星を斬るクラン

久保田

第1話・エルフという生き物は、ひたすらに拡大し続ける生き物である

 エルフという生き物は、ひたすらに拡大し続ける生き物である。

 エルフの一組の男女が十年に一度ほど子どもを産むとして、百年もすれば十人になる。

 その半分が亡くなったとしても、五人だ。

 エルフ自身も寿命があるのかないのか、さっぱりわからない上、百年も若さを保って生き延びれば多少の武芸を、人間を圧倒する程度のものを大体は身につけてしまう。

 二百、三百年も生きれば大抵の生き物には勝てるようになっているものである。

 そんなこんなで、エルフは放っておけばとにかく増えていく。

 しかも、暑かろうが寒かろうが、豚の餌以下の粗食であろうが、とにかくどこでも生き延びる。

 その上、ほかの生き物なら数世代かけて肉体を環境に適応させるかもしれないが、エルフは当代で肉体を適応させたりもしてくる。

 森エルフ、平原エルフ、山岳エルフどころか、火山に住み着くエルフすらいるのだ。

 しかも、厄介なことにエルフはエルフをほとんど裏切らない。

 人間は、裏切る。

 何故なら十年先、生きているかわからないからだ。

 恐るべき魔獣に襲われるかもしれない、同じ人間に殺されるかもしれない、天変地異になすすべもなく轢き潰されるかもしれない、エルフに襲われるかもしれない。

 だから、協調よりも裏切りの方が得になる。

 だが、エルフは大体、生き延びる。

 そして、「あいつは百年前にこうやって裏切った」と覚えられているわけだ。

 そうなると厄介なことに、一瞬の裏切りよりも協調の方が生存戦略に有利に働く。

 この性質はエルフが軍隊を組んだ時にも発揮される。

 短期的に見れば生き延びるために仲間を見捨てたことが有利に働くにしても、長期的に見れば悪手以外の何物でもない。

 とはいえ人間、オーク、ゴブリン、魔人、獣人、竜、巨人。どんな生き物が相手でも、そこまでエルフを追い込むことも滅多にないのだが。

 そんなエルフだが、奇妙な習性がある。


 老人殺しである。

 老人と言っても、エルフの老人だ。

 百や二百の話ではなく、千歳の老いた、他種から見れば若者以外には見えないエルフだ。

 これには色々な説があるが、老いて頭の硬くなったエルフを処分することで、エルフ種全体の存続を図る種の本能だ、という説が今のところ有力視されている。

 年老いたエルフがいれば、彼らは挑まずにはいられない。

 それが何故なのか、本人達にもわからないが、どうしてもやらずにはいられない。

 老人達も喜んでその挑戦を受ける。

 これについては種の本能なのか、それともエルフの元々の好戦性が原因なのかはわかっていないが、おおよそ後者が有力視されている。

 まず一対一の決闘ともなれば、大概は老人が勝つ。

 手慰みにちょろちょろと修練を積み、多少の戦場に出た程度のエルフであっても千年もやっていれば一端の武人にはなるのだ。

 ただし、何をもって決闘するかは挑戦者側に選択権がある。

 剣が得意なエルフでも、槍で勝負と言われれば槍で戦うしかないのだ。

 そんなこんなでまず平均十人ほどの死者で、老人殺しは達成される。

 他種族からみれば、とてつもなく物騒な生態にしか思えないが、エルフ種の異様な生存性は精神にまで適応されており、闘争を気に病むエルフはあまり存在しない。

 逆にほんのわずかだが病むエルフもいるが、同程度に狂ったエルフも存在する。

 その決闘を勝ち抜いてしまったエルフである。

 どんな不得意分野でも並みの者では敵わず、百人程度仕留めてみせたようなエルフは真面目に気が狂っているのだ。

