12月24日 お父様の禁断のアルバム!


「お父様! なんですか、この肌色成分多めの写真集は! 説明を求めます!」


 ある日の放課後。私はお父様の実家に足を運んでいました。

 それもお父様には内緒で、です。お祖父ちゃんに会いたいのもあったのですが、お父様の昔の写真を見てみたくて、お祖父ちゃんにいくつかアルバムを出してもらったのです。

 その中に紛れていた一冊の写真集に、私は大いに赤面してしまいました。


『いや、勝手にお父様の思い出を漁って、勝手に恥ずかしくなって、挙句の果てに仕事中のお父様に電話をかけてくるのはどうかなあ……?』


 携帯電話のスピーカーから、お父様の困惑する声が聞こえます。

 放課後とはいえ、まだ夕方前ですからね。お父様は絶賛お仕事中です!


「ごめんなさい。お父様の声が聞きたくなってしまって……そ、そうですよね。お父様が忙しいのに、私はなんて身勝手で悪い娘なのでしょう……ぐすっ」


『べ、別に大丈夫だぞ! お父様はもう今日やるべき仕事は大体終わったから! あ! そうだ! コンビニ寄るけど何かいるか? 燈華の為に買ってあげるぞー! あはは!』


「いえ、いいです……私が欲しいのは甘いスイーツではなくて、甘やかしてくれるお父様だけですから……苦笑いするお父様に、そんな事を要求出来ません。あ、涙ってとってもしょっぱいですね、お父様……ううっ」


『わ、分かったから! 甘やかしてあげるから! 何でもするから泣かないでくれ!』


「はい! 泣き止みました! ではこの写真集の詳細を教えてください!」


『うちの娘、聞き分けの良さと切り替えの早さが異常すぎない……?』


 そしてお父様は娘に甘すぎないですかね! でも、私はそんなお父様が大好きなので、今日は疲れて帰って来たお父様の肩を揉んであげようと決心しました!


