自然と共に生きる者達(4/8)

「――あたしがラドカルミアに行く前のことだ」


 状況が分からないユウ達に向けてディナが肩越かたごしに語る。


教皇領きょうこうりょうで一体の魔族が発見され、殺された。さっきの組紐くみひもは、その魔族が腕につけていたものだ」


「俺達狼人族ウルフェンの親はな、集落から自分の子が出ていく時に自分の尾の毛をみ込んだ組紐くみひもを持たせるんだ。それがありゃあ別の集落でも身分が証明される。何より、子にとっちゃかけがえのない親とのきずなだ」


 話を引きいだ族長の説明で全てを、今しがた自分に向けられた視線の意味を理解したユウは、


「じゃあ、さっきの人は……」


「エディモと、その妻のアッファナだ。殺されたのはその息子のアシャルカ」


「……保護区の外に出たのか」


 レイのそのつぶやきから、そんなことをすれば当然だ、というニュアンスをぎ取ってディナはその両手をにぎりしめる。


「――そうだ。人間はこいつらを見つければ躊躇ちゅうちょなく殺そうとする。だから狼人族ウルフェンはこの大森林保護区から出れねぇ。でも、ここは若い連中にはせますぎるッ」


 限界がきつつある、と以前ディナはユウ達に言った。その限界の予兆よちょうがこの一幕いちまくなのだろう。


 彼らの祖先そせん安住あんじゅうの地を求めてここへとやってきた。そして教皇の庇護ひごの下、大森林保護区という限られた土地にそれを見出した。以前を知る者達にとってはここは安住あんじゅうの地だったのだろう。だが、ここで生まれた新たな命には、ここしか知らない若者にとっては保護区という名の牢獄ろうごくに他ならない。世代をまたぐことによる感性の変化。知性ある生き物が広大な世界を前にして好奇心の獣を押さえつけることなどできようものか。


 しかし人間は彼らが外へ出ることをゆるさない。


 行き場のない感情に肩をふるわせるディナに黒い毛におおわれた大きな手が置かれる。


「すまねぇ……あたしが最初にアシャルカを見つけられてれば……」


「何言ってんだ。てめぇ一人でこの森を見張みはるなんてできるわけねぇだろ。それに、アシャルカも、エディモもアッファナも。こうなるかもしれねぇことは承知しょうちの上だ。てめぇが責任感じるようなことじゃねぇんだよ」


 そう言って梯子はしごを登る。登りながら横目でユウ達を見やりあごでクイッと家の中をす。付いて来いということらしい。


 一同が家の中に入ると不思議な香りが鼻孔びこうくすぐった。植物の葉を屋根に利用しているため、虫がかないように内側から香草を燃やしたけむりいぶしてあるのだ。木で組まれた足場は、大柄おおがらな族長が歩いてもきしみもせず頑丈がんじょう。見た目以上に頑健がんけんに作られている。中も広く天井も高いが、さすがに族長、ディナ、ユウ――さくらもち、レイ、セラの大所帯おおじょたいが入ると窮屈きゅうくつな感じはいなめない。円になって座るとお互いの膝頭ひざがしらが触れ合う距離。当然だが明かりはない。ただ屋根に開閉式かいへいしきの押し戸が取りつけられており、今日のように晴れた日にはそれを全開にすることで陽光を取り入れることができる。葉を透過とうかすることによってあわい色合いとなったものと合わせて生活には支障ししょうがないレベルの明かりは得られるようになっていた。


「さて、と。まぁ、まずは茶でも飲め」


 と、もっとも奥まった位置に座る族長が陶器とうき容器ようきに入った飲料いんりょうを、同じく陶器とうきのコップにそそいでいく。それをとなりに座るディナがれた様子でみなへと分配していく。


 特に警戒けいかいするでもなく、にごった茶色をしたそれを口に運んだユウはまゆひそめて首をひねる。植物の煮汁にじるであることは間違いないが、今まで口にしたことのない妙な味と香りがする。レイとセラもおおむね似たような反応だ。ディナだけは特に表情を変えることもなく口に運んでいる。


「まだ名乗っていなかったな。俺はこの集落をまとめる族長のテヴォ。あんたらは?」


 テヴォと名乗った狼人族ウルフェンうながされ、ユウ達が名乗るとテヴォは一つうなづき、


「それで、あんたらがここに来たわけを聞こうか」


「あー、ちょいまち。その前にきたいことがあんねん」


 話をさえぎってユウがずっと疑問ぎもんに思っていたことを口に出した。


「ディナちゃんやぁ、最初、テヴォさんに会った時、親父言うてたな?それに、その腕にある組紐くみひも……。なんや他の人達ともえらい仲ええみたいやし、どういう関係、なんかなって」


