結ばれた手と手(2/3)

 魔族を保護する、というのは言葉にするほど簡単なことではない。


 国家としてそのようなことをするとなれば民衆みんしゅうの反発は避けられない。例え少数と言えど、王の立場がらぎかねない事案じあんだ。その上、魔族を保護している国家、ひいては魔族と結託けったくしている国家として他国から侵略しんりゃく戦争を仕掛しかける動機どうきを与えてしまう。


 皮肉ひにくなことに、魔族という大きな脅威きょういにさらされている現状げんじょうでさえ人間側は一枚岩いちまいいわになれずにいる。直接魔族領に接していない南方の諸国家しょこっかはラドカルミア王国を都合のいい防波堤ぼうはてい程度ていどにしか思っていまい。魔族の脅威に直接さらされていないからこそ、その脅威さが分からない。ラドカルミアが危機の際に援軍えんぐんを出すのかすら怪しいところだ。そんな状況だからこそラドカルミアは軍事的に発達したと言えなくもないのもまた皮肉な話である。


 とは言っても、小鬼族ゴブリン四匹程度なら秘密裏ひみつりに保護することも不可能ではない。しかし露見ろけんした際のリスクを考えるとそれも避けたいところだ。


 宰相さいしょうケイネスは勇者ユウとの話し合いのすえ、魔族の命を守りつつ、対外的に魔族と結託したと思われない方法を模索もさくした。


 その結果生まれたのが、“勇者特区ゆうしゃとっく”と呼ばれる収容地区しゅうようちく設立せつりつである。


 収容地区、つまりそれは罪人を収容し、強制的に労働させる監獄かんごくであった。魔族領から逃亡してきた魔族を捕獲ほかくし、労働力ろうどうりょくとして利用する、という体裁ていさいをとったのである。


 まず小鬼族達の移動が行われた。王都から派遣はけんされた数人の兵士を引き連れ、ユウ達は年老いた母オールド・ゴブリンの待つ洞穴ほらあなへと向かった。彼女達が本当にユウ達を信じ、待っているか、そこがまず問題であった。


 果たして、小鬼族達はそこにいた。


 人を襲うことをせず、森の木の実とくまの肉をらって彼女らはしのいでいた。ユウ達が連れてきた兵士を見て、彼女らはやはり人間など信用ならなかったと交戦する構えを見せたが、その兵士らが複雑ふくざつな表情ではあったものの食料を小鬼族達に投げ渡したので、その場はおさまった。もし、そこに至るまでに小鬼族達が一度でも人間を襲っていたという報告を聞いていたのならば、兵士は剣を抜いていた。そうならなかったのは、一重ひとえに小鬼族達がれない自給自足じきゅうじそくによって疲弊ひへいし、やつれていたからである。


 一カ月。決して短い期間ではない。その期間の間、彼女らはレイとの約束を守った。例えそれ以外に生き残る道がなかったからだとしても、その懸命けんめいさが兵士達に剣を抜かせなかったのだ。


 小鬼族達が連れて行かれたのはローダ鉱山こうざんを中心とした未開拓地区みかいたくちくだった。諸事情しょじじょうによって開拓が途中で断念された森林地帯であり、鉱山のふもとにはその名残なごりとして木を切り倒されて確保された空間と、無人の山小屋がある。逆に言えばそれぐらいしかない場所だ。近隣きんりんの村からは距離があり、狩人かりゅうどなどが迷い込むこともない。小鬼族達はそこで坑夫こうふとして強制労働きょうせいろうどうさせられることになる。


 とはいっても、鉱山での採掘さいくつ作業は小鬼族達だけでできるような仕事ではない。別途べっと人間の労働者が必要だ。そこで送り込まれたのが罪人達ざいにんたちである。


 魔族と共に働かされると聞いていた罪人達のおびえようは尋常じんじょうではないものがあった。魔族を収容しゅうようするような施設しせつなのだから、きっと自分達は人間以下の生活をさせられるに違いないと思っていたからだ。しかし、いざ働き始めると彼らの予想は裏切られることになる。


 まず問題の魔族達だが、よく人間の監督官かんとくかんの言う事を聞き、その指示しじに従った。もともと魔族領でもしいたげれてきた彼らは何者かに従属じゅうぞくすることに先天的せんてんてきれがあるのかもしれない。言葉の壁は年老いた母が通訳つうやくとなることで解決した。なお監督官は勤務中きんむちゅう、常にさやから抜いた短刀を手に持ち、年老いた母に突き付ける。もし年老いた母が呪文などとなえようならすぐにし殺せるようにだ。他の小鬼族達が暴走しないようにするための人質ひとじちという意味もある。だが、少なくとも今のところはその短刀が血にれたことはない。むしろ年老いた母が常に監督官と共に働いている者を見ているという事態じたいは人間の罪人達に効果的だったようで、罪人達が小鬼族達に暴力を振るうという事態の抑止よくしつながっていた。小鬼族達に危害きがいを加えれば年老いた母に殺されるのでは、と思ったからだ。


