11月12日 おかしなお菓子の日!

 それは、ある平日のことでした。


「あー! お、お父様! お菓子箱の中に見慣れぬお菓子がありますよ!」


 朝食を食べ終えた私が登校前に、学校へ持っていくお菓子を選別していると。

 我が家には相応しくない、スティック状のお菓子を見つけたのです……!


「ん、ああ。確か昨日ママが買っていたな。今日はそのお菓子の日だろ?」


 お父様はコーヒーを飲みながら、何でもなさそうに答えます。由々しき事態です。


「いいのですか? 我が家はお菓子戦争中につき、きのこかたけのこの形をしたお菓子以外は買ってはいけないはず……!」


「それきのこ軍だけだから。お父様率いる軍勢はもっと規律が弱いよ。それを言ったらママだって、円錐形のお菓子を良く買うだろう? 第三勢力! とか言いながら」


「メーカー同じだからってあの選択肢はずるいですよねー! 逃げですよ、逃げ!」


 私はお菓子箱からスティック状のお菓子を取り出し、登校前にも関わらず袋を開けて味見してみます。このポキポキ折れる食感が堪りませんね!


「……ん? どうしました、お父様? 物欲しそうな顔をして。あー! もしかして娘とあのゲームをしたいのですか? お互い端を咥えて、食べ進める奴」


 私の指摘に、お父様は「うぐっ」と苦しそうに呻いてから、ゲホゲホと咳き込みます。あれ? これ図星でしたかね?


「いや、そうじゃない……そうじゃないけど。よし、燈華。そのゲームを学校で男子に要求された時の為に、絶対負けない攻略法を教えてやろう」


◇◇◇


 高校二年の秋、放課後。俺は凜々花と莉生を招いて、自宅で映画鑑賞会をしていた。


 劇場公開から半年経ち、ようやくネット配信が開始された映画だ。映画好きな凜々花と莉生は二度目の鑑賞だが、是非とももう一度観たいということで集まったわけだ。


「ふう……やっぱり、とってもいいエンタメ映画だったわー!」


 二時間弱の映画が終わった後、凜々花は伸びをしながら満足そうに嘆息を付く。

 莉生は莉生で涙腺を刺激する映画らしく、ハンカチで目元を拭いながら頷き返す。


「やっぱりこのラストシーンだよね。全ての戦いを終えて、一つの区切りを付けた主人公が新しい人生を歩き出す……素敵だなあ」


 しかし残念ながら初見の俺にはこの映画の良さが分からず、特に感想らしい感想は浮かばなかったので黙っていた。

 三人集まって映画を観た時に、二人と意見が合わないとちょっと焦るよね!


「観ている間、殆どお菓子に手をつけなかったもんな、二人とも。せっかく買ってきたんだし、良ければ持って帰っていいぞ」


 俺が二人に未開封のチョコ菓子を勧めた、その瞬間。


「お菓子と言えば! 今日はこのお菓子の日だね!」


「ぎゃあっ!」


 突然、予期せぬ方向から声が上がって俺は悲鳴を上げてしまった。

 いきなり玄関が開き、そこにはスティック状のお菓子を片手に持っているエリ姉が立っていたのだ。すごいデジャヴ。具体的には先月末くらいに見た。


「私を呼ばずに見た映画は楽しかった? どうして私を呼ばなかったのかな……?」


 エリ姉の目からは光が消え失せている。悲しみに満ちた、夜の海のような目の色だ。

 普段なら土下座でもして謝るところだが、今日は違うぜ!


「だってエリ姉、今朝連絡したら二日酔いで寝ていて電話出なかったよね?」


「うっ……それを言われると何も反論出来ないからやめて!」


 実際、今のエリ姉はちょっとだけお酒の匂いが残っている……気がする。いつもとは違う匂いが仄かに香るというか? お酒を飲んだことが無いから分からないけど。


「それよりエリ姉、お菓子を持参しているところ悪いけど、我が家にも映画鑑賞で余ったお菓子がたくさんあってさ。今から分けるんだけど、少し持っていく?」


「わー! お姉さん、お菓子大好き! でも、先に凜々花ちゃんと莉生君が選んでいいよ? 私はほら、お姉さんなので……ね? うふふ」


 エリ姉は慈しむような目で凜々花と莉生を見るが、その二人はちょっと引いているぞ!