 それはレイとセラも気になっていた。人間と魔族という垣根かきねを抜きにしたとしてもディナと彼らの関係はかなり親密に見える。それこそ同族、家族のようだ。


「なんでぃ、まだ言ってなかったのか。ディナは俺の娘だよ」


「もちろん血はつながってねぇけどな」


 すぐさまディナは補足ほそくする。人間と魔族の混血児こんけつじが存在する、という話はレイもセラも聞いたことがない。生物的に可能なのかどうかすら不明だ。


「あたしは……まだ物心つく前にこの森にてられたんだよ。いや、てられた、とはちょっと違うか」


 自身の腕に巻かれた組紐くみひもを触りながらディナは語る。


「理由は分からねぇ。ただ、あたしの母親は生まれて間もないあたしを抱いてこの森の中で倒れていたらしい。傷だらけだったそうだ。何者かにおそわれて逃げてきたって感じだったらしい。それを見つけたのが親父達さ。母親はすぐに事切こときれちまったが、まだ命があったあたしを親父達が育ててくれた。れんめ……練魔行れんまぎょうも親父達から教わったのさ。狼人族ウルフェンの戦士はみんな練魔行れんまぎょうの使い手だからな」


 レイに指摘してきしたのとは逆の言い回し。


「太らせてっちまおうと思ったのさ!それがなんでぃ、こんなガリガリになっちまいやがって!しかもどんどん強くなりやがる!仕方しかたねぇから俺の娘にしてやったのさ!」


「んだと!あたしが、娘になってやったんだ!族長の娘っていやはくが付くと思ったからな!」


 よくもまぁ、それほど楽しそうに悪態あくたいをつけるものだとセラは感心しつつ、また茶を一口。首をかしげる。美味おいしいともまずいとも言えない。


「ともかく、その内定期的ていきてきに様子を見に来る教皇にあたしのことは知れた。教皇はすぐにでもあたしを引きとろうとしたが……」


ひろった手前、すぐに放り出しちまうのはな」


「待て、教皇がここに来るのか」


 現教皇のセムジ二世はもうかなりの高齢こうれいのはずだ。何より教皇がわざわざこんな森の奥地おくちまで来ることにレイは違和感いわかんを感じる。他の信徒からも何かあるのでは、と勘繰かんぐられるのではないか。


流石さすがに最近はもう来ねぇがな。名目上めいもくじょう森林浴しんりんよく、森の中での瞑想めいそうだ。実際は狼人族ウルフェンの様子見と、塩とか香辛料こうしんりょうの取引。そればかりは森の中じゃ手に入らねぇ。んで、狼人族ウルフェンはその対価たいかとして森でれた稀少きしょうな薬草をわたす。聞いたことないか?ローティスの秘薬の話」


「まさか、神秘の秘薬の出所がここだったとは……」


 それはとても有名な話だ。多くの医者がさじを投げた病人が教皇領をおとずれ、教皇が自ら調合した薬を飲むとたちまち病はその身体からだから去ったと。有名ではあるが、多くの者は信者を増やすための作り話だろうと思っている。しかし実際にそれで病がなおったと公言こうげんしてはばからない者もおり、たとえ眉唾まゆつばでも一縷いちるの望みをかけて教皇領きょうこうりょうおとずれる者は後をたないという。


 思わぬ真実を知りレイはうなる。自分が魔族をたおすことしか考えていない間にも、彼らの知恵ちえで命を救われる人間がいた。


「話を戻すがな、こいつは人間だ。外へ出ても何もとがめられることはねぇ。だったら一度は外の世界を見てみるべきだ。そのうえで、決めればいい」


「――って言うもんだからよ。十歳の時にあたしは外に出る決心をした。この組紐くみひもはその時にな。んで、孤児院こじいんで神学と人間の世界の勉強をして、教皇にすすめられて異端審問官いたんしんもんかんさ。異端審問官いたんしんもんかんならローティス教の権威けんいの届く範囲ならどこでも自由に出入りできる。大森林保護区とかな」


 そこまでの話を聞き終えたユウは、感銘かんめいを受けた様子でディナのことを見やり、


壮絶そうぜつな人生を歩んできたんやね……」


「それはお前も大概たいがいだろうが」


 ディナは一息ひといきに茶を飲み切る。ユウ達にとっては微妙びみょうな味のその飲み物もディナにとってはなつかしい生家せいかの味なのだろう。


「親父、このユウはな。ここの世界の生まれじゃない。別の世界から召喚されてきた勇者なんだよ。ラドカルミア王国の勇者召喚という界律魔法かいりつまほうでな」


 テヴォの片眉かたまゆが上がる。


「妙なやつだとはにおいで分かるが、別の世界たぁ信じられねぇな。しかもこんな娘っ子が勇者ときた。まぁ何だろうがどうでもいいが」


 言葉通り、そのことに関してテヴォはさして関心はなさそうだ。もとより人間と魔族の抗争こうそうから離れるように生きてきた種族が狼人族ウルフェン。勇者だなんだということにもえんがないのだろう。


「で、その勇者がいったい俺達に何の用だ?」


 身を乗り出してユウが口を開く。


「うちと一緒に、この森の外に行かへんか?」

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