第1部第1章 仮想宇宙激闘編 ケルシャーのゲーム

1-1 ゲーム・ウォーズ


     ◆


 初めてそこに行った時、何を考えていたかは、あまり覚えてない。

 惑星ディーアの第三都市、その外れにあるゲームセンターだった。

 時間は真昼間で、俺は六歳だった。小学校を脱走し、そこに逃げ込んだ。様々な筐体のほとんどは空席で、それは平日の昼間だからだが、後になってみると、この店が客で溢れたことはどの時間帯でも滅多にない。

 ゲームセンターという場所に入ったことは、それまではなかったと思う。

 だから、全ては偶然から始まったんだろう。

 店の奥にあった機動戦闘艇のシミュレーションゲーム。オウカドウというメーカーの「ショット・アンド・スピード」の第一弾。

 マネーカードは持っていた。もちろん、普通の小学生のお小遣いを超えない範囲のポイントしかチャージされていない。

 何気なくカードを差し込み、座席に座る。背もたれの横に目元を覆うゴーグルがせり出してきた。調整して、それで目元を覆うと、目の前のモニターのその手前に、計器類が立体画像で表示された。

 すごいぞ、本物みたいだ!

 そう思ったかもしれない。でも、本当に忘れたんだ。

 目の前の操縦桿を模したスティックを操作して、機体を選ぶ。ゲームモードは、タイムアタックに挑戦するそのままの名前のモードの「タイムアタック」を選択。

 すぐに目の前の画面が宇宙に変わるが、遠くに円が無数に見える。

 それを全部くぐればいいらしい。

 そもそも初めてのゲーム機なので、操作方法がよくわからない。

 あっという間にスタートし、ああでもないこうでもない、と俺は二本の操縦桿と、四つのペダルをでたらめに踏んで、操作方法を探ろうとした。

「右の第一がメインの推進器。第一は内側だ」

 いきなり背後から声がした。でも振り向く余裕もない。踏み込むと、一気に画面が変化し、円が近づいてくる。

「左の第一はシフトだ。左右の第二、外側の奴は姿勢制御用のスラスター。操縦桿で主に姿勢を整えるんだ。操縦桿の脇にシフトレバーがある、左第一を踏むと動くよ。それで推進器とスラスターの出力を切り替える。ボタンも推進器、スラスターの切り替えのためにある。赤いのがトリガー」

 結局、その時は一つ目の輪も抜けられずに、ゲームオーバーになった。

「素人のガキが何しにきたんだ?」

 シートにゴーグルを戻した俺は、やっと声の主を振り向くことができた。

 中年男性で、ものすごく似合わないが、ゲームセンターの制服を着ている。

「小学生か? 補導されるぞ」

「匿ってよ」

 反射的にそう言うと、彼は目を丸くした。ほとんど眼球が落ちんばかりに。

「何から?」

「大人からだよ。退屈なんだ!」

 じっと俺を見て、黙り込む。俺もだんまりだった。しばらくのにらみ合いがあり、それから噴き出すように彼は笑って「じゃあ、仕事を手伝え」と言った。

 仕事は大人がするものだと思っていた一方で、仕事をすればお金がもらえる、とも思っていた。なんとも、ストレートな少年ではある、我ながら。

「お前、名前は?」

「ケルシャー・キックス」

「韻を踏んでいるな、ヒーローかよ」

 そんなことを言う男に俺は店の裏に案内されて、仕事とやらが始まった。

 その日は夕方まで、そのゲームセンターのバックヤードで新しい景品の開封と整理を、その男とやった。

 もうそろそろ帰らないと、と思った時、男と同じ制服の女性がやってきて、怒り交じりに怒鳴った。

「店長! 警察に突き出しますよ!」

 店長? この男が?

 男はムッとした表情で、「手伝ってもらってたんだ」などと苦しいことを言い、ポケットからそのカードを俺に差し出した。

 ゲームのデータを記録するカードで、その当時の俺の、小学生の金銭感覚では、かなり高価な品だ。しかも「シュート・アンド・スピード」のオリジナル版だった。

「くれてやるから、またうちの店に来い。学校をサボるなよ」

 こんな奇妙な縁で、俺はこのゲームセンターに通うようになった。

 時に学校帰りに、時に学校をわざと遅刻して登校する前に、もしくは、学校を早退して。

 このゲームセンターは特に取り柄がない店で、第三都市でも中央駅のあたりにあるゲームセンターと比べると、全ての面で劣っていた。

 雑居ビルの一階をぶち抜いただけで、薄暗くて天井が低い店内。喫煙が許されているので常に煙たい。エアコンが故障していて、夏は暑く、冬は寒い。

 何より、客層が悪かった。

 天変地異が起きても、カップルが入ってくることはない。

 店にいる客の大半は失業者か、フリーター、大学を放り出した学生、そんなものだ。

 常に誰かいるのはスロットのコーナーで、ここは特に空気が煙に支配され、灰皿はどれもがすぐに吸殻でいっぱいになる。たまにアルコールが堂々とそばに置かれている客もいる。