 例えば弓矢だ。

 どれほどの技巧を凝らそうと、やっていることは弦を引いて矢を放つことだけ。

 たったそれだけの中で、運否天賦うんぴてんぶの偏りすら物ともしないだけの技量を、ありとあらゆる武技で身につける生き物などどこか狂っている以外に言いようがあるまい。

 そうなってくると単独で相手をするのは不可能だ。

 一対多の集団戦へと移行する。

 これには選択権やハンデはなく、お互いの全存在を賭けての勝負となる。

 初めは一対二、一対三、勝ち抜くほどにどんどんどんどん増えていく。

 両の手どころか、両の足を加えて手足の指より多い敵を前に戦える者は長い間、エルフにもそうはいない。

 エンシェントエルフ落としは、若いエルフ達の誉れである。

 エルフ八万年の歴史の中で最も長い間、エルフ界のレコードホルダーだったのははしばみ・クシャ・サラトガの二十八人抜きである。

 そんなわけで、エルフは時々自ら自分達で数を減らす。

 それが愚かさなのか、賢明さなのかはわからない。

 ただ、この三百年でレコードは塗り替えられたのは確かだった。

 五百八十四人抜き、千年エンシェントエルフ六人斬りのくちなし・ルディ・ハビムトその人である。


 エルフ草というものがある。

 生のままでは鼻のついた生き物は顔をしかめる、カメムシによく似た臭いのする草だ。

 種が落ちれば暑かろうが寒かろうが、あほのように生えてきて、誰からも嫌われている草だから、その草はエルフ草と呼ばれている。

 そんなエルフ草も生えない、しなびた人間の村にある日ルディは現れた。

 このルディという男は生来の怠け者であり、畑仕事というやつが心の底から大嫌いである。

 自分の手を動かすのは、尻をかく時か飯を食う時だけにしたいほど。

 そんなルディが村にやってきて最初にしたことが、よその家の軒先に寝っ転がって、飯をねだったことである。

 自分達も日々の暮らしに余裕がないというのに、何を言ってやがんだこの野郎と腹を立てた村人達ではあったが、ルディは腐ってもエルフだ。

 生き物として格が違うのが一目見てわかる美しさに、先のとがった笹穂耳(なお、雪原や火山地帯に住むエルフはこのとがった部分が退化している場合も多いが、大体は見れば判別が付くから問題にならない)

 見るからにエルフであり、この物乞い一人を打ち殺した場合、他のエルフからどんな復讐が待っているかわかったものではない。

 仕方なしに食を与えてしまった。

 しかし、野良に餌をやってはいけない。居着かれるからだ。

 それからルディは五年居座った。

 始めはその見目麗しい姿に頬を染めていた乙女達も、子どもの一人も産んで現実が見えてきた頃である。

 ルディの皿に乗ったのは、エルフ草であった。

 そのカメムシの臭いがする草をむしゃむしゃと食べる姿に、いっそ悲しみすら覚えた元乙女達。


 そんなボンクラのルディと、寒村の転機はなんの前触れもなく訪れた。

 盗賊である。

 盗賊と言っても大して取る物もない寒村を狙うような連中で、世間的に見れば大したこともない。

 数にして十か、二十か。元の色がわからないようなボロ布をまとった浮浪者の群れのような連中だ。

 だが、世間的に見て大したことがなくとも、命を捨てた男達が十も二十もかかってきて、村の数少ない若者達が傷つけば、これからの村の運営の致命傷になりかねない。

 盗賊に明日はなくとも、村に明日はある。

 困り果てた村人達は藁にもすがる思いで、滝に流されている最中、折れた藁を握っていることに気付いたけど何をどうしろって言うんだこれ、という気持ちでこれまで畜生以下の餌を与えていたルディの元へ向かった。

