第二話 凜々花ちゃんは下着が買いたい

 放課後。

 今日は午前授業だけなので、私は学校近くのショッピングセンターに寄って、気になっていたホラー映画を観てきた。

 本当は郁と一緒に行きたかったのに。エリ姉と食事なんて、困った幼馴染よね!


「そもそも、郁は私とエリ姉のどちらを真の幼馴染だと思っているのかしら? 出会ったのはエリ姉が先だけど、私はほら、あれよね? 過ごした時間なら私の方が長いから!」


「……ねえ、凜々花ちゃん。もう帰ってもいい?」


 劇場内にある小さな飲食スペースで、私の話に退屈そうな反応をするのは莉生だ。

 何を隠そう、郁の代わりに連れてきたの! 莉生とは映画の趣味「だけ」は合うから、こうして一緒に映画を観る事が度々ある。


 莉生は萌え袖状態でアイスミルクティーのカップを両手で持って、その小さな口にストローを咥え始める。何だか……とってもエッチね!


「映画の感想を語り合った後に、何で凜々花ちゃんと幼馴染の定義について議論しなきゃいけないのさ」


「あら? 拗ねているの? 自分は郁と出会ったのが遅いから、幼馴染属性が無くて拗ねているのね! ふふふ。でもこればっかりは運命だから仕方ないわね!」


「……凜々花ちゃんのそういうところ、きらい。そもそも僕は親友属性だからいいもん」


 莉生は明らかにご機嫌を斜めにして、私から顔を背けてしまう。

 その横顔が妙に可愛いから嫌になるわよね。私も莉生みたいに、庇護欲を掻き立てるような可愛らしさがあれば……きっと、郁だって。


 ああ、もうっ! 無いものねだりをしても仕方ないのに、このあざとい同級生を見ていると余計な事を考えちゃうじゃない!


「ねえ、凜々花ちゃん。一つ聞いてもいい?」


 私が変なことを考えていると、いつの間にかこちらに向き直った莉生が尋ねる。


「仕方ないわねぇ。昨日の晩御飯はナポリタンでした」


「すごい。僕が聞こうとした事に一ミリも掠ってないね」


「ちなみに初恋は幼稚園の頃で、ファーストキスの年齢は秘密です」


「アイドルのインタビューかな? あ、でもこっちは近いかも。凜々花ちゃんって、さ」


 郁ちゃんの事が好きなの?


「ぶっふぅあ! おぅえ!」


 莉生の質問に、私は飲んでいたいちごミルクを噴き出しそうになった。

 乙女のプライドが勝って、何とか飲み込んだ後に空気だけを吐き出すだけに留めたけどね! 女の子ですから、凜々花ちゃんは!


「きゅ、急に何を言うのよ……!」


「変な質問かな? ちなみに僕は郁ちゃんが好きだよ」


 好き。そう言い切った莉生に私の心が一瞬だけ大きく、嫌な感じに揺れ動いたけど。


「一緒に遊んでくれるし、中学生の頃から色んな事を二人でしてきたからね!」


 無邪気な笑顔で言葉を続けた莉生に、文字通り心の底から安堵した。

 び、びっくりさせないでよ! 男である莉生に、こんなに感情をかき乱されるなんて。


「あ、そういうことね……それなら、私も」


 好き。


 そう続ければいいだけなのに、何故だか言葉が中々出てこなかった。

 そんな私に対して、莉生は意地の悪い笑顔を見せつけてくる。やめてほしいのだけど!


「もしさ、郁ちゃんが今日……エリ姉と恋人同士になったらどうする?」


「え? いきなり何を言うのよ? そんなことあるわけないじゃない」


 困惑する私に、莉生は続ける。まるで天気の話でもするかのような気軽さで。


「そうかな? じゃあ例え話でいいよ。二人の関係が変わって、僕らは今までのように郁ちゃんと遊べなくなる。そうなった時に凜々花ちゃんは、一体どうするのかな?」


「わ、私は……! それでもその時は、きっと」


 ううん。エリ姉だけじゃない。私以外の誰かと、郁が付き合う未来があったとして。


 少し先の「未来」の私は、何をするのだろう?