「そんな燈華ちゃんを愛してくれるお父様が、私は世界で一番好きですよ! えへへ」


『……世界一可愛い娘にそんなことを言われたら、教えるしかないな』


 お父様は受話器の向こうで困ったように笑って、話を始めてくれます。


『一応仕事中だから、手短に、な?』


◇◇◇


 高校一年生の冬。俺は休日に、家の近くにある本屋で立ち読みをしていた。

 この本屋は個人経営の小さなお店だが、俺が幼い頃からずっと営業を続けていて、思い入れがあった。だから出来るだけ本はここで買おうと決めている。


「うわっ……最近のグラビア写真って過激だな」


 エンタメ情報誌を捲っていると、今人気のグラドルの水着写真が目に留まった。

 別にこの子が特別好きとか、お胸が大きいからつい捲る手を止めたわけじゃなくて。

 それでも見ちゃうよね? 男の子だもの! すごいボリュームだな、このお胸……。


「お客様。当店未成年者の成人誌閲覧はご遠慮いただいております」

「うわっ! す、すみません! いやこれ健全なやつで……って、不健全な幼馴染じゃないか。店員さんの真似までして、一体何だよ?」


 俺の背後に立って声をかけたのは店員ではなく、凜々花だった。

 今日は露出度の低い、スリムジーンズに茶色のロングコートを羽織っている。俺と遊びに行く時は大体、腕か脚か胸元が見える服を着ているので珍しい。


「別に? 郁が面白そうな本を読んでいたから、さっきまでずっと背後で覗いていたのよ。最初はゲーム雑誌、次は漫画、最後にグラビア写真とは恐れ入ったわね!」


「ちょっと待って。俺この店で立ち読みを始めたの、一時間前なんだけど……?」


「ええ。ずっと見ていたわ。あなたのことを、いつも傍で見ていたの……」


「すごい。恋愛漫画に出てくる片思いのヒロインみたいなことを言っているけど、やっていることは完全にただのストーカーだよ、それ」


「あなたと離れたくない。いつも一緒に居たいの! 何だって知りたい!」


「一時間に及ぶ超怖い監視行為が無ければ嬉しい台詞なのになあ! いい加減ヒロインごっこはやめてくれませんかね!」


 俺は雑談の最中、手元に握り締めた情報誌をゆっくりと棚に戻そうとする。

 だが、凜々花はそれを許さなかった。


「おっぱい大きいわね、その子」


「……昼間の本屋で女子高生がおっぱいとか言うな」


「ねえ、郁。あなたっておっぱいが好きなの?」


 固まった。本棚に伸ばしていたその手が、石化したかのように。

 やれやれ、困った女子高生だぜ。思い知らせてやるか。俺という男の生き様を。


「ああ! メチャクチャ好きだ! それがどうした!」


「私の幼馴染、こういう時に無駄な抵抗をしないから好き! なるほど。薄々気付いてはいたけど、やっぱりそうなのね。そんな郁にはこれをあげるわ!」


 凜々花はそう言って、コートの裏ポケットから手帳を取り出す。

 そして手帳に引っ掛けていたボールペンを真っ白なページに走らせ、それを切り取って俺に渡す。何だろう?


「なにこれ? 『秘蔵グラビア写真集引換券』……って?」


「書いてある通りよ! 使用期限は……そうね。明日にしましょう! 郁の家に素敵なグラビア写真を届けてあげるから、股間を洗って待っているといいわ! じゃあね!」


「首じゃなくて? え? いやらしいこととかされないよね、俺? あ、待てよ!」


 凜々花は引換券を俺に渡して、そのまま本屋から走り去って行った。

 何だろう、これ。そういえば凜々花のお父さんはグラビア写真集大好きらしいから、そこから一冊くすねて俺にくれるのだろうか?


「……とりあえず、この雑誌は買っていくか」


 気付けば強く握り締めて表紙がヨレてしまった雑誌と、欲しかった文庫本の会計を済ませ、俺も本屋を後にした。


 翌日。二連休ということもあり、俺は夜更かしをしたせいで昼間まで寝てしまった。

 眠い目を擦って顔でも洗おうか――。


「おはよう、郁!」


「ぎゃあああっ!」


 そう思って目を開くと、文字通り目の前に、寝ている俺の顔を覗き込む凜々花が居た。

 死ぬかと思った。心臓が止まるかと思った……!


「世界一可愛い幼馴染が会いに来たわよ! あ。ちなみに鍵はあなたのパパから借りたの。サプライズをしたいから貸してくれませんか、って」


 凜々花はそう言って、コートのポケットからアパートの合鍵を取り出して笑う。

 これが同棲している彼女の仕草なら可愛いのに、ただの不法侵入だからな、これ。


「サプライズなのは間違っていないけど、父さんの防犯意識の低さにガッカリだよ……」


「泥棒とか入ったら大変よね。まあ、私はあなたのハートを奪う女泥棒なのだけど! ところで全然関係無いけど、通帳とかはどこにしまっているの?」


「軽い冗談かと思ったら割とガチの窃盗を予感させる会話に変貌しちゃったぞ」


「それはさておき、今日は約束の商品を届けに来たわよ!」


 凜々花は手元のトートバッグから、一冊の真っ白な表紙のアルバムを取り出す。

 何だろう? 市販されているアイドルの写真集とかではなさそうだけど……?


「見ていいのか?」


「ええ! だけどその前にハンコをくれる? 配達証明に必要なのよ」


「ハンコ? どこだったかな……無くてもいいか? その胸に大きなボインを二つも持っているだろう?」


「ま、まさか郁からセクハラを受けるとは想定外だったわ……! だけど若干オッサン臭いのが何だかショックね!」


 そこは突っ込まないで欲しかったが、まあいいか。

 俺は凜々花に渡されたアルバムを捲ってみる。すると――。


「え……な、なにこれ? 凜々花じゃないか! どういうことだよ、これ!」


「ええ。私よ。私の写真集だもの!」


 適当に捲ってみると、どのページも全編オール凜々花フォトだった。

 水着姿だけじゃない。体操服姿や、大きめのワイシャツを羽織っただけの姿(下着などは見えないようなアングルだが)もあり、更にはバスタオルを巻いただけの姿まであった。


 スマホで撮影した写真をわざわざ光沢紙にプリントしたらしい。一日で作ったにはやけに出来がいい写真集だ。


「どう? セクシーでしょう! 昨日本屋から帰った後、ママと梨華と一緒に三人で撮影会をしたのよ! ねえねえ、どれがお気に入り? 全部? 全部かしらね!」


 嬉しそうに聞いてくる俺の幼馴染は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない……いや、凜々花ママも梨華も止めろよ! 鳴海家の長女が変なことをしているんだからさぁ!


