深窓の才妃(4/8)

「ずっと前からお話したかったんだけど、最近はいそがしそうだったから頃合いを待っていたの。すでにいろいろと話は聞いているけれど、貴女あなたに直接話を聞かないと分からないことも多いと思って。今日は沢山たくさんお話しましょうね」


「は、はい」


 少々かたくなっている様子のユウにセルフィリアは微笑ほほえみかける。


「そうかしこまらなくても大丈夫ですよ。勇者召喚にもちいられた魔法式の図形の大部分は私が考案こうあんしたもの。直接行使こうししたわけでなくとも貴女あなたは私がび出したようなものなのです。私は貴女あなたに救いを求め、そして救ってもらう立場にある。貴女あなたが私にかしこまる必要はないのです」


「いやぁ、なんというか、ははは……」


 セルフィリアはそう言うが、ユウとて意図いとして緊張きんちょうしているわけではない。何とも落ち着かない様子で胸の前でゆび同士を合わせたり離したりしている。


 ひざまづいたままの騎士は、そんなユウの様子をらしくないなと思った。いな、それだけ〈深窓しんそう才妃さいき〉にすごみがあるということか。他人をよく見ているユウだからこそ、それが強く感じられるのだろう。あの〈たかの目の武王ぶおう〉も妻には頭が上がらないらしい。


「すぐに話を聞きたいところだけど、もうお昼ね。食事を用意させましょう。わざわざ上がってきてもらったところ悪いけど、一階の食堂で食べてくるといいわ。リンシア、私達は部屋でいただきましょう」


「お母様、私、ユウと一緒がいいわ」


 一時も友達と離れたくないといった様子の娘は母がたしなめる。


「駄目よ。勇者はともかく、それじゃあ護衛ごえいの二人が食事できないでしょう?仲良くすることはいいことだけれど、自分が王女ということを忘れてはなりませんよ」


 リンシアは不満げではあったが、それに反論はんろんすることはなく、ソファから腰を上げた母の後を追った。


 おそらくユウをかしこまらせたのはセルフィリアのこういうところだ。自身の身分、そのとうとき血を自覚し、ほこりに思い、かといっておごることなく人々の上に立つ。そういった心構えが所作しょさにじみ出ている。王族として一つの理想形と言える精神。一方夫のエルガス王は自ら先陣を切るその勇猛ゆうもうさがその風格にあふれている。気品やそういったもの以上にまず力強さが前に立つために王族というよりは武将という面が先に立つのだ。戦場を知らぬユウにはそのすごみを理解するのは難しい。


 再び侍女じじょに案内されながら階下かいかへと向かっている最中さいちゅう


「……あれがリンちゃんママかぁ……思てた以上にすごい人出てきおったで……」


 と、ユウが溜息ためいきのようにらした。


「ユウが緊張きんちょうするなんてめずらしいわね」


 どうやらセラもレイと同じことを思っていたらしい、そうユウに声をかけると、勇者はハハハと苦笑い。


「とてもお優しそうなかたに見えたがな」


 一の騎士団ナイツオブザワンであるレイとて王妃おうひ謁見えっけんするのは初めてである。〈深窓しんそう才妃さいき〉と言われるだけあって、よほど重要な公務以外ではこの屋敷から出ないお方なのだ。


 レイのつぶやきにユウは苦笑いのまま、


「優しい人や思うで。でもやからこそっていうか……いっちゃん敵に回したらアカンタイプの人や」


 その後、一階の食堂で一流の料理人が作る味と健康に気を使った食事に舌鼓したづつみを打った一同は再び二階の応接室パーラーへ。同じく食事を終えた親子と様々なことを話した。


 とりわけセルフィリアが関心を示したのはユウの元いた世界についてだった。気候きこうや地形、人々の生活水準、ユウの分かる範囲ではあるが政治のことや生きている動植物のことについても。


 一つ質問を投げかけた後は、ユウの話をセルフィリアはあれこれ口をはさまずに静かにいていた。ユウがどう説明したものか思案している場面でも決してかそうとはせず、やわらかな微笑びしょうを口元にたたえて続きを待っている。そしてユウがその事柄ことがらについて一通り話終えると次の問いを投げかける。母の隣に腰掛こしかけていたリンシアも最初は興味深きょうみぶかげにユウの話を聞いていたが、途中とちゅうからは退屈たいくつそうに窓の外に視線を向けたりしていた。


