掲げられたもの(3/6)
閉じた
鳥の
ベッドから上半身を起こしたセラは、しばし
しばらくその体勢でじっとしていたセラだが、やっと起きる決心がついたのか、
そしてなんとなしに隣のベッドに視線をやり、
――そこにいるはずの人影がない。
寝ぼけていた頭に急速に血が
ダルさの残る
勢いよく戸を開くと廊下に騎士の姿があった。
「おっと!なんだ、どうした?」
日課である朝の
なぜ気付けなかった。
「――ユウがいないッ!!」
少し立ち止まって空を見上げる。灰を
夜が明ける前に宿を抜け出したユウは、再び
デマリの人々にとっては騎士と行動を共にしているこの
見たことのない髪、瞳の色。言葉の不思議な
もっとも、馬を持ち去ったのは
最初は太く、
街道からそれほど離れることなく、ユウは目的の場所まで辿り着いた。
森の中、不意に
洞穴の前に広がる拓けた空間には布の切れ
ユウが洞穴に近づくと、踏みしめた落ち葉が音を鳴らした。その音を聞きつけ、洞穴に入らなくともユウが探していた者達が暗闇の奥から姿を現す。
「――こんな朝早くにごめんなぁ」
ユウが語り掛けるが、それに返答はない。
洞穴から出てきた小鬼族は四体。いずれも武器らしい武器は棍棒のみ。微妙な体格差や個体差はあるが、ユウにはその中のどれが昨日あった小鬼族なのかは見分けがつかなかった。
小鬼族の一体が何やら隣の小鬼族と言葉を交わす。高く、かすれた声。今まで聞いたことのない不思議な言語で、ユウにはさっぱり理解できない。
ただ小鬼族達が
「昨日はゴメンな。剣向けられてたら、そりゃ怖いよなぁ。でも今日は
そう言ってユウは両手を上げて見せる。
その様子を見やった小鬼族達は、武器を構えつつゆっくりと動き始めた。
全員ユウから視線を外さず、ジリジリと
小鬼族達はこの不可解な人間の子供は何かしらの罠なのではないかと
彼らに包囲されつつも、ユウはまったく動じた様子がなかった。
実際、ユウは恐怖を感じてはいなかった。それは今に限ったことではない。
野盗に襲われた時もそう、もちろん初めて小鬼族の姿を見た時も。この世界に召喚されて、まだ一度も彼女は恐怖という感情を抱いていない――。
「ほら、今日も持ってきてん。お腹空いてるんやろ?皆の分にはちと足りんかもしれんけど、そやったらまた持ってくるから」
そう言って、また干し肉を差し出す。
差し出された小鬼族はそれをまじまじと見やった。
「魔族領からここまでよぉ逃げてきたなぁ。でももう大丈夫。うちが守ってあげる。うちこれでも勇者やさかい、王様に頼んでどっか静かに暮らせるところを用意してもらうわ。リンちゃんのパパやし、それぐらいの我がまま聞いてくれるやろ」
言葉が通じるかどうか、というのはあまり大きな問題ではない。重要なのは、争うつもりがないということが伝わるかどうか。
小鬼族はそれが食べ物だと分かると
昨日はそれが食べ物だと認識するような
おずおずと
ユウはそれを
――気が付くと冷たい地面に横たわっていた。倒れ込んだ
同時に、
(ああ……失敗したんか……)
少し
血は出ているだろうか。ほとんど無意識に、ユウは自分の頭部を触ろうと腕に力を込めた。だがそれは、小鬼族達には起き上がろうとしているように思えたらしい。喧嘩をやめてユウに向き直る。
ユウは顔だけ起こして、
「そんな、怖がらんでも、ええやんか……うちは、仲よぉしたいだけやねん……」
彼女の言葉は届かない。その姿は、彼らには
また、棍棒が振り上げられた。例え無力な人間の子供だとしても、それが命乞いをしていようとも、彼らにそれを振り下ろさない
それが魔族だ。人間の敵だ。彼らに
今度は正面から振るわれようとする棍棒。その
その瞬間、彼女の
幼い
どうして誰かを
泣いている子がいれば手を差し伸べてあげた。喧嘩をしている子がいれば
それが当然だと思った。
本当に分からなかったのだ。争うことは良くないことだと皆口を
誰かが不幸になっているのを見て、どうして笑えるのか、彼女には理解できなかったのだ。
小学校の低学年頃までは、彼女はただ変わった子、というレッテルが
だがそれ以上になると、彼女の親切心を心底
もちろん、彼女の親切心に救われた者は少なからずいる。だがそれ以上に彼女の存在を
――みんなやってることだから。
その言葉がなぜ
彼女自身が虐められることも増えた。手を差し伸べた子が彼女を虐める側に回ることもあった。
悲しくはなかった。怒りも
たびたび投げかけられる死ねという言葉。だがそれに対してはさしたる
その言葉を投げかけられる度に、その言葉を誰かが使っているのを耳にする度に、彼女の中で何かが変化していったのかもしれない。
中学生になっても彼女の性格は変わらなかった。彼女の
されど、彼女の行いに対する反発は小学生の頃とは
ならば、なぜ自分はこんな目に
分からないから彼女は他人をよく見るようになった。他者が何を考えているのか、何を思ってそんな行動をしているのか、よく考えるようになった。
それはある意味、彼女の
なぜ自分が敵意を向けられるのか、分からないなりにその敵意に理由をつけて
そのおかげか夏休みを
それでも彼女が
彼女は素直で、
その素直さが、その愚直さが。
――お前が死んだらいじめをやめる。
それは、
だけど彼女は、思ってしまったのだ。それは割の良い交換条件なのではないかと。
自分の命にいったいいかほどの価値があるだろう?あれほど何度も何度も死ねと言われたこの命にどれほどの重さが残っているだろう?
それは何よりも重いはずのものだった。けれど、あの罵声を受ける
そしてその日、天秤は逆に傾いてしまった。
それからどうなったのか、彼女はよく覚えていない。覚えているのは強く吹きつける風ぐらいなものだ。
ただ確かなのは、彼女の命を高く天秤が掲げた瞬間、何かがそれを皿の上から
彼女の命は新しい天秤の上に乗せられた。されどその比重が変わるわけではなく。未だその皿は高く
その皿が
彼女が自分の命を大切なのものだと思うことはないだろう。
それが、ユウという少女だった。
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