 俺がこのゲームセンターでやることは、この灰皿の始末がメインで、店長はすぐに俺と話をして、灰皿をひとつ片づけるごとに百ポイントを渡す、と提示してきた。

 百ポイントは電子マネーに置き換えると、ジュースのペットボトル一本と同じくらいの価値だ。

 少し豪勢すぎる気もするが、この店は働きたい奴もいないし、数人のアルバイトは例の女性以外、半分は客で、ほとんどの時間をそれぞれにゲームに興じている。

 そんな変な空間に俺が混ざることができたのは、あまりに小学校が退屈だったのと、六歳のガキにしては立派な行動力、それに上乗せされる、ゲームセンターの連中のあけっぴろげさだった。

 とにかくこの店の客は、俺がいても、全く遠慮せずにタバコを吸うし、まだ理解できない下ネタも平気で口にする。

 まったく、マナーも何もないのだ。

 でもそれが俺には嬉しかった。俺を一人の人間として認めているようで。

「あなた、学校はどうしているの!」

 例の女性店員だけが、俺に目くじらを立てていて、他の店員も客も俺を擁護したけど、彼女にはまったく通じなかった。

 ガミガミ女、とみんなが呼んでいるけど、店長の親戚らしかった。

「俺の姪だよ」

 店長がそう教えてくれたのは、いつだったか。

 俺は頻繁に灰皿を片付けて、ポイントを貯めて、「シュート・アンド・スピード」にそれをつぎ込んだ。昼間でも、夕方でも、隙あらば筐体に飛びついた。

 最初はやっぱりまったくダメ。タイムアタックでは失格だし、他のモードでもすぐに撃墜される。誇れるもんじゃないし、そもそも行き当たりばったりで、戦略も戦術もなく、それ以前の技術が、決定的に不足していた。

 一ゲームで百ポイントの支払いが必要なので、灰皿一つで一ゲーム、と考えて、俺は遊び続けた。

 一番の問題は両親をどうやり過ごすかで、最初こそ遅刻や早退を腹痛や頭痛で済ませていたけど、それも利かなくなった。

 小学生の間、だいぶ両親に叱られたけど、最終的には学校が終わったらすぐに店に行き、灰皿を片付け、遊ぶことに落ち着いた。

 一年が過ぎ、二年が過ぎた。客たちはその間、全くと言っていいほど、変わらなかった。

 俺も流石に灰皿一つの賃金が高すぎると理解したけど、店長はそれを変えなかった。変に義理堅い人だった。

 その時には俺は店にいるおっさん連中を相手に、「ショット・アンド・スピード」では負け知らずになった。たまに金を賭けようとする客もいたけど、そういう時は断った。

 負けるのが怖ったのだ。お金もなかったし。

 夕方、店に飛び込み、すぐに灰皿をまとめて片付け、ポイントをもらい、ゲームを始める。おっさんたちが酒を片手に俺に負けて、引き上げていくと、「現役」と言ってもいい中高生の奴らがやってくる。

 彼らこそがその時の目標だった。

 どこで訓練しているのか、ものすごく上手い人が何人もいた。

「負けたら席を譲れよ、皿洗いちゃん」

 この時はまだ、俺は皿洗いちゃんなどと呼ばれていたのだ。

 勝てても二回で、負けたら席を譲るしかない。短い列の最後尾に並んでも、目の前にいるほんの五、六人の少年たちは、一人が何ゲーム、場合によっては十ゲーム以上、遊び続けるので、なかなか俺の番まで回ってこない。

 待っている間は、彼らの操縦を見て勉強した。

 勉強というほどの意識もなかったけど、俺はその時はほとんど実際の機動戦闘艇というものを知らなくて、実際のパイロットがどんなことをするかも知らない状態である。

 目の前の少年たちの手さばき、脚さばきが全てだった。そして大型モニターに映し出される映像も、食い入るように見たものだ。

 そうして、さらに二年が過ぎた。

 俺は小学五年生で、誰も俺を皿洗いちゃんとは呼ばなくなった。

 みんな、俺を「ケー」と呼ぶ。

 あっという間に改良が進んだ「シュート・アンド・スピード」は、五番目のバージョン、ファイブまで更新されている。この場末のゲームセンターにそれがあるのが不思議なほど、場違いに豪勢な筐体だ。

 その筐体はほとんど俺のもので、ゲームの様々なモードのレコードを見ると、一位から五位までが表示されるそこには、いくつも「K」の文字がある。

 このレコードは、店にある端末だけじゃない。

 帝国中の端末が情報ネットワークで接続されている。

 つまり、俺の実力は、この四年間で帝国でもトップレベルになっていた。

 俺、ケルシャー・キックスは、この煙が立ち込める店の、隠れたヒーローになっていた。



(続く)

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