自然と共に生きる者達(5/8)

「――なに?」


 森の外、すなわち人間の世界。魔族が一度足をみ入れればたちまち人間に見つかって殺されてしまう場所。つい先日もそれで命を失った者がいる。


「うちな、人間と魔族は、もっと仲良ぉできると思うねん。今はおたがいのことを知らな過ぎて、殺し合ってしもうてるけど、もっとお互いのことを知れば、お互いが怖いものじゃなくなれば。手を取り合って一緒に生きていくことができると思うねん」


「ほぉん、妙なことをいうじょうちゃんだ。だが、俺達は元から争うつもりなんてないんだがな。人間が勝手に怖がって襲ってくるだけだ」


 相手が襲ってくるから。どこかで聞いたようなフレーズにレイは不思議な感慨かんがいを覚えた。それはレイがここに来る道中の馬車の中でディナに行った台詞せりふであったからだ。


「うん。だから、怖がらんように皆のことを他の人間に知ってもらう必要がある。やから、“勇者特区”に来てほしいねん」


「なんでぃそりゃ」


 その問いにはディナが代わりに答える。


「この勇者が作った、人間と魔族が共に生きれる場所さ。すげぇぞ!もうすでに人間と小鬼族ゴブリンが一緒に暮らしてるんだ!」


「ほぅ、小鬼族ゴブリンが」


 それがどれほど奇跡的なことか。小鬼族ゴブリンを知る者ならば理解できよう。彼らは人間が組みけるような者達ではない。人間の言う事を聞くぐらいなら自滅覚悟で攻撃してくるような者達だ。


「人間と魔族はお互いのことを知らんだけや。お互いを知って、どちらかがまず武器を降ろせば争いは終わるんや。うちは小鬼族ゴブリンばあちゃんと話してそれがよぉ分かった」


 我が子への愛情。魔族にもそれがあることをあの老小鬼族ゴブリンは教えてくれた。それを知ってしまったがゆえにレイは武器を降ろした。そして知るきっかけを作り出したのはまぎれもなくこの異世界からやってきた少女だ。


「もっと魔族のことについて人間が知ることができたら……きっと争いはなくなっていく。逆もきっとそう。姿や生き方が違うってのは、恐ろしいことやないって皆が分かれば、きっと世界は変わる。争いは、誰かを傷つけることはアカンことなんやから」


 〈世界を救う者〉、勇者。彼女の救う世界は人間のみにあらず。人間と魔族、双方の平和をユウは望んでいる。そんな誰もが一笑にすような世界平和への第一歩が、すでに“勇者特区”という形でされていた。


「なぁ親父、もう限界なんだろ?集落の若いのはみんな外に出たがってる。“勇者特区”で、人間と共に生きる道を探してみないか。今はまだ“勇者特区”から魔族が外に出ることはできないが、いずれは狼人族ウルフェンが人間領のどこを歩いても殺されないような世界になる。そうだろ?」


 魔族に育てられた少女の言葉に黒髪の勇者が強くうなづく。


「時間はかかるかもしれんけど、必ずそうしてみせる。やから、その手伝いをしてほしい」


 そして彼女は前に出てその華奢きゃしゃな右手を差し出した。もう小鬼族ゴブリンなぐられたことによってできた傷はない。


 その手をジッと見つめつつ、テヴォは、


「……その“勇者特区”とやらにすでに小鬼族ゴブリンがいるのは分かった。だが、そこにいる人間はどんなやつらなんだ。じょうちゃんと同じ考えの人間がそんなにたくさんいるのかい」


 静観せいかんしているセラは内心舌をく。流石さすがは族長、目をつける所がするどい。


「今はうちらと警備の兵士以外は悪いことした人達やけど、いずれは、もっとたくさんの人も……」


「無理矢理魔族と暮らさせてるってわけかい。しかも罪人ときた。俺達魔族は何もしねぇでも罪人と同列ってわけだ。そんな場所に好き好んで行くやつがどこにいる」


「それは……」


 差し出された右手が力なく降ろされる。テヴォの言葉がどうしようもなく真実だったからだ。


「親父!」


 見かねたディナが割って入る。


「確かに“勇者特区”にいるのは無理矢理連れて来られた罪人だ。だがあたしはこの目で見てきた。罪人でも、小鬼族ゴブリンとよくやってたよ。前にいた収容所しゅうようじょよりこっちの方がいいって言うやつがほとんどだ。小鬼族ゴブリン達も自分達の境遇きょうぐうには満足してるように見えた。それに、親父達が来てくれれば教皇は“魔族”という言葉を撤廃てっぱいするつもりなんだ。小鬼族ゴブリン小鬼族ゴブリン狼人族ウルフェン狼人族ウルフェン。魔族って一纏ひとまとめにするんじゃなくて、仲良くできるやつはいるってな!そしたら、狼人族ウルフェンと交流するために“勇者特区”にも罪人以外の人が集まり始めるさ!」


