10月25日 乙女のお努め!

「うーん。可愛らしさって何でしょうね?」


 学校の授業を終えた私は、夕方に駅前でお父様と合流しました。

 実は今朝、お父様はママと些細な事で喧嘩をしてしまって……仲直りをするために駅近くのケーキ屋さんで、ママが喜びそうな物を品定めしている最中です!


「どうした? 燈華。ケーキを見ながら聞く事か、それ?」


 お父様は真剣に、ショーケースのホールケーキを見つめながら私に返します。大好きな人の為に集中するお父様……格好いいですねえ!


「いえ、ケーキとは無関係ですけどね? こういう所に私のような乙女が来ると、陳列されているカロリー兵器を見ながら『可愛いー!』って言うことがあるじゃないですか?」


「ケーキをカロリー兵器って表現しないで? まあ、そういうこと言う女子は多いよな」


「でしょう? 燈華ちゃんも思うわけですよ。女子の『可愛い』とは何なのか! どういう行為が可愛くて、どういう発言が可愛らしいのか! 教えて、お父様!」


 そう言いながら私はお父様のスーツの裾をクイクイと引っ張ります。

 これも『可愛い』仕草ですよね。ふふふ、燈華ちゃんは賢いから良く知っています。


「なあ、燈華。女子はこういうの、どこで覚えて来るんだ? 男子禁制の専門学校とかあるの?」


「ありますよ? しかも卒業後の就職率は百パーセントです! みんな、誰かの『お嫁さん』に内定していますからね。私も来年、クラスの男子に就活します!」


「選考の結果、燈華様の採用を見送らせていただきます」


「ふ、不採用ですか! あ! 補欠合格! せめて補欠合格でもいいので!」


「それ要するにキープされている都合のいい女じゃん! 不採用よりタチが悪い!」


 お父様はハイテンションなツッコミをしてくれた後、小さく咳払いをします。

 照れ隠しですね? 話を聞いたケーキ屋のお姉さん、ちょっと笑っていましたもんね!


「まあ仮に燈華を不採用にした連中は全員惨めな末路を辿ってもらうとして、だな」


「お父様。聞き流すには不穏過ぎますよ、その台詞」


「可愛らしいエピソードなら、莉生がたくさん持っているぞ。その一つを話してやろう」


◇◇◇


二重ふたえ莉生りおと俺が出会ったのは、中学一年生の頃だった。


 同じクラスになった俺たちは、好きな音楽やゲームの趣味が近い事もあって、すぐに意気投合する事が出来た。中学時代、最も多くの時間を共有した相手だろう。

 凜々花りりかも含め、三人揃って同じ高校に進学した俺たちは、相変わらず仲良しのままで。


「ねえ、郁ちゃん。今日はカラオケに行かない?」


 晩秋、放課後の教室。凜々花に借りた本を返したついでに雑談していると、既に帰り支度を終えている莉生が俺に声をかけてきた。


「カラオケ? 珍しいな。別に構わないけど」


 冬の気配が近付いている事もあって、莉生は防寒着として制服のブレザーの下に薄手のパーカーを羽織っている。少し大きめの袖は莉生の小さな手を隠し、所謂『萌え袖』を演出していた。あざとい可愛さだ。女子力高めですね。


「そうね。私も久々にラブソングを熱唱したい気分だわ。さあ、行くわよ二人とも!」


 凜々花も乗り気らしく、楽しそうに通学用鞄を背負い始めた。

 そんな凜々花に対して、莉生は首を傾げながら微笑む。


「へえ。凜々花ちゃんってヒトカラ行くタイプだったっけ?」


「ど、同伴させてよ! 確かに最初から『二人で』を強調しつつ郁を誘っていた事には気付いていたけども! 助けて、郁! 莉生がイジメるぅー! うわぁああん!」


 凜々花は両手で顔を覆って、純度百パーセントの嘘泣きを始める始末だ。指の隙間からこっちの顔色をチラチラと窺うのを止めなさい。

 莉生は困ったように溜息を吐いてから、俺に決定権を委ねる。


「郁ちゃんに任せるよ。あ! ちなみに僕、こう見えても短距離走得意だよ? えへへ」


「全力ダッシュで凜々花を置いていく気満々じゃねえか。まあ、たまにはいいだろう?」


「そうだね! じゃあ、三つ数えたら校門まで走り出そう!」


「うーん。今の肯定は凜々花を置いていく事への同意じゃないんだよなあ。というわけで、凜々花さん? 良かったら三人で行くか」


 俺の言葉に凜々花は満面の笑みを浮かべて、「やったー!」と無邪気にはしゃぐ。

 そんな凜々花を尻目に、莉生は俺の制服の裾をクイクイと引っ張りながら囁いた。


「もう……今回だけだからね、郁ちゃん」


 あ、これ燈華がやった仕草と同じだね? やっぱり専門学校は実在する……?


「ところで、どこのお店にするのよ? 予約しちゃう? 私、今から電話するわよ!」


 ハイテンションな凜々花に対して、しかし莉生は首を横に振る。


「大丈夫だよ、凜々花ちゃん。お店はもう決めてあるし、それに……」


 莉生は俺と凜々花を交互に見てから、ポケットから一枚のチラシを取り出した。


「今日の目的は、歌うことじゃないから。ふふっ」


◇◇◇


「お待たせしました。ご注文のお品、こちらですね。退室までに完食お願いします」


 カラオケ店に到着した俺たちは、店員さんに少し広めの部屋に案内された。

 入室した俺たちは、早速曲を入れてカラオケをしようしたのだが……。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 莉生が取った行動は、備え付けの内線電話によるデザートの注文だった。

 実は『それ』が今回のメインだというのは、学校を出る前に聞いていたから構わない。

 俺も凜々花も了承していた、けど――。


「はい、郁ちゃん。これがこのカラオケ店名物のハチミツマシマシカラメル多めパン硬めのハニトーだよ! ちなみに残したら罰金だから頑張ろうね!」


 目の前のテーブルに置かれたのは、食パン一斤を使って作られたハニトーだ。

 しかも季節限定メニューらしく、トッピング三倍で相当な量と威圧感がある。


「ハチミツが多すぎるだろ。赤子じゃなくても致死量だよ、これ……なあ、凜々花?」


「このハニトー、まるで私と郁みたいね。ミツだけに! 蜜月! あははっ!」


「俺の幼馴染壊れちゃったよ……ちなみに莉生、勝算は?」


 恐る恐る尋ねると、莉生は勢いよく親指を立ててくれた! 

 そうだよね! だって頼んだの、お前だしね! 責任、取ってよね……?


「うん! 僕、そんなにお腹減ってないよ!」


「え? じゃあ何で親指立てたの? 折っていいってこと? キレそう……!」


「まあまあ! いざとなったら僕も頑張るから! とりあえず食べようよ!」


 莉生の一言でハニトー攻略が始まった。

 俺たちは順調に食べ進め、なんとか帰る事が出来た……なら、どれだけ良かったか。


 半分ほど食べ終えた辺りで、俺と凜々花は完全に手が止まってしまった。だってさぁ! いくら掘ってもハチミツとクリームとカラメルと食パンの味しかしないもん! これ!


「ごめん、郁。私ちょっとお手洗い行くわね……口から何かが産まれそう」


 凜々花は口元を抑えながら、ゆっくりと部屋を出て行った。

 産むなよ? 思春期の女子高生が、パンやハチミツの混合物を口から産むなよ?


「とはいえ、これはな……味も単調だし、キツいぞ」


 俺も限界が近かった。流石にそろそろフォークを置こうとした、その時。


「諦めるの? 郁ちゃん? 何か調味料とか要る?」


 自分のペースでハニトーを食べ進めている莉生が、心配そうに尋ねて来た。


「いや、調味料があってもこれ以上は無理ぃ……」


「そう? あーあ、僕も限界が近いしギブアップかなー? だけど……もし郁ちゃんが調味料をかけてくれるなら、もう少し頑張れるかも?」


「別にいいけど……何が必要だ? フロントに行って借りて来るぞ」


「うーん。そういうのじゃない、かな? 僕はもっと甘みが欲しいの。例えば」


 莉生は手に持っていたフォークを一度置いて、代わりに俺の右手を両手で包んで囁く。


「残りのハニトーを全部食べたら、郁ちゃんが僕の頭を撫でてくれる……とか?」


 悪戯っぽく笑う莉生だけど。その目を見れば、どうやら本気なのが分かる。

 とはいえ莉生を撫でるのは恥ずかしい。だけど、ハニトーを食べきれなかったら罰金が待っている……うん。仕方ない。腹を括れ。腹に入れるのは莉生だけど。


「分かった、約束する。お前の胃袋に俺たちの財布を託すぜ!」


「わーい! ついでに次カラオケに行く時は、絶対二人で行くって約束してね! それじゃあ、いただきまーす!」


 勝手に約束を増やして、莉生は再びフォークを握る。

 半分ほど残っていた巨大なハニトーは瞬く間に崩れていき、やがてクリームを覆うパンの壁は消失し、プレートの上にはハチミツが僅かに残るだけになってしまった。


 時間にして十分も無かっただろう。莉生はそのハチミツを指で掬って、美味しそうに舐め取ってから俺に微笑む。その仕草、艶めかしすぎませんか? 莉生さん?


「ごちそうさまでした! ね? 郁ちゃん? ねー?」


 食べ終えた莉生は、直前に交わしたご褒美を要求するように俺に密着する。

 こいつ本当に大食漢だよな……しかし約束は約束だ。俺も男としてそれは守ろう。


「はいはい。ありがとう、莉生」


「ふへへ! 凜々花ちゃんが戻って来るまで、存分に甘やかしてね!」


 頬を赤らめて、俺に頭を撫でられ続ける莉生。きっと、誰かが見たら高校生カップルがイチャイチャしているようにしか見えないだろう。

 華奢で、女の子らしい仕草に満ちていて、庇護欲を掻き立てる二重莉生。



 こいつが『男』である、という大前提を知らなければ――だけどな。


◇◇◇


「……相変わらず破壊力満点ですよね。お父様の高校生の頃の話は」


 私が呟くと、話の最中にケーキを選び終えたお父様が会計を進めながら頷きます。


「お前も知っての通り、高校時代の莉生は秘密だらけだからな。これは一年生の頃の話だけどもう少し先になると実は莉生の……あ、はい。ラッピングもお願いします」


 お父様は私との会話を打ち切って、会計に戻ってしまいました。

 私はレジから離れて、店のショーケースに並ぶハニトーを見て、改めて考えます。


「可愛いっていうか……どちらかというと、『あざとい』ですよね?」


 だけどこのお話はとてもタメになりましたよ、お父様。

 私もおねだり上手を目指して乙女のお努め、頑張ります! 

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