11月27日 ドッキリでドキドキするお胸!

「燈華。そろそろ起きないと学校に遅刻……うわぁっ!」


 平日の朝。私を起こしに来たお父様に対し、『あること』を仕掛けてみました。

 ベッドの横、制服を着ている途中で倒れている私。そう、ドッキリですね!


「着替えている途中で寝ちゃったのか? まあいいや。後はママに任せるか。そろそろ家を出る時間だし」


「ちょ、ちょ、ちょお! 待ってくださいよ、お父様ぁ!」


 娘が倒れているにも関わらず、部屋を出て行こうとするお父様の脚にしがみつきます。

 とんだ薄情パパです! これは家族会議を開かないといけませんね!


「燈華ちゃんが急な発作で倒れているかもしれないのに、見捨てるようにして出て行く人が居ますかね! いいですか、お父様! 私は今、臨死体験をしていたのですよ!」


 叫ぶ私に、お父様は迷惑そうに顔を歪めます。な、なんですか! その顔ぉ!


「いや、元気じゃん。お父様の脚に飛びつく元気があるじゃん」


「たった今死の淵から生還してきましたからねぇ! ちょっとは褒めてくださいよ!」


「それで褒められるのは一部の神様だけだよ? どっちかっていうとゾンビじゃないか」


「ぐぬぬ……! じゃあ今からお父様の脚を食い千切りますからねっ! がぶり!」


 私はお父様の太ももを甘噛みしてみせます。これでお父様も感染者です。


「あー、痛いなあ。ちなみに噛まれたらどうなるのか教えてくれないか?」


「もちろん、燈華ウイルスが発症して明日には燈華ちゃんになっちゃいますよ!」


「ほえー。美少女になれるのか。それはそれでアリだな。仕事しなくていいし……」


 うーん。私のお父様、結構お疲れみたいですね……。今日はもう変な絡み方はしないようにしましょうか。燈華ちゃんは優しいので。

 私は脱ぎ掛けのタイツ(寒い日だけ穿きます)を穿き直し、乱れていた着衣を直してお父様と一緒に部屋を出ることにしました。朝ごはんを食べるのです。


「部屋に入って死んだふりをしている燈華を見た時、親子だなあって思ったよ」


 リビングへ続く階段を下りていると、お父様が何かを思い出したかのように語ります。


「え? ママも家に帰ると死んだふりをしている時期があったのですか?」


「いや、ママはそんな某映画みたいなことはしない。したのは……というか、するように強要されたのはお父様の方だよ。だからさっきのがドッキリだって分かったのさ」


◇◇◇


「ドッキリがしたいわ」


 高校一年の秋。昼休みにそんな事を突然言い出したのは凜々花だった。


「……なんて?」


 俺は焼きそばパンを食べる手を止めずに話を聞いてみる。ちなみにいつも一緒に昼食を食べている莉生は委員会で不在の為、ぼっち飯だ。


「ドッキリがしたいの。人が陥れられた瞬間の顔を見たいわ」


「そういうことを表情一つ変えずに言うから、たまに凄く怖いのさ。俺の幼馴染」


「いいじゃない! 付き合ってよ! お付き合いしてよ! ずっと昔から好きでした!」


「ああ、分かったよ……って、あぶねぇ! テキトーに話を聞き流そうとしたらとんでもない罠を仕掛けていやがった!」


 凜々花は小さく舌打ちをするが、それでも『付き合う(ドッキリに)』という言質を取ったこともあり、一転して上機嫌な笑顔を浮かべた。性格悪いなあ、この子。


「じゃあ今日の放課後に郁の家でやりましょうか。仕掛けは私がやるから」


「はいはい。それで、ターゲットは?」


「もちろん! 莉生とエリ姉に決まっているじゃない! うーん。血が滾るわね。人を傷つけない嘘を考えている時って、どうしてこんなに楽しいのかしら!」