「えっと……この体操服。じゃなくて!」


 思わず欲望が漏れてしまったが、俺は慌てて凜々花に写真集を突き返す。


「流石にこれは貰えないから! 家に置いていてもアレだし、何より俺が毎晩この写真集を読んでいたら嫌だろ、お前も!」


「嫌じゃないわよ。これっぽっちも」


「……へ?」


 即答する凜々花に、俺は思わず気の抜けた返事をしてしまう。凜々花は突き返された写真集を愛おしそうに抱いて、赤くなった顔で俺を見つめる。


「私は郁に恥ずかしい写真を見られても、別に嫌じゃないの。ほら? 私とあなたは、裸を見せ合う仲じゃない?」


「幼稚園の頃に一緒にお風呂に入っただけだよ? 誤解を招く言い方は止めてね?」


「そうね。だけどこの十数年で全部見せたから……今更恥ずかしくないのよ。私にとって郁は、今も昔も変わらない大切な幼馴染。それに」


 凜々花は抱きしめた写真集を、もう一度俺に手渡す。

 そして、相変わらず赤いままの、だけど真剣な顔で、嘘偽りの無い言葉を告げるのだった。


「他の女の水着姿で興奮される方が、よっぽど嫌。絶対に嫌。何よりも嫌なの。ワガママだと思うかもしれないけど、私は幼馴染のそういう顔を見たくないのよね」


 凜々花はゆっくりと立ち上がって、部屋から出て行こうとする。

 その言葉を受けて唖然としている俺に、もう一度凜々花は口を開いた。


「私をどんな目で見てもいいけど、代わりに私だけを見て。他の有象無象の女もそうだけど、エリ姉や……ついでに莉生にそういう目を向けるのは、ダメだからね? ふふっ」


 それを別れの言葉として、凜々花は今度こそ出て行ってしまった。

 幼馴染のそういう顔を見たくない。


 それだけの理由で、これだけの物をわざわざ作って渡すだろうか?

 凜々花の言葉は、もしかして――。


「……流石に考えすぎ、か。だけど」


 俺は写真集をもう一度開いて、全てのページに目を通す。

 肌色成分が多い本だけど、その中で一枚だけ、とても気に入った写真を見つけた。


「どんなセクシーショットより、こういう写真の方が好きだぞ。凜々花」


 それは私服の凜々花が、頬にピースサインを添えて笑っている一枚だ。

 出会った頃から変わらない。

 どれだけ魅力的なグラビアアイドルも敵わないであろう、最高の笑顔だな。


◇◇◇


 お父様はその後、流石に一人暮らしの家にこの刺激的な写真集を置くのは恥ずかしかったらしく、厳重に封を施して実家の押し入れにしまったそうです。


 その後、何度か読む機会があったそうですが……それはまた別のお話、ですね!


「私も一枚くらい、こういう素敵な写真を撮ってみましょうかね!」


 私は携帯電話を片手に何枚か自撮りをしてみました。だけど。


「うーむ……私、可愛すぎますね。でも私一人だけだと、どうも絵面が寂しいですねえ」


 私にとって写真は誰かとの思い出を残すためのもので、自己満足や誰かに見せびらかすことを前提にしていないのです! あ、そうだ! 


「今日、お父様とママが帰ってきたら三人で写真を撮りましょう! 家族写真は私の中学入学以来撮っていないですし、これは楽しみですね!」


 私はお祖父ちゃんから借りた、真っ白な表紙のアルバムを手に取ります。

 これをママが見たらどんな顔をするでしょうね? 色んな想像が捗りますねえ!


「でも燈華ちゃんは良く出来た娘なので、これはここに置いて行きましょう!」


 私はお父様のアルバムを全てお祖父ちゃんに返して、自宅に戻る事にしました。

 思い出を振り返るのは楽しいです。過去の出来事を想像することも。

 だけど私は。


「いつだって最高の未来に向かって進んでいくのです! ふへへ!」

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