第四章
結ばれた手と手(1/3)
「どうしてユウに会っちゃダメなの!?帰ってきたのは知っているのよ!」
ダンッと
机を叩いたのは金の髪を持つ釣り目がちな少女。ラドカルミア王国の姫、リンシア。
姫に詰め寄られた
「聞き分けてくれ、リンシア。あの勇者はこともあろうにこの
「それも聞いたわ!でもたかがスライムでしょう?
武王、ラドカルミア王国国王エルガスは今まで経験したどんな戦よりも苦戦した様子で唸る。
強大な魔族を
「私は早くユウとお話がしたいの!私の、ただ一人の友達なのよ……」
強気な
父としては娘の気持ちは分かるつもりだ。王族という立場は気安く友人などというものを作れる立場ではない。どれほど親しくなっても身分という差が切り立った崖のように他者と自分を
しかしそういった身分のしがらみをまったく意に
そうだとしても、父ではなく王として、今勇者を娘に合わせるわけにはいかなかった。
「――頼む。これ以上父を困らせないでくれ。調査が終わればすぐに知らせる」
これほど詰め寄っても父の
「まったく……どうしてこんなことになった……」
「勇者ですが、少なくとも今の所は大人しくしています。危険はなさそうですが、事が事ですからリンシア姫と会わせるのは
「うむ……」
まず王を
それだけでも
魔族領から逃亡した魔族を保護する場所を用意してほしい。
それはとんでもないことだった。王は
勇者の要求はともすれば魔族に
それから勇者の今後の
エルガス王としては、魔族の息がかかっているかもしれない勇者を
「まさか、勇者が魔族を
エルガス王は高い王宮の天井を
多くの
しかしそれでも彼女には
召喚が
「勇者召喚は失敗した、ということでしょうか」
ケイネスが
「そうとしか、言えまい」
もとより、あのような少女が召喚された時点でそのことを認めるべきだったのかもしれない。失敗を認めず、旅になど出したのが間違いだったのだ。
エルガス王は、机に
これからあの勇者をどうするべきか。魔族と取引を交わした罪人だ。通常なら有無を言わさず
それでも法に
苦しむ王の思考は、再び執務室の戸がノックされたことによってまた中断された。
「――
戸の向こうから聞こえたその言葉にケイネスが目を細めて王を見やる。エルガス王が一つ
「……入りなさい」
ケイネスの言葉を聞き届けると、勇者の護衛の一人がその戸を開けて王の執務室へと入室した。
その
「よくもぬけぬけと姿を現せたものだな」
ありありと怒りの
その眼光をレイは正面から受け止めた。
「一の騎士団である貴様が付いていながら、このような事態になろうとは。貴様はいったい何をしていたのだ?」
「……………」
騎士は答えない。この場に立ってなお、自分の考えを整理しているような、そんな葛藤が表情から
「貴様のせいで、勇者は魔に
椅子を
それは飾りではない。
エルガス王が長剣をレイの首元へと突き付ける。あと一歩王が前進すればその鋭い切っ先が
床と平行に
武王エルガス・フォン・ラドカルミア三世。年老いてなお、その剣技は並みの騎士を
「王よ、私は……」
鷹の眼光に
「短い期間ではありますが、あの勇者と旅をして思いました。あの勇者には、ユウには、魔族を
「そもそも勇者召喚が失敗していたと?故にただの少女が魔に魅入られたところで、自分に
長剣が半歩分、前へ。
「いえ。彼女に何かしらの力があるということは確かです。現に彼女は、あの通りスライムを
「さきほど自分自身で勇者に魔族を滅ぼす力はないと言ったのはどの口だ?あまりに
「勇者の力は、魔族を滅ぼすような力ではないのではないと、思うのです。仮にそのような力だったとしても、彼女自身がそれを魔族に用いることをよしとしないでしょう」
そのことがレイにはよく分かっていた。共に旅をしたセラも同じ考えを持っているだろう。
「――私は、思うのです。勇者召喚が、世界を救う運命を持つ者を
魔族を打倒しうる力を、勇者は持っているはずだ。いや、持っていてほしい。そうレイは願っていた。だが、今となってはもうそうは思わない。
