11月20日 恋占いと恋模様!
「お父様。何の本を読んでいるのですか?」
ある日の夜。お風呂から上がった私が部屋に戻ろうとすると、書斎から出て来たお父様と廊下で出くわしました。その手には何かの本を持っています。
「いや、高校の頃に友達から貰った本を見つけてさ。久しぶりにママとやろうかな、と」
「ママとやる……? え? 燈華ちゃん、今晩は早めに寝た方がいいですか?」
「ち、違う! 誤解を招いたね! ごめんね! これだよ、この本!」
お父様は顔を赤らめて(可愛い)、手に持っていた本を私に見せてくれます。
それは『超宇宙的・星座占い完全版』という娯楽本でした。うわ、胡散臭い!
「昔、一瞬だけクラスで占いが流行ってさ。その時に貰った本だ。燈華もやるか?」
「やりません。私、人を星座という運的要素の強いものでパターン分けして、ある程度誰にでも当てはまりそうなことが書いてあるだけの本は嫌いです!」
「うちの娘は基本的にアホ可愛いのに、どうして唐突に現実主義者っぽくなるのかなあ」
お父様は本を捲りながら、困ったように笑います。
「嫌いな物にはそれなりの理由がありますよ? だってどの占い本を読んでも、大好きなお父様との未来については書かれていないので信用していません!」
「そ、そうか。親としては娘の愛を受けて嬉しい事けども、年頃の女子中学生としては正しいのか、それは……」
あれ? おかしいですね? ここは娘の健気な言葉を聞いて感動するところでは?
なんて思っていると、本の間から一枚のメモ用紙が抜け落ちて廊下に落ちました。
「お父様、本の間から学生時代の残滓が落ちましたよ?」
「なんか今日の燈華、知的かつ詩的で嫌だなぁ! あ、このメモは……」
お父様はメモを拾い上げて、何かを思い出すように目を細めて笑います。
後ろから覗き込むと、そこには「ある人」の言葉が書かれていました。
◇◇◇
「凜々花、お前の星座って何だっけ?」
クラスで星座占いが流行した、あの頃。
俺は同級生から星座占いの本を借りて、身近な人間に試してみる事にした。
燈華が言うほどじゃないけど占いなんて当たらないと思うが、話のネタくらいにはなるだろう、くらいの気持ちで廊下に居た凜々花に声をかけたのだが。
「そうよ、私はおうし座の女―!」
「急に名曲を模倣したフレーズで歌わないでくれます?」
凜々花に声をかけたのが失敗だったな。まあ、そもそもこいつの誕生日は知っているから、聞くまでも無かったし。近くに居たから声をかけただけだ。
「ね、ねえ。そんな冷めた目で見ないでくれる? とっても悲しいのだけど……」
思った以上に冷ややかな反応をしてしまい、凜々花は困ったように顔色を窺ってくる。いつもこれくらい大人しければ可愛いのにね!
「悪かったよ。そもそもお前が五月生まれなのは知っているからな」
俺がそう言うと、凜々花は態度を一変させて嬉しそうに笑う。
「あら! 私の誕生日を知っていたのね!」
「ああ! 毎年五月に嫌がらせレベルでプレゼントを催促されたら誰だって覚えるよな!」
「だって郁からのプレゼントなら何でも嬉しいんだもん……だから、ね?」
「お前、去年Tシャツをあげたら『死ぬほどダサイ!』って俺にブチギレてたよね?」
俺の指摘に凜々花は耳を抑えて「あーあー!」と聞こえないフリをする。キレそう。
「ま、まあ。それはさておき、私は俗に言うmayっ子ってやつね!」
「え? お前まさか五月生まれをメイっ子って呼んでいるの……? 嘘でしょ?」
「違うの? あー。だからみんなmay惑そうな顔をしていたのね!」
うちの高校、結構偏差値高いんだけど何でこの子を入れちゃったのかな? バグ? 採点係が高熱でも患っていたのかな?