 何より「今」の私は、何をしたいのだろう?


「……つ、伝えるわよ」


「何を?」


「だ、だからその。あ、あなたと一緒よ!」


「うーん。ちゃんと凜々花ちゃんの言葉にしてくれないと、僕分からないや。えへへ」


「あ、うぅ……っ!」


 ああ、もうっ! わざとらしく首を傾げる莉生って、本当に生意気で嫌になるわね!


 莉生が女の子だったら絶対に好きな人を取り合いたくない。


 こんな反則級の顔や仕草をしている子なら、郁も一瞬で好きになるかもしれないし。


 郁は……お母さんを亡くしてから、誰かを「好き」になる気持ちを抑えているのかもしれない。直接聞いたわけじゃないけど、いつも寂しそうな顔をしているから、そう思う。


 だから、私が――。


「私が郁を世界中の誰よりも、一番好きだってことを伝えるわよ!」


 郁の『唯一無二』になれたらいいなって、そう思う。

 あの人の心に「愛」を教えることが出来る、『特別』になりたい。


「あはは。やっぱり凜々花ちゃんも、僕と同じで郁ちゃんが大好きなんだね?」


 大声で叫んだ後で、からかうように笑う莉生にそう言われて顔が熱くなる。


「そ、そうよ! あなたと同じで郁が好きなの! あなたと同じで、ね!」


 自覚している想いを口にするって、なんでこんなに恥ずかしいのよ……?

 思わず取り繕っちゃって、バカみたい。莉生と私の想いは、「同じ」じゃないのに。


 私の方がずっと前から、もっと郁を好きなの! なんて、言えないけど。


「じゃあこれからも僕と一緒に、郁ちゃんを好きでいてあげようね。いつも少し寂しそうな顔をしているけど、僕らが傍に居ればもっと笑顔になってくれるはずだから!」


 そっか。私だけじゃなくて、莉生も気付いていたのね。郁のことを、ちゃんと見ていてくれて、分かっていて、私と同じような気持ちを郁に……あれ?


 どうしてかしら?


 目の前に居る「男の子」が、何故だか「恋敵」のように思えてしまうのは――。


「……ねえ、莉生。この後買い物に付き合ってくれる?」


「いいけど、どこに行くの?」


 相変わらずあざとく小首を傾げる莉生だけど。

 果たしてその余裕は、私の言葉を聞いた後でも保てるかしらね?


「一階にあるランジェリーショップよ。セクシーなブラが欲しいの。胸が育ったのよね」


「ぶっ……! い、嫌だよ! 僕はそんなところに入りたくないよぉ!」


 私の口から飛び出した単語一つで、莉生は顔を真っ赤にして顔を背ける。

 あれ? 初心なだけなのかしら。それとも……やっぱり男の子、だったり?


「いいから付いてきてよ。つま先だけ! つま先だけでいいから入店しましょう? 怖いのは最初だけだから。優しくするから! 凜々花ちゃんは怖くないですよー?」


「いやだぁ! そう言って最後まで乱暴に押し込まれちゃうやつだよぉ! たすけてぇ! 郁ちゃぁあああん!」


「うふふ。叫んでもこんな所に郁が来るわけないでしょう? ほら、行くわよ!」


 泣き叫ぶ莉生の華奢な腕を引っ張って、私は無理やり映画館を後にした。

 この純粋な思春期男子的な反応からして、やっぱり私の杞憂だったかも?


 だけどさっき、私の事をイジメたんだからちょっとした仕返しくらい許してよね!


 郁にもう一度、「愛」を教えてあげるのは誰になるのかしら。


 私もその一人になれればいいと思うし、なりたい。だけどそれ以上に。


 郁と深い絆で結ばれる誰かが居たら……きっと、その子がその役目を担ってくれる。


 世界一可愛い幼馴染である私よりも、郁が「愛しい」と思える存在が居れば、ね!

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