 どれほどの問いがなされたか、ユウ達の前に置かれた紅茶のカップがすっかり空になって冷めた頃。緊張も解け、ユウから初めてセルフィリアに質問が投げかけられた。


「あの……セルフィリアさんはすごい魔法師って聞いたんやけど……その、なんでっていうか、なんというか……この世界では王族の人は魔法が使えるもんなんですか?」


「いいえ。魔法をおさめている王族や貴族はほとんどいないでしょうね。そんな技術よりも、我々われわれには交渉術こうしょうじゅつ社交術しゃこうじゅつの方がよっぽど有用ですから」


 侍女じじょがカップを下げる。おかわりの用意をセルフィリアが手でせいした。


「私はおさな時分じぶんからあまり身体からだ丈夫じょうぶではなく、社交界しゃこうかいにもあまり顔を出せませんでした。その分、空いた時間はずっと本を読んでいました。そして世の中には知識によって研鑽けんさんされる技術があると知り、のめり込んだのです。それが魔法でした」


 あおひとみが過去を思い出すように細められる。


「ですが、みなが言うほど私は大層たいそうな魔法師ではありませんよ。内包ないほうしている魔力量もたいした量ではありませんし、そちらの戦術魔法師の方がよほど優秀ゆうしゅうですよ」


 ユウのななめ後ろにたたずむセラに視線が向く。その魔法師はいつもの物憂ものうげな瞳に本心からの尊敬そんけいを込めて、目礼もくれい


「……ご謙遜けんそんを。王妃殿下おうひでんかの魔法式の知識、そしてそれを構築こうちくする技術の高さは魔法師協会内でも右に並ぶ者などおりません」


 セラの言う通り、〈深窓しんそう才妃さいき〉の魔法師としての技量の高さはそこにある。


 魔硝石ましょうせきと呼ばれる魔力に大きな反応を示す鉱石こうせき、それをくだいた粉末ふんまつぜた塗料とりょうで特定の紋様もんようえがき、魔法発動の補助ほじょとする。それが魔法式という技術だ。えがくという前準備が必要な分、即効性そっこうせいけるが魔硝石ましょうせきふくまれる魔力が魔法の発動を補助ほじょするので、少ない魔力で大きな結果を出せる。が、えがくということは魔法とは別のセンスが必要であり、かつ、ねらった効果を発生させるためにはどの紋様もんようがどのように作用するのかを完全に把握はあくしていなければならない。基本的には熟練じゅくれんの魔法師でも、もちいるさい参考書さんこうしょ片手かたてにすでに考案済こうあんずみのものを模写もしゃするのが普通だ。


 おどろくべき点は、ラドカルミアに出回っているその参考書のほとんどが目の前の貴婦人きふじんによって書かれたものであるということだ。


「うちが召喚しょうかんされた時の魔法式は、セルフィリアさんが考えはったんですよね?」


「ええ」


「やったら……」


 ユウが意を決したようにく。


「うちの勇者の力がなんなのか、わかりませんか?」


 〈世界を救う者〉を召喚する勇者召喚という魔法。その運命に作用する界律魔法かいりつまほうの式を考案こうあんしたのがこのしとやかな大魔法師であるならば、あるいは。


 ユウはこの世界に来てから自分の身に起きたことを事細ことこまかに説明した。足元のさくらもちと出会ったこと、年老いた母オールド・ゴブリンと和解したこと……時折ときおり、レイやセラも説明を補足ほそくし、あのユウを中心に起きた見えざる波についても詳しく話した。


 さくらもちをいた時と、年老いた母オールド・ゴブリンと手をむすんだ時に起きた脈動みゃくどうのような波。


 どこか優しい、そして世界全体に広がっていったあの波動はどうについて。


 〈深窓しんそう才妃さいき〉はもくしたまま、耳をかたむけていた。ユウが話終えた後もしばらく瞑想めいそうするように閉じていた瞳が開く。


「その波、というのは“界脈かいみゃく”と呼ばれる現象げんしょうで間違いないでしょう」

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