「あはは。流石に冗談よ? でもまあ、つい最近まで『訃報』を『ろうほう』って読んでいたのは本当よ? 難しいわよねえ、漢字って!」
悲報。俺の幼馴染の漢字力、小学生レベルだった。
俺が本気で心配になって問い詰めた結果、『訃報(ろうほう)』も凜々花の冗談だったらしい。冗談に聞こえないくらいには残念な学力だからな、あいつは……。
結局占いは出来なかったが、まあいい。次にいこう。
「莉生。お前の星座を教えてくれ」
俺は教室の席でスマホを弄っていた莉生に尋ねる。すると、莉生は。
「……教えない」
珍しく拗ねた様子で、俺の顔を一瞥してスマホの画面に視線を戻した。
急に不機嫌になるなよ。女子か、お前は……と、言おうとしたところであることに気付いた。
「莉生。お前が星座を教えたくない理由って……」
「うん。想像通りかな? 僕は戦争と星座の話が嫌いなの。星座を教えるとさ、みんな同じような顔して『やっぱり』って笑うからね」
「せ、戦争と同列になるほどか……じゃあいいよ、悪かったな」
俺が立ち去ろうとすると、莉生は去り際に「待って」と呟いて俺の袖を引っ張る。
そして困ったような顔をして、少しだけ間を置いてから口を開く。
「……笑わないなら、郁ちゃんにだけは教えてあげる」
「分かった。笑わないって約束するし、他の奴にも教えないからさ」
返事を聞いて、莉生は嬉しそうに頬を緩ませてから、俺の耳元に顔を近付けて囁く。
「お、おとめ座……だよ。内緒にしてね?」
まあ分かっていたけども。予想通りだけども。だけれども!
そんな女の子みたいな仕草で教えてくれるとさ! こっちまで照れるじゃん!
莉生は乙女。じゃなかった。おとめ座。これは一生忘れないだろうな……。
「結局誰にも占いを試せなかったなあ」
放課後の帰り道。今日はどこにも寄り道せずに帰宅することにした。
アパートの前に到着すると、家の近くである人物と出会った。
「あ、いーちゃんだ。おかえりー!」
エリ姉だ。どうやら向こうも学校帰りらしく、通学用の大きいトートバッグを持っている。リュックじゃない辺りが、エリ姉のこだわりを感じる。
それはさておき。せっかくだし、エリ姉にも聞いてみるか。
「あのさ。エリ姉の星座ってなに?」
俺の問いかけに、エリ姉は「そうだねえ」と人差し指を頬に添えて考え始める。ご自分の星座ですよ? それ、悩む事ですか?
「郁ちゃんのハートを射抜く、いて座だよ! お姉さんの魅力にメロメロになーれ! ずっきゅん☆」
「へえ。ちなみに俺はてんびん座なんだ。今ね、エリ姉との付き合いをやめようかどうか秤にかけているところ」
「や、やめてぇえええ! そもそもいーちゃん、おひつじ座じゃん! それより、いきなり星座を聞いてどうしたいの? 占いとか?」
「うん、その通り。学校で同級生に占い本を借りたから、試してみたくて」
「ふうん……ちょっと借りていい?」
エリ姉は俺のから本を受け取って、相性占いのページを見つめる。そこにはおひつじ座といて座、つまり俺とエリ姉の相性が記されていた。
「二人の関係は極めて平凡。進展、望めず……か。ねえ、いーちゃん」
「は、はい?」
本を閉じて、エリ姉はゆっくりと顔を近付けて来る。占いの結果は良くなかったのに、その顔は笑顔のままで……何かを企んでいるように感じた。
「私たちの関係って平凡かな? 私はいーちゃんが赤ちゃんの頃から知っていて、十数年の付き合いがあって、今も二人きりで夕食を食べる事が多いのに?」
「えっと……そ、それは」
「特別だよね? 他の誰よりも。少なくともお姉さんはそう思っているけど、違う?」
丸い綺麗な目を真っすぐ向けられて、俺は頷き返す事しか出来なかった。
多分、顔が赤くなっているだろうな……そんな俺の様子を見て、エリ姉は悪戯を終えた子供のように無邪気に笑ってみせた。
「あはは。そうだよね? だからこの本は没収します。お姉さんがアレンジして返してあげるから! それじゃあ、またねー」
エリ姉は俺の本を片手に、自宅のマンションへと去って行った。
三人ともそれぞれ異なる反応を見せてくれたけど、おかげで分かった事が一つだけある。
◇◇◇
「占いは結果や内容よりも、それについて誰と盛り上がれるかが大事……なのかもな。占い嫌いの燈華に言っても仕方ないけど」
お父様はそう言って話を締めて、ママの居るリビングに向かおうとします。
一方、私はそのまま自室へ……行こうと思ったのですが、やっぱりお父様と一緒にリビングに行く事にしました!
「どうした、燈華? 占いに興味が出て来たか?」
「いえ、全く! ですが、この本で家族団らんの時間が増えたら素敵じゃないですか? それに、ほら! さっきのメモにもありがたい言葉が書いてありましたし!」
先ほど本の間から落ちたメモには、こう書かれていました。
それは強い想いが込められた、とても素敵なメッセージです。
誰かが占った曖昧な未来なんて、いつだって私自身で変えられる(千草瑛理子)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます