり一位と二位がJで、三位、四位、五位がKだ。

 なにやら周りの空気が余計に重苦しくなったが、俺は動じなかった。

 このJという男か女かわからないプレイヤーは、さっきの俺のような強引な手法ではない、堅実な手法でタイムを縮めている。

 ひらめきは唐突にやってきた。

「もう一回やるけど」

 もう周りの中高生は反応しない。まるで自分の拠点が敵によって陥落させられたのを、通報で知った兵隊たちのような雰囲気だ。

 タイムアタックを選択、機体はストリート八型のまま。

 カウントダウンを見ながら、集中する。深呼吸。肩を上下させて、リラックスを心がける。

 ゴーグルを持ち上げ、短い時間、目をつむった。

 よし。

 ゼロと同時に、ペダルを踏み込む。

 リングからリングへ、すり抜けていく。

 もしこのゲームに隠し通路があったら、俺の努力も無意味だな。そう思いながらも、正攻法で攻めていく。

 リングが消え、前方に最後の、黄金の輪。

 さっきと同様、シフトペダルを即座に踏みつけ、推進器は出力全開。

 今度は崩壊しないように加減する。

 そしてここからが、さっきと違う。

 操縦桿のスイッチを普段はしない手順で素早く押し込んだ。画面に警告が出るが、一瞬も間をおかずにさらにスイッチを弾く。

 グンと、機体が加速した。

 ゴールをすり抜ける。

 なるほど、これが正解か。

「すげぇ……」

 誰かが呟くのを聞きながら、俺は画面をもう一度、見た。

 タイムを表す数字は、青い表示。Jとやらのレコードを、百分の五秒、更新していた。

「こんなやり方、ありかよ……」

 ゴーグルを外そうとしたけど、ちょっと手が震えていて、それを隠すのに苦労した。

「反則じゃないよ」

 俺は席を立って、わざとらしく屈伸した。膝もガクガクしている。初めてのことだった。

 膝を曲げ伸ばししつつ、解説していた。

「ゴール寸前にスラスターを切り離して、機体を軽くする。ちょっとした工夫だったね」

 平然を装う俺をよそに、周囲の連中はまだ驚きから脱することもできず、じっと、幻かどうか確認するように画面を見ている。

「い、今の映像、公開するのか? ケー」

「ああ、どうしようかな……」

 俺は屈伸をやめて、ちょっと考えた。

 ここはフェアに行ってやろう。

「公開しよう、それが王者ってものだから」

 中高生たちが急にワッと沸き立ち、俺を抱き上げたりし始めた。

 新しい、帝国で一番速い記録を出した映像は、即座に全部の端末で共有された。この映像の公開は、ちょっとした小遣い稼ぎになるんだけど、この時の閲覧数は桁違いで、小遣いどころじゃなかった。こっそり店長に隠してもらった。

 その日のうちに、レコードの二位も取り返して、順位は上からK、K、J、J、Kとなった。

 ただ、俺がタイムアタックに精を出している間に、Jは他のモードの攻略を始めた。

 最初の標的は「エース」と呼ばれる、コンピュータの操る敵機を落とせるだけ落とすモードで、俺が一位から四位までを独占していたのが、一位と三位にJの名前が割り込んだ。

 翌日に俺がエースをやり込んでいると、今度は、エスケープの記録が塗り替えられた。エスケープの記録は他の二つと比べてやや複雑で、ポイントの計算が難しい。このモードでは第一から第三位が俺だったのを、Jが一位に躍り出た。

 今度はエスケープを塗り替え返していると、Jはタイムアタックで五位のタイムを出し、こちらの順位はK、K、J、J、Jとなる。

 唐突に俺の王国は揺さぶられたけど、俺には危機感は少しもなかった。

 むしろ、嬉しかったくらいだ。

 俺と同じ技量の持ち主が、ちゃんといたのだから、嬉しくないわけがない。

 そうして、俺は小学校が夏休みになると、まさに毎日、ゲームセンターに居座った。



(続く)

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