XX月XX日 世界一可愛い娘が会いに行きますよ!

「おーい、燈華。早く起きないと遅刻するぞー」
早朝。お布団の中で何度か寝返りを打っていると、お父様が私の部屋に入って来て、無理やりシーツを剥ぎ取ってきました。ぐぬぅ……ね、眠いです。
「ふあぁ……おはようございます、お父様ぁ。あれ? もう制服に着替えているのですか?」
「ああ。というか、もうあと十分くらいで家を出る時間だぞ? 朝食代わりにオニギリを握ってやったから、これを食べながら登校しろ」
「ううーん……この風の匂いと空の色からして、午後は嵐が来るはずです。なので二度寝しますね。ぐぅ」
「俺の娘は海賊か何か? ほら、着替えを手伝ってやるから。全く……子供か、お前は」
お父様はそう言って、慣れた手つきで私のパジャマを脱がして、代わりに制服のワイシャツとスカートを着せてくれます。なんだかお姫様気分ですね。ふへへ。
「そうですとも! 私はお父様の子供なのです! 良く出来た娘でしょう?」
「そうだな。俺の娘は賢いから、この後ちゃんと歯磨きをして一緒に登校出来るよな?」
「任せてください! そんなの昼飯前ですとも!」
「朝飯前にやるべき事が出来てないからって、大幅に時間をズラしやがった……!」
それから私は言われた通り、急いで身支度を終えてお父様と一緒に高校へ向かいます。
お揃いの制服で肩を並べて、二人で通学路を歩くなんて! 夢みたいです!
「あれー? 燈華ちゃんといーちゃん。今日はギリギリだね?」
家を出てすぐに、向かいのアパートの前で顔なじみのお姉さんと顔を合わせました。
エリ姉さんです。お父様より七個年上の、近所の大学生です! ちなみにワケあって二回ほど留年していますが、とても優しくて可愛い人ですよ。
聖母のような笑みに、ほどよく大きいお胸とお尻がえっちですねえ! くぅー!
「そうなのです。今日はお父様が盛大におねしょをしたので、遅くなりました」
「んん? 俺の娘は何で、さり気なく遅刻の罪をお父様に擦り付けているのかなぁ!」
私の言葉にお父様は慌てて否定します。それが却って怪しいですね?
「お父様、エリ姉さんの前だからって格好つけなくても……秘密にしてあげますから」
「既に暴露しているじゃん! いや、そもそもしてないけど! え、エリ姉? 嘘だからね? 燈華が寝坊しただけだからね?」
私たち二人のやりとりを見て、エリ姉さんはくすくすと小さく笑ってくれます。
「まあ、私はいーちゃんが幼い頃に漏らした姿を見ているから、別に……ね? あ? お姉さんが綺麗にしてあげようか? 一緒にお風呂入って。ふふっ」
「え、エリ姉ぇええ! だから漏らしてないってば!」
顔を真っ赤にしているお父様に対し、エリ姉さんは大人の余裕たっぷりで返します。
ごく自然に一緒にお風呂入ろうとする辺り、『ママリティ』が高いですねぇ……!
私とお父様はそれから少し急ぎ足で学校に向かったのもあって、何とかホームルーム前に教室へ入る事が出来ました。
「危なかったですねー! お父様の膀胱も次から余裕を持って欲しいです」
「俺の娘は記憶を改竄されているらしい。帰ったらお説教して目覚めさせないとなぁ?」
「ひぇっ……た、助けてください! 莉生さーん!」
目が全く笑っていないお父様から逃げるように、私は窓際の席に座っている莉生さんの元へ駆け出します。
莉生さんはお父様の知り合いで、萌え袖をナチュラルにキメて、キュートな言動で相手を悶えさせるような仕草をするあざと……可愛い人です!
「おはよう、燈華ちゃん。なになに? どうかしたの? よしよし」
莉生さんは私の事を抱きとめて、優しく頭を撫でてくれます。包容力が高くて素晴らしいのですが、胸元が平らなのでちょっと痛いです。
「お父様が私を虐待する気です! なので一緒に児童相談所に行ってください!」
「うわー、それは怖いね。じゃあ僕が作ったクッキーを食べるといいよ。これを食べると傷付いた心も癒えるからね。はい、どうぞ」
「やっぱり莉生さんは素敵ですね! 女子力高いし、誰よりもお菓子作りが上手くて、将来はいいお嫁さんになりますね!」
私の絶賛に莉生さんは顔を赤らめて「えへへ」と口元を抑えて笑います。
とっても可愛いのですが、この人……男の娘なんですよねえ。
「こら、莉生。あんまり燈華を甘やかすな。あとうちの子はお触り厳禁です」
そんな私たちの間に、仏頂面のお父様が割って入ってきます。
あれですね。娘の貞操に危機を覚えたのでしょうね、きっと!