勇者がユウという少女である以上、そんな力にはなんの意味もないからだ。
だが、それでも彼女が世界を救う運命を持つというのならば。
「一の騎士団として、いや人間として、あり得ざることを口走ろうとしている自覚はあります。ですが、私は、この目で見てしまったのです」
顔を上げ、喉元に迫る刃の先、その奥にある鷹の目を正面から迎えうつ。
これ以上を口にすれば、本当に命を
二人で、あの少女を救うと決めた。そのために、自分が王を説得するのだ。
たとえそれが、今までの自分の価値観を書き
「魔族が……自ら武器を捨てるところを」
ただの命乞いだとしても。それでも魔族が人間に対して
まるで人間のように。
それは
「私は……勇者の為す平和とは、魔族の
目を
鷹の目が細められる。視線はさらに、鋭く。
「――
レイは覚悟を決めた。
「私は武器を持たぬ者を斬る剣を持ちません。それが私の信じた騎士道です。それが騎士ではないと王が
よもや、今まで
本心を言えば、あの小鬼族達の
レイの騎士道は最後まで貫かれたのだ。
しかし、死を覚悟したレイの耳に聴こえたのは、自身の喉から吹き出す鮮血の
「……ケイネス。勇者召喚を行ってから、私は何度溜息を
「数え切れぬほどです。王よ」
金属の
「思えば、勇者を召喚すれば全てが上手くいくと思っていたことが間違いだったのやもしれぬ。あるいは、召喚された勇者があのような小娘であった時点で失敗したと見切りをつけるべきだった。旅になど出させず、リンシアの
トントン、と。王が指で机を叩く。それがかの王の
「ケイネス。勇者の願いを可能な
「よろしいので?」
「よろしいもなにもあるか」
ふんっと王が鼻を鳴らす。
「このまま勇者の願いを突っぱねればあの小娘が何をしでかすか分からん。魔族を連れて他国にでも行かれれば外交問題に発展しかねん。かといって首を
そして付け加えるように勇者の軟禁を解いた後、それをリンシアに伝えるようにも言った。
指示を受けて、ケイネスは
執務室に二人きりとなったレイは、
「よいの、ですか……?」
「二度同じ事を聞くな 」
そう突っぱねたエルガス王だが、レイが
「……儂も若い頃は騎士王などと呼ばれた身、故に貴様の目を見て分かった。貴様が
それに――と、かつての騎士王は
「儂も武器を持たぬ者を斬る剣は持たぬのでな」
笑っていいものかどうなのかレイが決めかねて
「ともかく、だ。貴様は言ったな。魔族が自ら武器を捨てるところを見たと。それを勇者が為させたというのならば、魔族をことごとく討ち果たす以外の方法で平和を勝ち取る方法もあり得るのやもしれぬ」
あの時、ユウが声を上げなければ、
ユウがいなくてはこのような事態は絶対に起こりえなかった。
「――風がな、吹いていたのだ」
「勇者召喚の時、どこから来たのかもしれぬ強い風が吹いていた。あの勇者は風なのかもしれぬ。我らの
武王と名高いエルガス王とて、好き好んで戦争を行っているわけではない。
襲われるから護る戦いをし、襲われそうだから先手をとるために攻める戦いをする。人間が
「第一、数匹の小鬼族に居場所を与えた程度で何になる?やつらは魔族階級で最下位の下っ
エルガス王の言葉は正しい。そのうえその小鬼族達は魔族領からの逃亡者、他の魔族からすれば裏切者に等しい。そんな彼らに
当然レイもそう思っている。だがレイには、
それは理由ともいえないようなただの期待かもしれないのだが、一度見た光景だからこそ可能性はゼロではないと二人は思ったのだ。
「王よ」
レイはあの時の光景を思い出していた。
大量のスライムが、ユウに
今この瞬間もユウの足元にいるだろうあの
あの街道での
「
スライムを逃がした時にユウから発せられた見えざる波。
あれがまた起きるのではないか。そんな
そんなあまりにも
あまりにも
見えざる
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