掲げられたもの(6/6)
小鬼族の生態として一匹の雌を中心にした群れを形成することが知られている。群れを構成する小鬼族のほとんどはその雌の子供であり、彼らに守られてその雌は新たな子を産み、
そんな小鬼族の雌の中でもとりわけ長く生き、
子育てから解放された彼女らはその過ごした歳月から得た知識で新たな母を助け、群れの危機には魔法を
「レイ、気を付けて」
「言われるまでもない」
「やめてッ……!もし、もし言葉が分かるなら、うちと話をさせてっ……」
その言葉に、レイよりも先に彼女が反応した。
「――ナンダ、人間」
高く、そして
相手に会話をする意思があると見てとったユウは、思いの
「
年老いた母の
「意味ガ、分カラナイ。我ラハタダ、生キタダケ」
レイが一歩距離を詰める。彼の技量ならばもはや年老いた母との距離はゼロに等しい。呪文の
「我ラノ言葉、生キルコト、
年老いた母が逃げる様子はなかった。もはや逃げられる距離ではないと
「やったら……!生きることができんのやったら、もう人間は襲わへんのやな……!?」
ユウが叫ぶ。
「ユウ!落ち着きなさいッ」
魔法師の制止にも耳を貸さない。
「うちが勇者の
勇者の
「
年老いた母が視線を動かした。もう動かない
「人間ワ生キルタメ、動物ヲ狩ル。我ラハ生キルタメ、人間ヲ襲ウ。何モ変ワラナイ。平和ナド、ナイ」
それは
それともただ単にユウの言葉を信用していないのか。人間の小娘の
「人間も、魔族も、動物とは違うやろ!考える頭がある……相手を思いやれる心があるやんかッ!」
「動物ニモ、アル。言葉ニ出来ナイダケ、ソノ
ユウは言葉に詰まった。その問いに対する明確な答えを彼女は持たない。当然だ。
「そ、れは……分からんけど……少なくとも、今うちと話をしている貴女は……!」
「もういいだろう、ユウ!」
聞いていられないと、
「魔族と
最後には
勇者としての力があるかどうか、そういった次元の話ではない。ユウがこんな調子なら、例えその力があったとしても戦力になどなるものか。
勇者召喚は失敗だ。彼女はその器ではない。騎士はそう断ずる他なかった。
騎士がさらに前に出てその長剣を振り上げた時、周囲の草むらがガサリと音を立てた。
「……探す手間が
意外だったのは、それを見てもっとも驚いたのは年老いた母だったということだ。その皺が深い顔にさらに深い皺を寄せて
「ナゼ……戻ッタ……」
人間と言葉を交わしたのは、時間稼ぎだった。彼らが逃げる時間を稼ぐための。しかし、年老いた母が命を
小鬼族達は
跳びかかろうとする彼らを制したのは、他ならぬ年老いた母だった。彼らの言葉で一言呟くと小鬼族達の動きが止まる。
そして母は騎士のその後ろ、ユウの方を見ながら言った。その表情には確かな
「人間」
明らかにこちらへ向けられた呼びかけにユウが再び彼女と向き直る。
「オ前ニ
「耳を貸すな。こいつらが言う事を聞くわけがない。自分の命が
レイがそう断じるのも無理はない。先ほどまでの態度とはまるで反対の発言だ。いよいよ殺されるとなって思ってもいないことを口走っているのだと考えるのが当然だろう。
「私ノ命ナド、惜シクハナイ。殺シタケレバ、殺スガイイ」
しかし年老いた母が口にしたは自身の
「私ハ逃ゲタ。モウ、耐エラレナカッタカラ」
視線をユウから
母の瞳に映っているのは
「――モウコレ以上、我ガ子ガ死ンデイクノハ、耐エラレナイ。ドウカ、我ガ子ヲ、モウ殺サナイデクレ……」
そう呟くと、
年老いた母は長く生きることによって人間と変わらない高い知能を持つ。その
多産で数を増やすことによって種の
子へと愛情という、小鬼族としては限りなく
そして彼女によって育てられた小鬼族もまた、通常よりも仲間意識が強かった。故に年老いた母の
ポツリと、大地に点が浮かんだ。点はあっという間に数を増やし、大地を
雨が降ってきた。まるで泣くことを知らない小鬼族と、泣くことを忘れてしまった異世界からやってきた少女の代わりに天が泣いているかのように。
「レイ君……」
勇者が口を開いた。
「確かに、魔族と和解するんは、難しいと思う。この人と話して、うちがどんだけ無茶なこと言っとるか、分かった。でも……」
生まれ持った
「魔族と和解すんのは難しくても、この人と、その子供達とは、和解できると思う」
今は全てでなくても構わない。ただ、目の前の彼女らとなら手を繋げるはずだ。
「こいつらは馬車を襲った。
「うちらも殺した。それに、やられたからやり返す。そんなことを繰り返してたら、いつまでも争いはなくならん。誰かが、どちらか一方がまず相手を殴る手を止めなあかん。その手に持った武器を降ろさなあかん。怒りをぐっと
怒りを飲み込むこと、
全ては争いは
それがユウという少女。心に大きな傷を負った、恐怖を失った勇者。
勇者の言葉が届くと、年老いた母が、その身体を支えていた杖を手放して
雨音の中に、三つ音が響いた。小鬼族達が手にしていた
武器を持った人間の前で、魔族が自ら進んで武器を捨てる。そのあり得ざる光景にレイは息を飲んだ。
いまだその手の長剣は高く
だと言うのに、なぜ。その手を振り下ろせない。
自分の魔族へと
レイは
――どちらか一方がまず相手を殴る手を止めなあかん。その手に持った武器を降ろさなあかん。怒りをぐっと抑えて、もうええよって言わな、争いはなくならん……。
先ほどユウが言った言葉が頭を
――結局、振り上げられた長剣は、そのまま背中の
「……
「――感謝スル」
そして騎士は
しかし、レイの信じる騎士道では、武器を持たない者は斬らない。少なくとも彼の信じる騎士道は貫かれたのだ。
「ありがとう……レイ君……」
そう呟いて
「セッちゃんも、ありがとう。ごめんなぁ、何も言わずに出てきてしまって」
「どうして……どうしてこんなことをするの……!私達が間に合わなかったら、殺されていた……」
「ごめん……でも、大丈夫やったから……」
「今回は大丈夫だったけど、次はこうはいかないわ……。相手がもっと危険な魔族だったら?一瞬で殺されるか、最悪、
魔族の中には人間を痛めつけることを
それがどうしようもない現実だ。
「自分の命が大切に思えないなら、私達の事を思い出して。貴女が死ねば、私とレイはあの
彼女らしい言い方だった。本当は自分達の首が刎ねられることなど何も心配していない。心配しているのはユウのその身だけ。震える声がそれを
「お願いだから……貴女を心配する人がいることを忘れないで……!お願いだから、もっと自分を大切にして……ッ」
痛いほど、ユウの身体が強く抱きしめられる。ユウは
「……ごめんな、セッちゃん。ごめん……」
ユウは、自分の肩に雨ではない物が
温かなそれが、ユウの内面へと染み込んでいく。彼女の心の傷へと入り込んでいく。それが染みてもう痛みを感じなくなっていたはずの傷がずきずきと
その痛みは決して
流された
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