自然と共に生きる者達(7/8)

 しずみ、夜が忍び寄る。枝葉の影、うつろな木のうろから闇がこぼれ出して腐葉土ふようどの上に沈殿ちんでんしていった。鳥達がそのさえずりを止め、闇と交代するようにうろの中に入る一方、闇を泳ぐ者達が活発に動き出す。豊かな森に静寂せいじゃくおとずれることはない。風が吹かずとも葉擦はずれの音がひびき、その音を聞きのがすまいと耳をそばだてる肉食動物ハンター達のひとみが月光を反射して地上の星となる。


 漆黒しっこくに沈む森のただ中、その一帯だけは闇を退しりぞけて夜をこばんでいた。


 中心に組まれた木の土台に煌々こうこうと火がともされていた。天高く燃え上がる文明の太陽。相容あいいれないと知っていながらも習性しゅうせいにはさからえず、多種多様な達が集まってきて火の粉とおどっている。いや、おどっているのは達だけではない。その火をおこした者達、夜と同じ色の毛皮をまとった者達が炎を中心に円陣を組みおどっていた。そこから少し離れて、炎の明かりが届く範囲には木の器に盛られた料理が並んでいる。大きな葉に果実と共に包んでし焼きにした獣の肉、何かの粉末ふんまつを丸めて団子状だんごじょうにして焼いたものなど、その種類は多様。中には少量ながら香辛料こうしんりょうが使われているものもある。豊かな森がもたらした宴席えんせき料理の数々。


遠慮えんりょせずに食えよ!足りなきゃ追加で作らせるぜ!ガハハハ!」


 そう言ってテヴォは自身も料理のそばにどっかと腰を下ろし、手掴てづかみで肉にかじり付く。地べたに適当に置かれた料理の周りには他の狼人族ウルフェンも集まり、思い思いに料理を口に運んでいる。


 下手へたに立ち上がれば皿をっ飛ばしてしまいそうだと思いつつ、その料理に囲まれて身動きが取れなくなったレイは胡坐あぐらをかいた体勢のまま首だけをめぐらせてそれとなく周囲を見回した。


 料理を食べる者、炎の周りでおどる者、その近くで手製の打楽器を叩く者、この場にいる狼人族ウルフェンが集落の全ての住人なのだとすればおおよそ二十から三十人ほどか。この中のいったいどれほどが“勇者特区”への移住を希望するだろう。


「どうぞ」


「あ、ああ。ありがとう」


 器用に料理の皿をけて近寄ってきたと思しき狼人族ウルフェンからレイは陶器とうきのコップを受け取る。中を満たしている液体は炎の色を反射して判然はんぜんとしないが昼間のお茶ではなさそうだ。一口あおるとどうやら果実からつくった酒らしい。悪くない味だ。


 うたげが始まる前に、集まった狼人族ウルフェン達にテヴォから今回の移住について説明があった。狼人族ウルフェン達はそれを両手放りょうてばなしに喜びはしなかった。


 本当にこのおさない勇者の言う事を信じていいのか。人間に奴隷どれいにされるのではないか。そんな不安が見て取れた。それに対してテヴォは行くも行かないも各々おのおのの自由だと言った。それでいい。強制するのはユウの望むところではない。後はユウが、いや、人間がどれだけ彼らに信用してもらえるかという問題だ。


「ここのめしを食うのも久しぶりだな」


 そう言ってレイと同じように胡坐あぐらをかいて座るディナは手近な料理をつまんで口にほうる。その口に入れたものを見て、となりのセラがぎょっとした。


「……嘘でしょ」


 炎の赤に照らされていながらも、その顔色が明らかに青ざめているのが分かった。


 ディナが口に入れたのはおそらくこの集落に入った直後に目撃したもの。絹糸きぬいとをとるためのまゆの中に入っていたさなぎだったからだ。よくよく見るとそれが皿にこんもりとられている。流石さすがに生ではないだろうが、見た目もそのままでラドカルミアの基準で言えば決して食欲をそそる見た目とは言えない。


「なんだ姉ちゃん、虫は駄目だめか」


 料理を押しやりつつ、セラの隣に腰を下ろす狼人族ウルフェン


からが牙の隙間すきまに引っかるのが難点だが、味はけっこういけるんだ」


 そう言って二、三個むんずとつかむと口に放り込む。打楽器の音色にバリバリという咀嚼音そしゃくおんが混じってセラは口元をおさえた。隠しているのは笑顔ではなく吐き気だろう。


「それにしても、姉ちゃん人間の中でもかなり美人だろ?俺はそういうとこ分かるんだ。姉ちゃんがいるなら俺は“勇者特区”に行ってもいい」


「あんたは乳とケツがデカけりゃ顔なんて二の次だろ!」


「違ぇねぇ!」


 ディナとのやりとりを見るに、どうやら最初に出会った警備の狼人族ウルフェンらしい。まだセラには狼人族ウルフェンの顔の区別はつかない。


「――そんな理由で、命をけるの?」


 別段深く考えた発言ではなかった。なんとなしに口からこぼれた疑問ぎもん


「たいした理由じゃねぇってか?そうでもねぇさ!俺は人間ともっと仲良くしてぇとずっと思ってたのさ。せっかく同じ言葉を理解して、話し合いができるんだ。仲良くしなきゃそんだろ?それに、この集落のめすにゃあ俺に相応ふさわしいやつはいないようだ。だから探しに行かねぇとな」


 その言葉を聞いたセラはとても大きな感慨かんがいを覚えた。


 大陸全土に信者を持つローティス教の教皇が魔族を保護している。そう聞いた時はとても驚いた。ユウ以外にも魔族と親しくしようと思っている者がいたのかと。そして今回は、魔族の中にも人間と親しくしたいと思っている者がいることに驚いた。自分の中の、人間と魔族は憎しみ合うものであるという常識が次々とくつがえっていく。


 ユウが現れたことで、知らなかったものがどんどん姿を現していった。見えなかったものが見えるようになっていく。この世界は、セラが思っていた以上に温かな感情であふれているのかもしれない。それを異世界からやってきた少女が教えてくれる。


「ばーか。なぁにが相応ふさわしいやつはいないようだ、だ。てめぇがみんなのケツさわりすぎて愛想尽あいそつかされてんだよ」


 半眼のディナの視線を受けて、狼人族ウルフェンが声を上げて笑う。


 釣られるようにセラもくちびるに微笑を浮かべた。


「村の雌共めすどもの見る目がねぇんだよ。どうだい姉ちゃん。人間のおすより俺はよっぽど魅力的だろ?」


 そういって狼人族ウルフェンはたくましい身体からだを見せつけるようにポーズをとる。それを見て、人間のおすならば容易たやす魅了みりょうされる微笑ほほえみを浮かべたまま、セラは一言。


「虫を食べる人はちょっと……」

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