「えー? 郁ちゃんが厳しすぎるだけだよ。ところで今日、数学の小テストがあるらしいよ。予習は万全?」
莉生さんの言葉に、険しかったお父様の顔が更に曇りました。
お父様は成績優秀なのですが、理数系の教科は中の上程度です。
「うわっ。朝一番から苦しい情報をありがとう……一応聞くが、燈華は大丈夫か?」
「はい! 数学は得意ですから! 特に七の段とか!」
「……しちしち?」
「にじゅうく!」
「朝から数学のテストがあって、娘がアホなお父様の方が二重苦だよ」
お父様は小さくため息をついて、鞄から数学ノートを取り出し最後の抵抗を始めます。
ちなみに私はお父様と違い、本当に理数系の方が得意だったりしますよ?
まあ、予習はしていないので赤点は免れないと思いますがね! ふはは!
午前の授業を終えて、お昼になりました。ですが明日からは中間テストが始まるので、午後は対策補講を希望しない生徒は帰宅です。午後帰りは何だかお得感がありますよね。
「燈華。帰りはどこかで昼飯を食べていくか? 莉生も誘ったんだけど、あいつは地学の補講を受けるみたいだから、二人で」
「お腹が空いたなら私を召し上がりなさいよ、郁!」
二人で帰ろうとしたところに現れたのは、凜々花さんです。お父様の幼馴染で背が高く、胸がとっても豊満で、スズメバチカラーの黒メッシュの金髪が特徴的な女の子!
そんな凜々花さんに対し、お父様は素早く私の両目を手で覆って隠します。
「見るな、燈華。あれは存在そのものがお前の教育によろしくない、邪悪な痴女だ」
「うわ、凜々花ちゃん傷つくぅ。何なら私があなたに、英語と数学を教えましょうか?」
「数学と英語ぉ? お前、どの教科も平均点くらいだっただろう?」
「私が教える範囲は恋のABCと、恋愛の方程式、ね。ドヤア」
「擬音まで自分で言っているところ悪いが、それ要約すると保健体育の範囲だよね」
お父様は積極的に迫る残念幼馴染を一蹴して、私の手を取って教室から出て行こうとします。しかし凜々花さんは諦めず、私たちの背後で話を続けます。
「ふっ……いいのかしら、郁? 今のうちに私という株を手元に置いておけば、後日素晴らしい女に成長するわよ? 今なら安いし、オマケに妹の梨華も付いてお得!」
「お、お父様! これは今すぐ購入すべきですよ! 燈華ちゃん、妹が欲しいっていつもお父様にねだっているじゃないですか!」
私がお父様のブレザーの裾を引っ張って強引に歩みを止めると、近付いてきた凜々花さんが優しく頭を撫でてくれます。
「いい子ね、燈華ちゃん。今日から私たちは家族よ! ハグしちゃう!」
熱く抱き合う私たちですが、しかしその横でお父様が冷めた様子で口を挟みます。
「待て、凜々花。買っていないし、強いて言えばまだカートに入れた段階だ。だから聞いてやろう。その株、価値が暴落する可能性はあるか?」
「無いわね! 私という女は常に人気銘柄! しかもあなたが私の傍に居てくれるだけで、一部上場ならぬ気分上々だから! イェイイェーイ!」
「うーん。今の駄洒落でお前への信頼がストップ安だよ。それに悪いけど……」
突然、お父様は話の途中で私の手を強く握り、それから――。
「今日は世界一可愛い娘と二人でご飯を食べたい気分だから、またな!」
そう言って、一気に走り出しました。私はその大きな手に引かれ、お父様の背中を見ながら、一生懸命に置いて行かれないように足を動かします。
繋がった手から、お父様の温もりが溢れてきて……なんだか、とても嬉しくなります。
私のお父様が、他の誰でもないこの人で良かった。
私に向ける笑顔も、言葉も、厳しいお説教も、時々甘えさせてくれる時間も。
何もかもが愛しくて。そのどれもが、心と記憶に強く刻まれています。
ねえ、お父様。
お父様は私が娘で、幸せですか?