 かくかくしかじか、と説明されたルディは一言、


「明日からエルフ草以外にしてくれ」


 さすがにエルフ草は辛かったらしい。

 その辺りに落ちていた枝一本を持つと、ルディはたった一人で盗賊の元へ向かった。

 何故か木の枝を持ったエルフが一人やってきたが、わけがわからなすぎて山賊達は戸惑いを見せた。

 エルフの代名詞といえば高度に魔法的処理をされた装備の数々である。

 時間を持て余した彼らは手慰みに、自分の装備に凝ることが多い。

 そんなエルフが一人、自分達のボロ布とタメをはれる粗末な、武器の差で(棍棒か、せいぜい錆びた包丁をくくりつけた槍である)いっそ自分達の方が優っている姿で現れた。


「おい、てめえ。一体なにしにきやがった」


 という問いは、山賊の優しさですらあるだろう。


「犬だって一飯の恩は返すんでねえ。おいらもちょっと恩返しさ」


 その一言と共にするりと山賊の胸元に飛び込んだルディは、ちいさく円を描いた。

 血が噴き出すこともなく、何故か立ちすくむ仲間に山賊達は戸惑った。

 振り抜かれた先にあるのは、一本の木の枝である。

 例えば目を突く、相当に上手くやれば喉笛を突き破れるかもしれない。だが、それならもっと太い棒を探せば棍棒になるだろう、と思うような細枝だ。

 そんな枝を振り回して遊んだことは、誰の子ども時代にだってあるだろう。

 人に打ち付ければ簡単に折れるのが、経験で理解出来る代物。


「運がなかったね、あんた達」


 ルディの細い足が、さりげなく動いた。

 する、する、する、とルディは次々と懐へと飛び込んでいくと、盗賊達は立ちすくむ。

 なにやってるんだこいつらは、と疑問に思っているうちに最後の一人まで懐に入られてしまった。


「よくわからん藁にすがってても仕方ない」


 と、村の若い連中が押し出してきたのは、ちょうどその時である。

 武装は木の棍棒、鏃こそ石だか弓矢がある分だけ盗賊達よりはマシ、という村人達はなにやら立ちすくむ盗賊達を見た。


「終わったよ」


 そちらからてくてくと歩いてくるルディを変なものでも見る目で見たのは、仕方のないことだろう。

 五年もごろごろ飯をねだっていたエルフが、ぽいと枝を捨てて村へと帰っていくのを、彼らは狐に騙されたような気分で見送った。


「……今度こそ追い出そう」


 そんな想いが村人達の心に染み渡った頃である。

 どう、と音を立てて倒れたのは盗賊達。

 あっという間に広がる血の海に悲鳴をあげる村人達。

 そして、阿鼻叫喚の村会議であった。

 なにせろくでなしのダメエルフだと思っていた村人達だ。

 大人こそ自重したが、子ども達にそんな考えはない。

 盗賊達に挑むため、最前線に立たされた若者達が子供の頃に流行っていた遊びといえば、度胸試しにルディに蹴りを入れて逃げてくることだった。

 そんな見た目だけは綺麗な置物が、起き上がった途端に盗賊の十も二十も木の枝で叩き斬るキリングマシーンだったと判明したわけだ。

 今から頭を下げて許されるものか、なら先にやっちまえば、お前勝てると思うのかお前が先に行けよ、と会議は大荒れである。

 とりあえず今日のところは、と村人達の普段の飯よりも豪華な食事、それでもせいぜいちょっとした煮物が一皿増えた程度のものだが、ごろごろするルディの前に差し出す事になった。

 会議が荒れたせいもあり普段より遅い、月が沈む時分に出された飯に、


「明日はもうちょい早く出しておくれよ」


 とルディは図々しくも注文をつけたのであった。






 それからのルディは、たまに来る盗賊や、そういえばこんな村があったな、と思い出したかのようにやってくる徴税官を斬って捨てた。

 そのたびにルディの飯はちょっとばかり豪華になり、守りに力を使わなくて済むようになった村人達はよく働いた。

 そもそも自分達がどこからやってきたのか、誰一人として覚えていないような村人達である。

 自分達がどっかの国の民である、という意識はかけらもなく、何故か税だけ取っていく徴税官はエルフのように嫌われていた。


 いつしか、ルディは王様になっていた。

 なにかを命じることもなく、日がな一日ごろごろしていて、自分達と同じ物を食う王様である。

 玉座は集めた毛布、宮殿は上等な掘っ立て小屋だったが、百の騎士団を斬って捨てたルディの威名を慕い、次々に人々が集まってきた。

 そのたびにルディの生活は少しばかりマシに、人々の暮らしも楽になっていく百年である。


 そして、エルフが来た。

 ルディが千歳になったのだ。

 国民の誰の一人としてルディの歳など知らないし、下手をせずともルディ本人すら忘れている。

 だが、エルフとは、そういうものだ。


「弓で」


「おう」


 不思議とこういう時、エルフは言葉を重ねない。

 ただ向かい合うだけである。


 やってきたエルフの弓といえば、集まってきた民が腰を抜かすような逸品だ。

 陽光を鮮やかに染め抜く紫水晶で飾り付けられた弓で、見た目の美しさだけではなく、非常に高度な魔術的効果を発揮する。

 風乗り、矢いらず、更に雷撃の魔術が乗る。

 セッティングは威力重視、相手の矢を弾き飛ばして一方的に自分の矢だけを送り込むことに特化していた。

 それに比べてルディの弓といえばどうか。

 子どもの遊び道具である。

 竹で出来た粗末な弓で、矢は石だ。

 国を運営している長老会は、真っ青になった。


「ル、ルディ様おやめください!」


 彼らはこれまでに実績を積み重ねたルディの強さを信じていたわけではない。

 彼らはルディの強さを「エルフだから、人間より強いのだろう」と思っていた。

 エルフすべてが板金鎧を木の枝で真っ二つに出来ると思っていたのだ。

 もしルディが討たれてしまえば、誰がこの国を守るのか。この突然やってきたエルフが何かの気まぐれを起こして、国を守ってくれると無邪気に信じられはしなかった。

 そんな人間達の哀れな悲鳴は、完全に無視され、決闘は始まった。


 魔力の充填は万全、放たれた一矢は雷鳴轟き、空気を焼く不思議な匂いが、すべてをなにもかも終わった後に人々に届ける。

 矢そのものは見えずとも、稲光が目に焼き付き、その軌跡を明らかだ。

 エルフから放たれた一矢は、途中でふにゃりと曲がっていたのだ。

 岩をも穿つ一矢は、ルディの耳元をかすめるような軌跡を描き数瞬後、山向こうで激しい落雷を引き起こしていた。


「一体なにが」


 と、あたふたしていた人々は、どうと倒れる音を聞いた。

 エルフが死んでいた。

 胸を撃ち抜かれているのである。

 ルディの矢は肋骨と胸骨の隙間を抜け、エルフの心臓を撃ち抜いていた。


「抜けばまだ鏃は使えるだろ」


 のんきに言うルディに、民達はなにも言えず。

 石の鏃は骨に当たれば砕け、肉の硬いところに刺さるだけでももう駄目になるような代物だ。

 あの魔弓に石の鏃を打ち付けでもすれば砕けてしまうに違いない。

 それを一体なにをどうすれば。


「今日はりんごが食べたいよ」


 というルディの要求に、人々はこくこくと頷くばかりであった。

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