「お姉さんだったらそもそも、貰う事を躊躇すると思うけど……凜々花。好きなお菓子って何かあるか?」


 俺が尋ねると、凜々花は何故だか恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らす。


「え? 『好きに犯して』なんて……郁ったら、お誘い上手なのね」


「こいつ頭の中に綿菓子でも詰めているのか? 誰かザラメ補充してやってくれ」


「じょ、冗談だってば! そうね。私はあんみつが好きよ。語感がえっちだし。きっとこのお菓子を発明した人は、欲求不満だったのね。あんっ! みつぅ!」


「よし、凜々花ちゃんは一個もいらない、と。莉生は?」


 中学生男子も真っ青な発想の凜々花を無視して、続けて莉生に尋ねてみる。


「うん? 僕は余った物でいいから、エリ姉から先に取っていいよ」


 莉生は何かを考えた後で、遠慮がちにそう答えた。嫌な予感がするが、まあいいか。


「というわけで、エリ姉。好きなお菓子は?」


「色々あるけど、思い入れがあるのは『ひなあられ』かな。ここには無いけどね!」


「和菓子とは渋いね。そこに居る痴女は例外だけど。ちなみに理由はあるの?」


「な、何歳になってもお姫様扱いされたいから……あ、あはは」


「耳まで真っ赤にして、照れながら答える。これが正解だぞ、凜々花?」


 可愛すぎるお姉さんの解答に、凜々花は不満げに口を尖らせる。うわー、可愛くない。


「思わぬ飛び火ね。甘い物の話をしているのに、辛いわー。辛酸を舐めさせられたわー」


「ドヤ顔でそういう事を言うと、俺の表情が苦々しくなるって気付いています? 二人とも好きなお菓子はここにはないみたいだし、好きに取っていいぞ、莉生」


 俺が促すと、莉生は「待っていました」と言わんばかりに目を輝かせる。

 何だかんだで、遠慮しながらもお菓子が欲しかったのか。いじらしいなあ。男だけど。


「やったー! でも、僕もそれほど既製品のお菓子は好きじゃなくて。自分で作れば甘さとか調整出来るからね。だけど……一つだけ好きなお菓子があってね」


「何だ? 何でも好きな物を持っていくといいぞ」


「そうやって僕を甘やかしてくれる郁ちゃんが好き、かな。えへへ!」


「あざとい」

「あざといわ」

「あざといね」


 莉生の解答に、俺、凜々花、エリ姉は間髪入れずに同じツッコミを入れた。

 あざとすぎる俺の親友は、涙目になって必死に首を横に振って否定する。


「あ、あざとくないよぉ! どうしてこんなに責められるのぉ!」


「しょっぱい解答で残念だわ、莉生」


「凜々花ちゃんだけ何でそんなに僕に対して厳しいの!」


 それはもちろん、『辛辣』だけに……おっと、凜々花と思考が被ってしまった。


 その後は何だかんだ三人でお菓子を分け合い、解散の流れになった。家が少し遠い凜々花と莉生は先に帰り、最後にエリ姉も部屋を出て行こうとしたのだが。


「いーちゃん。せっかくだから二人で最後に、『これ』やってみようか?」


 エリ姉は持参したお菓子の箱を開けて、中からスティック状のお菓子を取り出す。

 そして俺の返事を聞くより先に、それを口に咥えてみせた。


「はい、どーぞ。お姉さんは恥ずかしいから、目を瞑っているね? これは不慮の事故が起きても気付かないかも? ふふふ」


 そう言ってエリ姉は本当に目を閉じて、お菓子を口に咥えたまま立ち尽くす。

 放っておくわけにもいかないし(それはそれで面白いが)、さて……どうしたものか。


「……あっ!」


 口元の異変に気付いたエリ姉が、一瞬で目を見開く。だけど、そこには俺の顔は無

い。


 俺はエリ姉が加えていたお菓子を、そのまま引き抜いて食べることにした。

 多分、これがこのゲームの攻略法だろう。相手に接近することなく、お菓子だけを

上手く掠め取る最良の方法。


「美味しいよ、エリ姉。あはは、まさかの展開に驚い……た?」


 俺が笑いながら問いかけると、エリ姉は困ったように俯いて、俺と顔を合わせようとしない。え? 普通にやるより恥ずかしそうにしているのは何故かな?


「い、いーちゃん。それはそれで、普通に間接キスというか……わ、私が咥えていたせいでチョコが溶けて、更に生々しい感じというか……ああ、もう! ずるい子ですね!」


 エリ姉は曖昧な言葉を残して、慌てて部屋から出て行ってしまった。

 一人残された俺は、その言葉の意味が分からないまま……口内に広がるお菓子の味を堪能していた。

 だけどいつもより少しだけ、甘酸っぱい感じがしたのは気のせいだろうか――。


◇◇◇


「あれ? 燈華ちゃん。今日もそのお菓子なの?」


 お父様から話を聞き終え、教室に到着した私は鞄からお菓子を取り出し、友達の女の子に振舞いました。

 それはスティック状のお菓子ではなく、いつもの……きのこの形をしたお菓子です。


「うん。今日はみんなあのお菓子を持ってきているけど、私はこれでいいかな」


「えー? 相変わらず燈華ちゃんは変な子だなあ。あ、じゃあ私のやつを一本あげるね。はい、どうぞ!」


 そう言って私の友達は、冗談っぽくスティック菓子を口に咥えます。

 もちろん、攻略法を知っている私には通用しませんけど、ね!


「あ! 燈華ちゃん、それは反則でしょー」


 お友達の口から引き抜いたお菓子を見つめて、お父様の話を思い出します。


 ああいうことを自然に出来てしまうお父様が、少しだけ怖い燈華ちゃんでした。

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