10月18日 豪華な建物のひみつ!

「お父様! バス停の近くの大きな空き地に出来た、あの豪華な建物は何ですか?」


 ある日のこと。

 就寝間近の時間に、私はお父様に「おやすみ」を言う前に尋ねてみました。


「……さあ? 良く分からないな。ネットカフェとかじゃないか?」


 お父様はソファに座り、タブレットを眺めたまま顔を動かさずに答えます。

 だけど何故でしょう? タブレットを持つ手が少し震えているような?


「え! じゃあ今度二人で行きましょうよ! でも結構豪華なネカフェですよねー。表の看板には『休憩最大四時間・四千円』『宿泊・七千円から』って書いてありましたよ!」


「こ、高価だなあ! きっと超上流階級向けのネカフェだな! 俺たち庶民には縁の無い場所に違いない! 円もないし! アハハ! というわけで、近寄っちゃダメだぞ?」


 うわ、私のお父様……メチャクチャ早口すぎませんか?

 しかし親にダメだと言われたらそれを破りたくなるのが、思春期の子供ですよね!


「でも燈華ちゃんは行ってみたいのです。近所に未踏の地があるのであれば、そこに足を踏み入れるべき。久遠家に代々伝わる、鉄の掟ですね」


「え? 何それ。一代前なのにお父さん知らない! あー、もう……分かったよ。教えてやる。お前も知らない歳じゃないだろうが、あそこは大人の男女が愛を育む場所だ」


 お父様は耳まで真っ赤にしながら、慎重に言葉を選んで教えてくれました。

 うーん! 私のお父様、世界一可愛くないですか? 萌えますね、その赤ら顔!


「はいはい。つまりラブホですね、ラブホ。ドスケベホテルです」


「ッ、ァアア! 知っていたならわざわざ聞くな! そして何で言い方を卑猥な感じにした! 言ってみろ、燈華ぁ!」


「ふふふ。あなたの娘は日々成長しているのですよ? お・と・う・さ・ま?」


 真っ赤な顔のまま怒るお父様に私が可愛らしく返すと、お父様は溜息を吐いてそのままソファにうなだれました。お眠ですかね?


「全く……そういえば、凜々花とも似たような会話をしたことがあるな」


「ほー! 聞かせてくださいよ! お父様の思い出話!」


「そんな面白い話でも無いけどな。俺が中学二年生くらいの頃だっけ」


◇◇◇


「ねえ、郁。良ければ今夜、月の見える丘に行かない?」

 

 進級が迫った、中学二年の冬。

 予備校に行こうとした俺に、下駄箱で凜々花がそんな誘いをしてきた。

 

 幼稚園の頃からの幼馴染で、中学に入るまでは二人で良く遊んでいたけど。

 思春期特有の「女子と話すのが恥ずかしい」気持ちが芽生え、クラスが別々になったこともあって、久々の会話だったっけ。


「唐突だな、凜々花。冬なのに寒空の下でお月見でもしたいのか?」


 俺が靴を取り出しながら尋ねると、凜々花は何故か恥じらいながら頷く。


「ええ。最近、あまり二人でお出かけしてないし……ダメかしら?」


 俺は何となく周囲を警戒し、からかってきそうなクラスメイトが居ない事を確認する。

 よし、今なら凜々花と二人だけだ。ならば、返事は決まっている。


「ああ、いいぞ。待ち合わせ場所はどこにする?」


「本当? 嬉しいわ! ていうか……場所が分からないの? 学校の裏側に最近出来たじゃない、月の見える丘」


「……丘が? 学校の裏に? 突如? ファンタジー世界観じゃないぞ、この現実は」


「でも出来たし? 今なら割引キャンペーンで、休憩・宿泊共に二千円引きらしいわ! これなら私のお小遣いでも何とか」


「そこラブホじゃねーか! あ、『月の見える丘』ってラブホ名かよ!」


 まさか夕方の下駄箱で同級生、しかも幼馴染にこんなやべえ誘いを受けるとは。

 呆れた俺はそのまま靴を履いて凜々花から逃げようとした。のだが。


「まあまあ、待ちなさいよ。あなたの可愛い幼馴染の提案を無下にするつもり?」


 腕をガッチリと掴まれて、逃げられなくなってしまう。魔王か、こいつ?


「そういうのは段階を踏むべきだろ! いいから放せ! 予備校が始まる!」


「くくく……体は嫌がっても口は正直ね?」


「その通りだよ! 理性も本能も明確に拒否しているだろうが!」


「予備校では学べない保健体育を! この凜々花ちゃんが教えてあげるのに!」


「予備校に保健体育があってたまるか! 受験科目に無いし!」


「はい、それじゃあ今から男女ペアになって実技試験しまーす」


「少子化対策が末期! ていうかせめて、それこそ高校生になってからだろ!」


 俺が叫ぶと、凜々花は突然掴んでいた腕を放した。

 何かに気付いたように目を丸くし、それからゆっくりと悪い笑みを浮かべ――。


「へえー? 面白半分でからかってみたら、思わぬ収穫ね。あなたの中でそういう『行為』は、高校生になったら解禁されるのかしら?」


「あ、いや……別にそういう意味じゃなくて、平均年齢? みたいな?」


「ふふふ。楽しみが増えたわ。私も郁と同じ学校に行けるように、少し頑張るわね!」


 凜々花は不穏な言葉を残して、そのまま俺より早く下駄箱から去って行った……。


◇◇◇


「その後、実際に凜々花は成績を驚異的な速度で上げていって、俺と同じ高校に進学したっていうわけだ。はい、お父様の中学時代エピソードはおしまい。おやすみ、燈華」


 話を終えたお父様は、タブレットをテーブルに置いてリビングから出て行きました。


 ふむ。面白い話でしたね! まだまだお父様について、知らない事だらけです!


「次はどんな思い出話を引き出しましょうかね?」


 まだまだお父様に聞きたい事は山ほどあります。


 だって大好きなお父様の事ですからね! 何だって知りたいのです!


 世界一可愛い娘の為に、色んなお話をしてくださいね! お父様!


 お父様との日々を綴った日記を、もっともっと『愛』に満ちたものにするためにも!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る