「言っておくけど、内容が過激だったら流石に止めるからな?」


 こうして、凜々花の身勝手な一存でドッキリ計画が始まった。


 放課後。俺と凜々花は急ぎ足で学校を出て、俺の住むアパートへと向かう。

 ちなみに準備は終えているらしい。最初の犠牲者……ターゲットになったのは。


「下準備をして莉生を呼び出しましょう。私たちは押し入れに隠れる。おっけー?」


「いいけども、テレビ番組みたいに隠しカメラを仕掛ける予算が無いのが悲しいな」


 俺は莉生にテキストメッセージを送信して、莉生が来る頃を見計らって凜々花と押し入れに隠れた。ちなみに莉生に送ったメッセージはこうだ。


『今日家でゲームをやろうぜ。コンビニで何か買ってくるから、入れ違いになったら部屋に入ってくれ。鍵はポストに入れておくから』


 薄闇の中で凜々花は満足げに俺のスマホを眺めながら、莉生の返事を待っている。


「うーん。我ながら名文ね。打ち込んでいる途中に郁が天から降りて来たもの」


「殺さないでね? 打っている間ずっと隣に居ましたよ?」


「なによ、その歯の浮くような台詞は。そんな事言わなくてもあなたがずっと隣に居てくれるのは、わ、分かっているからね!」


「お前と一緒に居るとさ、日本語の難しさを痛感するよ」


 間もなくして莉生から『分かった☆』と返事が来るが、本人はまだやって来ない。

 しばらく凜々花と一緒に狭くて暗い場所に居ると……なんか、あれだな。


「大変よ、郁! 私、今なんだかとても気分が……」


「あ? え? どうした? 具合でも悪くなったか? 外に出るか?」


 急に大声を上げた凜々花の顔を窺うと、当の本人は何故だか俯いたままで。


「気分がムラムラしてきたわ」


「よし。聞いた俺がバカだったわ」


「押し入れの中で押し倒される私……うん。最初の体験にしては悪くないわね!」


「悪いよ。悪すぎるよ。お前の頭、とっても悪いよ。あ!」


 隣に座る痴女は無視して、スマホの画面を見るとメッセージが届いた。


『郁ちゃん、まだコンビニ? 着いたから先にお邪魔するね!』という一文だ。


「来るぞ、凜々花!」


「ふふふ。何だかんだ郁も楽しんでいるわね! さあ、お楽しみタイムよ!」


 直後に玄関のドアが開く音がして、莉生の声が部屋に響いた。


「おじゃましまーす」


 莉生はそのまま玄関とキッチンを抜け、俺と凜々花が潜伏しているリビングにやってくる。ようやく莉生の姿が見えた。


「郁ちゃん、本当に居ないのかぁ。じゃあ僕は一人でゲームをしていようか……な?」


 そこで莉生は『何か』に気付いたらしい。そう。凜々花が仕込んだ『小道具』だ。

 莉生はミニテーブルの上に置かれた、一冊の本を取る。


「うわわ! グラビア写真集だ……すっごい。どの子もお胸が大きい」


 凜々花が仕込んだのは、健全な中高生が喜ぶギリギリR指定に入らないグラビア写真集だった。ちなみにこれ、凜々花パパの私物らしい。可哀想に……。


「くくく、見ているわね。ほら郁、メチャクチャ目が釘付けになっているわよ。やっぱり莉生も思春期ボーイね。性欲に支配された獣でしかないわ。見なさい、あの顔!」


「超楽しそうだな、お前。静かにしろよ?」


 凜々花は小声で、だけどかなりハイテンションで莉生を観察している。

 しかし悪趣味だなあ。そろそろ出てきてやるか……ん?


「莉生、姿見の前に立って何かしていないか?」


 莉生は何故か制服のブレザーを脱ぎ、その下のパーカーを捲っている。

 ここからは莉生の背中しか見えないし、鏡面部分もよく見えない。何だろう?