「……ん、んっ……? あ、あれ?」
先ほどまでお父様と二人で走っていたはずなのに、気付けば一人きりでした。
まるで長い夢を見ていたような、そんな感覚です。
学校を出て見慣れた通学路に立ち尽くしていると、違和感を覚えます。
「ここ、こんなお店ありましたかね?」
私が知っているはずの場所に、知らないお店が建っています。
店先に貼られたポスターから、そこがCDショップだというのは分かります。だけど、今どきCDなんて。ポスターもかなり昔のアーティストです。
とりあえず自宅に向かおうとして、その道中に古めかしいアパートを見つけました。
普段なら通り過ぎるはずの建物に、何故だか私の目は釘付けになってしまって。
「何故でしょう。私は、ここを知っているような……」
私はアパートの敷地に入って、錆びた外階段を上り始めます。その途中で割れた手すりに制服のスカートを引っかけて少し破いてしまいましたが、そんなことは気になりません。
二階の角部屋。そこに行けと、私の心が叫びます。
「……嘘だぁ」
そこには私と同じ姓の表札が掲げられていました。
ポストに差し込まれた郵便物には、大好きなあの人の名前が記されています。
「久遠、郁。お父様……お父様の部屋じゃないですか!」
そういえば聞いたことがあります。お父様は高校生の頃から一人暮らしをしていて、ある時期までずっとそこに住んでいた、と。
今はもう取り壊されて無くなってしまったそうです。
そう。私にとっての『今』は。
「というか私、どうしてこれを持っているのでしょう?」
今更気付いたのですが、私の肩にはお気に入りのトートバッグがかけられていました。
その中には昨日集めた、ある道具がいくつか入っています。
もしかして、私は――。
「……いえ、確かめてみましょう。ここを開ければ、すぐに分かるはずです!」
胸の中に途方もない興奮と、それと同じくらい大きな不安を抱えながら、私はアパートの扉をノックします。
だけど返事はありません。時計が無いので分かりませんが、今はまだお昼前くらいのはずなので、多分出かけているのかもしれませんね。
「鍵は……開いていますね。中に入っても大丈夫でしょうか」
ちょっとだけ考えて、私はお父様の娘であることに気付きます。
つまり身内! 家族なので、これは不法侵入でも何でもありません!
「よし! 失礼しますね、お父様!」
ゆっくり扉を開けると、その部屋の生活感を感じる事が出来ました。
視界には綺麗なキッチンと、そこに直結する狭いリビング兼私室。物は綺麗に整頓されていて、お父様の几帳面さがよく伝わります。
靴を脱いで室内に入ると、お父様らしい部屋だと強く思いました。
「お父様、この作家さんの小説が好きだって言っていましたね。大好きなゲーム機もあるし、テーブルに置かれたたけのこの形をしたお菓子は、私は嫌いですけど。ふふっ」
ちょっとした小物や本から、お父様を感じる事が出来ます。
漂う匂いは何故だかとても懐かしくて。一度も来たことが無い場所なのに。
そっか。お父様はこんな風にこの場所で過ごしていたのですね。
「やっぱり、私は過去に来てしまったのですねえ」
壁に掛けられたカレンダーを見て、私は自分の身に起きたことを理解します。
とりあえず私は押入れから布団を取り出して、畳の上に敷いて思いっきり寝転がりました! うーん、気持ちいいです。寝てしまいそうなくらい!
「ふわー! お父様の匂いが沁み込んでいて、燈華ちゃん感激です! うんうん。やっぱりここはお父様の部屋ですね。帰ってくるのが楽しみです!」
私は布団の横に置いたトートバッグから、『パパーツ』を取り出して眺めます。
どうして過去に来てしまったのか。それは、私にしか出来ない事があるからでしょう。
この大切な道具たちと一緒に、ここにやってきたのがいい証拠です。
「あ! お父様が帰って来る前にお風呂に入っておきますかね! いきなり抱き着いてきた世界一可愛い娘が、汗臭かったら嫌でしょうし! ふへへ」
色々考えもまとめたいですし!
あれ? でも未来から娘が来て、『今』のお父様に色々してあげたらなんとかドックスみたいな事が起きるとか……?
この前見たSF映画では、確か存在が『変質』するとかなんとか――。
「……冷や汗が出て来たので、とりあえずシャワーを浴びましょう。未来のことは上手く誤魔化しつつ説明して、お父様には納得してもらいますか!」
私自身も分かっていないことが多いですけどね! ここに来た方法とか!
「部屋で寝て起きたら過去に飛んでいるなんて、本当に夢みたいです……」
でも大丈夫。私のお父様は、愛する娘の言葉を信じてくれるはず。
私が幼い頃におねしょした時だって、明らかな嘘を信じてママから庇ってくれました。
小学生の時も、お仕事休みのお父様と一緒に居たくて泣いた私に、仕方なくずる休みを許してくれて。
中学生の頃だって、たくさんのワガママを聞いてくれました。
もう高校一年生になる私の言葉だって、受け入れてくれるでしょう!
「大好きなお父様の為に、再会の準備をしないといけませんね! おおっと! パパーツは見られないように、ひとまず脱衣所に持っていきましょう」
私はトートバッグを持って、お風呂場に向かいます。
そうだ。何なら、通っている高校も知っていますから、迎えに行くのもいいですね!
道端ですれ違って、お互い足を止めて、振り返って、存在を認識して……なんて。
よしよし、決めました。そういうドラマチックな再会にしましょう!
「世界一可愛い娘が会いに行きますよ! お父様!」
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