 最初はただの好奇心でいい。あるいは金儲かねもうけのためでもいい。そういった酔狂すいきょうな者や強欲ごうよくな者が関わり、狼人族ウルフェンが人間と何ら変わらない精神性を持っていると知ってもらうことができれば徐々じょじょ偏見へんけんは解けていくはずだ。もちろんそれにはローティス教も全面的に協力するだろう。


「そうはいうがな」


 テヴォはその獣の眼光で真っすぐにユウの黒瞳をのぞき込む。


「俺達は魔族領から逃げてきた。支配するのもされるのもごめんだ。俺たちゃあ自然に生きてぇんだ。と共に目覚め、森の獣を狩り腹を満たし、き水でのどうるおし、月明かりの下でおどる。そんなくらしがその“勇者特区”とやらでできるのかい。人間にこうしろああしろだなんて命令されるんじゃねぇのか。罪人への罰のように」


 実際、そこですでに暮している小鬼族ゴブリンには鉱山労働こうざんろうどう義務ぎむ付けられている。完全に自由かと問われればそれはいなだ。


意固地いこじになんのも――!」


 いい加減かげんにしろとディナが口にしようとして、その言葉がすんでの所で飲み込まれた。


「てめぇは黙ってろ。俺はその“勇者特区”を作った勇者にいてんだ」


 いつの間にか、場に満たされた空気が変わっていた。ここではテヴォに許可されなくては何一つしゃべってはならない。ピンと糸が張ったような緊張感きんちょうかん。族長という肩書きが持つ威厳いげんと重みが生み出した空間。彼の判断一つがこの集落の全ての狼人族ウルフェンの命運を左右するのだ。この場では一切の嘘は許されず、曖昧あいまいであることも許されない。


「……何かしらの仕事をしてもらうことにはなる。でも、そのお礼ははらう」


 その言葉に族長ははんっと鼻で笑う。


「礼だぁ?俺たちゃ森がありゃ何もいらねぇんだ。若いやつが森から出たがるのはただの好奇心さ。それが満たされりゃすぐにまた元の生活が恋しくなる。誰かに言われてしたくもねぇことをさせられるなんざ、魔族領にいるのとなんら変わらねぇ。命令してくるのが上位魔族か人間かって違いだけだ。それなら、多少若ぇのには窮屈きゅうくつでも今のままここで暮らしていく方がいい。今のまま、ここで自由に」


 自由。彼らが望むものがそれなら、おそらくそれは人間領の中にはない。もちろん、“勇者特区”にも。


 親父がここまで頑固がんこだとは思わなかった。ディナは内心でそう思う。ディナ自身理解が甘かったのかもしれない。この狼人族ウルフェン達がどんな想いでこんな人間領の奥深くへと逃げびてきたのか。彼らに育てられ、彼らとこころざしは同じと思っていたディナだが、彼らが魔族領にいた時の事は知らない。


 ユウはこれに何と言うだろうか。そう思ってディナが勇者の表情をうかがうと、


「――その自由がおっちゃんの求めるもんなら、そんなん“勇者特区”にはあらへんし、これからもないよ。うちが作りたいのはそんな場所やない」


 おどろくほど真摯しんしで、き通った瞳が族長の視線を受け止めていた。


「うちは狼人族ウルフェンかくまってあげるためにここに来たわけやあらへん。ためにここに来てん。最初にそう言うたやんか」


「なんだと?」


「おっちゃんの言う自由は、自分達だけが生きていく話やんか。そうやなくて、他の種族ひとのためになんかして、自分達が困った時は相手にも助けてもらう。めっちゃ困るようなことが起きたら、みんなでそれに立ち向かう。自分らだけやなくて、みんなで生きていく。うちが作りたいのはそういう場所や。そのために協力してくれんかって頼みに来とんねん。あんたらのこと守ったりますよって、そんなえらそうなこと言いにきてへんよ!」

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