「……やっぱり、僕もせめてあと少しだけ大きかったら」


 その言葉を聞いた瞬間に、凜々花が押し入れから飛び出した。


「ストーップ! ストップよ、莉生!」

「え? あ、ひぃああっ! り、凜々花ちゃん? 一体何なのさ!」


 莉生は目にも止まらぬ速度でパーカーを下ろして、凜々花から逃げるように後退りする。


 凜々花は顔を赤らめながら、そんな莉生にブレザーを差し出した。


「いくら興奮したからって、その場でそういう行為を始めるのはその……ダメ、よ? 男の子だから色々大変なのは分かるけど!」


 この痴女は何を言っているの? アホなの? するわけないだろ。


 だが莉生は小さく頷いて『ごめん……』と謝りながら全身を真っ赤にしている。いや、待ってください。する気だったの? 莉生さん?


「て、ていうか! 二人で押し入れに隠れて何をしているの! 説明してよぉ!」


 その後莉生に説明してやると、俺たち二人はメチャクチャに怒られた。

 グラビア写真集は説教の最中に丸めてゴミ箱に捨てられてしまうし。ごめんね、凜々花のお父さん……今度新品を買って返すから。


「次はエリ姉ね。あの人はすぐ来るでしょう。暇だし」


 それでも俺たちはドッキリをやめなかった。俺は反対したのだが、何故か莉生が悪ノリしたせいだ。


「じゃあ次は僕が作戦立案するね。名づけて、『ゾンビ作戦』発動します!」


 こんな感じにドッキリ企画を楽しんでしまっている。多分、自分が仕掛ける側に回りたいのかもしれないなあ。


「まあいいか……莉生。作戦内容を教えてくれるか?」


「郁ちゃん。お耳貸してくれる? 二人で内緒話しよ?」


 莉生は俺の耳元で作戦内容を語ってくれた。なるほど、すごくいいな。

 これは仕掛けられた側も間違いなくびっくりするだろうし。


「よし、任せておけ。メッセージの送信も莉生に任せていいか?」


「うん! じゃあ凜々花ちゃんは今回もストッパーだね。エリ姉が郁ちゃんにえっちな事をしようとしたら止めてくれる?」


 重要な役割を任された凜々花は「もちろん!」と嬉しそうに親指を立てる。

 次の作戦は凜々花が居ないと成立しないからな。頼むぜ、俺の幼馴染。くくく……。


「いーちゃん、入るよー……あれ?」


 玄関のドアが開き、エリ姉の声が背後から聞こえた。

 俺は押し入れに隠れるのではなく、小道具としてリビングに居る。とはいえ、ただ寝たふりをしているだけだが。ゾンビと言いつつ随分マイルドな作戦だ。今は、な。


「寝ているの? いーちゃん? 起きてー。起きないとお姉さんが食べちゃうぞー?」


 エリ姉は俺の頬をぺちぺちと叩く。だが、俺は目を覚まさない。エリ姉は困ったように首を傾げて、それから俺の心音を聞こうと胸に耳を近付ける。


「えっ……? 動いて、ない? い、息も……してない!」


 エリ姉は顔面蒼白になり、俺の両肩を強く揺さぶって何度も呼び掛ける。


「いーちゃん! いーちゃん! 目を覚まして! 瑛理子だよ! う、そ……嫌だ、嫌だよ。こんなことって、ありえないよ!」


 エリ姉の悲痛な叫びが響く。迫真の演技だが、それもそうだろう。これは逆ドッキリだ。

 先ほどドッキリを仕掛けられた莉生は内心かなりブチギレていたらしく、先ほど俺に耳打ちした内容はこうだ。


「いーちゃん、死んだフリして。エリ姉には僕からネタバラシしておくから、凜々花ちゃんに仕返ししようよ。凜々花ちゃんには嘘の作戦を教えておくから」


「成功するか? そんなしょうもないドッキリ」


「大丈夫。エリ姉には中学生の頃、演劇部のOGとして指導を受けたけど……とっても演技が上手だったから。ピュアな凜々花ちゃんは騙されるはず。えへへ」