 その短刀が不要になるのはそう遠くない話なのかもしれない。


 そして労働環境かんきょうだが、連れて来られた罪人達をもっとも驚かせたのはそこである。食事にしろ、労働時間にしろ、居住きょじゅう環境にしろ、罪人というよりは一般労働者に近い待遇たいぐうだったからだ。それもそのはず、ここは収容地区である以上に“勇者特区”、つまりユウが管理する地区なのだから。彼女が提案ていあんする労働時間や労働内容などを監督官やレイ達がそれでは一般労働者より好待遇だと訂正ていせいした結果が今の労働環境だ。


 つまり罪人達は魔族と共存きょうぞんするという条件さえ飲み込めば、通常の強制労働と比べて破格はかくの待遇で刑期けいきを過ごすことができたのだ。それに文句もんくなど出ようはずもなく、小鬼族達が温厚おんこうなのもあって暴力的ないさかいが発生することはほとんどなかった。


 もっとも、それは実際に“勇者特区”に収容されている者達のみが知っていることだ。対外的には魔族と鉱山で働かされる恐ろしい収容所を勇者が作ったともっぱらのうわさで、以降いこう犯罪の発生件数が抑制よくせいされた。ケイネスとしてはそれも見越して情報統制とうせいを行わなかったので、彼の思惑おもわく通りに事が運んだと言える。


 しかし切れ者のケイネスの思惑に反する事態も起こった。それは鉱山の収益しゅうえきである。


 このローダ鉱山は廃坑はいこうだ。廃坑になったがゆえにこの地域一帯の開拓は早期そうきに中断されることになったのだ。


 廃坑になった原因は資源の枯渇こかつではなく、その作業の困難さだった。ローダ鉱山では魔硝石ましょうせきと呼ばれる希少な鉱石が発掘される。これは太古の昔の魔力が長い年月をかけ地中で結晶化したものだと考えられており、魔力に反応して特殊な反応を示す鉱石として知られている。


 代表的な特徴は魔力に反応して光と熱を発すること。魔力そのものも伝導でんどうしやすく、主に粉末ふんまつにして魔法式をえがくことに使われる。その性質ゆえ、魔硝石が発掘される採掘場では魔法による発破はっぱ作業ができない。誘爆ゆうばくの危険がともなうからだ。


 だが完全な手作業になるにしてもその手間ひまをかけて発掘する価値が魔硝石にはある。にも関わらずローダ鉱山が廃坑になったのは、坑道内に大量のスライムが発生してしまったからだ。もともと鉱山の周囲はスライムが多く生息する地域だったのだが、人間が鉱山を作り、そこから魔硝石を出土しゅつどさせたことで坑道内の魔力密度みつどが増大、付近のスライムがそれに寄ってくる事態となった。


 スライムを通常の武器で退治たいじするのは難しい。しかし坑道内で魔法を使えば坑道そのものを吹っ飛ばしかねない。結果、労力に見合わない、と廃坑になったのだ。


 それを承知しょうちでケイネスがそこを“勇者特区”に選んだのは、はなから収益など期待していなかったからだ。だったのだが。


 相変わらずローダ鉱山の坑道内には多くのスライムが居座いすわっていた。まともに進入すれば体当たりの応酬おうしゅうで作業になどならない、と思われていのだが、奇妙きみょうなことにその大量のスライムが労働者にまったく体当たりしてこなかったのだ。原因は不明。ちなみにユウもさくらもちを連れて坑道内の様子を見に行ったが、そもそもユウ達がおとづれる前からスライム達はそのような状態だったという。


 体当たりさえしてこないのであれば、邪魔じゃまなところにいるスライムをわきにどかすだけで作業ができる。手間てまには変わりないが、一匹一匹外に放り出す必要がないので通常の鉱山並みの作業が可能だ。その結果、ローダ鉱山は自身の生み出す利益りえき運営うんえいできる程度には収益を出すにいたった。


 坑道に満ちた魔力で満腹になったが故にスライムは体当たりしてこない、と考えることもできるが、それならば廃坑になどならなかったはず。この完全に無害になったスライムの様子は彼らの生態が変わったとしか思えない状態だった。


 鉱山での労働が順調じゅんちょうに行くようになると、ユウの指示により周囲一帯の開墾かいこん作業も行われるようになった。森を切りひらき、得た木材から家屋をつくり、空いた場所に畑をたがやす。ユウはこの場所をもっと多くの魔族を受け入れることのできる場所にしようとしていたのだ。収容施設ではなく、さながら開拓村である。しかしこちらは廃坑故にもともとある程度基盤きばんが整っていた鉱山労働とは違い、即座に成果がでるような事業ではない。おいおいどうなっていくかはまだ分からない。特に畑などは成果が出る頃には今いる小鬼族達は寿命じゅみょうまっとうしているかもしれない。


 しかしユウは、この“勇者特区”が魔族との和解への大きな一歩になると信じていた。だからこそ長期的目線でのその開墾だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る