結ばれた手と手(3/3)
“勇者特区”が設立されてほぼ二月、人間の罪人の隣で、低い身長でも使いやすいように
この
「うちとケイネスの兄ちゃんでやれるだけのことはやってみたんやけど、どうかな。上手くやっていけそうか?ばあちゃん」
と、ユウが隣の年老いた母に問いかけた。ばあちゃんと言われたその小鬼族は
「食ベル物ガアリ、
鉱山での仕事は
「まさか、こんな光景を見ることになるとはね……」
「
隣のレイが問う。問いかけた本人の方が、問われた方よりも
「別に。魔族に取り立てて
おそらくほとんどの人間がセラと同じ考えだろう。
「――他の魔族も、戦う前に話し合えたら争わずに済むんかもしれん」
ユウは足元のスライムを
「きっと皆、生きるために仕方なく人を襲ってるんやろ?北って寒いし、食べるもんが少ないから」
その言葉に年老いた母はゆっくりと
「奪ウコト、生キルコト、言葉ガ同ジ。人間ヲ我ラガ襲ウコト、人間ガ動物襲ウコト、同ジ。何モ変ワラナイ」
魔族にとって人間を襲うことは生きる
北方が豊かではないから生きるために人間を襲うというのはおそらく事実だろう。だからといって豊かであったら人間を襲わないというわけではないのだ。
レイは思った。もしかしたら魔族には人間と争っているという認識はないのかもしれないと。戦争をしているといった認識ではなく、ただ狩りをしているというだけの認識なのではないかと。だとすればそこに悪意はない。
であればこそ、和解は難しい。存在なき悪意を
それを理解しているのだろうかと、騎士は勇者は流し見た。
するとユウは、さくらもちを抱いたままくるりと軽やかに回り、年老いた母の真正面に立った。その表情に
あるのは、あの
「――ほんなら、まずそっから変えていかなな」
そして彼女は右手を差し出した。まだその人差し指の爪には割れた
「無理ダ。我ラハソウイウモノ。変ワレバ我ラデハ、ナイ」
「でもばあちゃん達はうちを信じてくれた。だから今こうして話せてる」
年老いた母は差し出された手をまじまじと見つめた。
「一ツ
その指の傷を見つつ、一匹の小鬼族が勇者に問う。
「我ラハオ前ヲ殺ソウトシタ、ナノニナゼ、手ヲ差シノベル?」
レイとセラはその質問にユウがどう答えるか、よく知っていた。そしておそらく、それが彼女の行動の全てなのだろうとも。
「だって、争うのはアカンことやろ?」
「我ラハ人ヲ襲ッタ、ソレヲ許スト?」
「うーん、あの馬車の人らが許してくれるかどうかは分からん。でも、もしその人らが怒ってきたら、うちが説得する。もう、襲わへんのやろ?」
年老いた母はユウの姿ごしに鍬を振るう子供の姿に視線を移した。小鬼族の知能はあまり高くない。難しい計算はできないし、嫌なことがあれば暴れる。人間に
絶対に襲わないなど、そんな
「――オ前自身ハ、ドウナノダ」
「うち?」
「我ラ、オ前ヲ殴ッタ、死ンデイタカモシレナイ。オ前自身ハ、怒ラナイノカ」
攻撃されればそれに
しかしこの勇者は、今まで自分が殴られたことに憤った様子はまるでなかった。
「せやなぁ……確かにだいぶ痛かったけど……」
ユウは右手をいったん引っ込めて、黒髪に隠れた
「でもうちは、皆と仲良くしたいから……許すよ。もうしないと
そしてもう一度手を差し出した。
彼女にとっては結果が全て。その
それがユウという少女だ。
――恐れと涙を失った、
「
「変わるよ」
勇者は断言した。
「貴女が心からそう信じたら、貴女は変われる。貴女が人を襲わないとうちと約束して、それを護り続けてくれれば、貴女はそういうものやなくなる。せやろ?」
何も難しいことはない。今我慢できるなら、それをずっと続ければいいだけのこと。
今できるなら、未来の今でもできるはずだ。
「変わろう。やから、うちの手をとって。ばあちゃんが、人の手をとった最初の魔族になってほしい」
長年の人間と魔族の
その異世界から吹いた風が、世界に積もった怨嗟を散らせるかどうかはまだ分からないが、少なくとも。
この時、この瞬間。その白く
ドクン、と。
何かが脈打つような音と、見えない波のようなものがユウを中心にして広がっていくのを、その場にいた者達は確かに
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