 えへへじゃねえよ。結構ガチな感じに計画しているし、可愛くないよ。

 とはいえ、エリ姉の演技は実際目の当たりにすると凄まじいもので。


「まだいーちゃんには何も伝えてないのに! いっぱいしてあげたいこともあるの! だから、だから目を覚ましてよ……お姉さんを、悲しませないで」


 鬼気迫る叫び声もさることながら、本当に涙目になっているのがすごい。だけど薄目を開けてアイコンタクトを送ると、意地悪な笑顔を返してくれる。演技派だなあ!


「あ、れ……? り、凜々花ちゃん?」


 気付けば、凜々花が押し入れから出てきていたらしい。いつの間にかエリ姉の隣に座って、俺の顔を覗き込んでいる。俺は慌てて目を閉じようとしたのだが――。


「……ごめ、ごめん。ごめんね、郁……う、ぐっ。ぐすっ」


 最初は演技だと思った。だけどすぐに、鼻水まで垂らして泣いている凜々花の表情を見て、それがマジ泣きだということに気付く。嘘ぉ? この人、騙されているの……?


「わ、私が変な事を言って、それに付き合ってくれたのに……こ、こんなバカみたいなことしている最中に死んじゃうなん、て」


 いやいや。心音を聞いてくれ。ガンガン動いているから。脈もビンビンだし?

 だけど凜々花はそんな発想にも至ることはなく、ワイシャツの袖で何度も何度も目元と鼻を拭う。


「私だってまだ、郁に伝えたいことがあったのに! 郁、私はあなたが――!」


「て、てってれー!」


 凜々花が何かを叫ぼうとした時、押し入れから莉生が「ドッキリ成功」と書かれた画用紙を持って飛び出してきた。


 それを見た凜々花は、エリ姉と……ぱっちりおめめを開いた俺の顔を交互に見て、もう一度袖で顔を拭ってから、ゆっくりと立ち上がった。


「……れて、ください」


 凜々花は耳まで顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えながら何かを呟く。


 俺たち三人が顔を見合わせて様子を見守っていると、凜々花は振り返り、そして。


「皆さん、今日の事は忘れてください! お願いします! うわあああん!」


 両手で顔を覆いながら、部屋を飛び出して行ってしまった。


「あれだね、郁ちゃん」

「あれだよね、いーちゃん」

「ああ、あれだな」


 俺たちはその先の言葉を答え合わせするように、深呼吸をして間を置いてから、揃って口を開いた。


「「「意外とピュア!」」」


◇◇◇


「あれ以来俺は、なんとなくドッキリが苦手になったな。面白かったけど。ちなみに凜々花はそれからしばらく人間不信になって、一週間くらい口を利いてくれなかったぞ」


 お父様は玄関で靴を履きながら、見送ろうとする私に話を続けます。


「いいか、燈華。嘘はダメだ。どんな時でも純粋なままでいろ。例えば何か、不都合を隠すのはいいけど、その手段として嘘は用いる時は最終手段だ。誰かを助ける時にだけ、そういう嘘を吐け」


「おおー! 今日のお父様、なんだかお父様みたいです!」


「お前が産まれた時からずっとお父様なんだけどね?」


 玄関のドアを開けようとするお父様に、私はあることを聞いてみました。


「ちなみに、お父様が吐いた嘘って何かありますか?」


 お父様は一瞬だけ何かを考えたようですが、すぐに答えてくれました。


「世界一可愛い娘の事を、『従兄妹』って言ったことかな。行ってきます!」


「え? い、行ってらっしゃい!」


 お父様はそれだけ言い残して、今度こそ家を出てしまいました。


 最後の言葉は何だったのでしょう? なんだか意味深、ですね……?

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