第二章
邂逅、そして(1/6)
二日目の朝。何かが空を
「うみゅう……」
まだ
「おはよう」
すぐ近くで火の消えた
「んん、おはようさん……。レイ君は……?」
目を
まだ早朝だというのに完全装備。盾と
レイが動いた。野盗を相手にしていた時よりも素早く振るわれる剣。朝日を浴びて光を放つその剣が
それはいわゆる型と呼ばれるものだった。
その美しいとさえ思える型の
一つの型から次の型への
一連の動作が終わったところでぱちぱちと
「よく眠れたか?」
剣と盾を背中の定位置に
「まあまあかなぁ。それよりレイ君すごいなぁ!
「日々の鍛錬を欠かさなければ誰でもできるようになる。
「あ、いや……できればそれは
その日々の鍛錬を想像してユウは苦笑いでやんわりと拒否する。レイの動きは
「ユウを筋肉痛で殺す気?馬鹿言ってないでさっさと出発するわよ」
――それから
「ん、止まれ」
先頭に立って街道を進んでいたレイが背後の二人を制止する。
「なんや?また野盗か?」
街道は林に
「いや……まぁそれほど危険なものでもないんだが……」
そういってレイが道の先の木の
ユウが指の先に視線を巡らすと、そこには奇妙なものがあった。
「……なにあれ?」
それは簡単に言えばゼリー状の球体だった。
大きさはユウの
目や口に相当する物は見当たらず、生き物なのかどうかすら
「ああ、スライムね」
セラが特に興味もなさそうに
「スライム!これがうちでも知っとるぐらい有名なあれか!」
ユウがなぜここまで関心を示すのかレイ達には分かりかねるが、当のスライムはユウ達の存在に
「触ってもええかな!?危ない?」
ユウがそんなことを聞くのでレイは困ったように頭を
「危ない……というほどでもないが、いちおう魔物ってことになってるやつだからなぁ……不用意に近づくのは止めたほうが……」
「大丈夫なんやな?じゃあ触るー!」
レイの
「大丈夫か……?」
「まぁ……大丈夫なんじゃない?」
顔を見合わせている保護者二人のやりとりなど耳に入っていないユウがスライムに近づくと、ユウの存在に気づいたのかスライムの動きが止まる。
「おー、ぷるっぷるやなぁ!ほらええ子や。おいで!チチチッ」
かがんで舌を
そして――
ぴょん!
ドカァッ!
「「ユウッ―――!?」」
二人が見守る中、スライムに体当たりを
「にょわあああ……ぐぇ」
転がったユウの腹の上にとどめとばかりにスライムが乗っかる。その思った以上の重量にユウの口から
体当たりの
「大丈夫か!?」
目を回しているユウにレイ達が駆けよって声をかけるとらいじょうぶ……という舌っ足らずな返答が帰ってきたのでひとまず大きな怪我はなさそうだ。
「あ……ひんやりして気持ちええ……」
仰向けに寝転がった状態でユウが自分の腹に乗ったスライムを
スライムもスライムで居心地がいいのかユウの腹の上から動こうとしない。
「スライムって生き物なのかどうかすら怪しい魔物なの。
スライムを撫でまわしつつ、セラの説明を聞いていたユウがふと疑問になって尋ねる。
「そもそも魔物ってなんなんや?動物とちゃうの?」
そうね……と呟き、セラはしばし言葉を探す。そしてユウの側にかがんで自分もスライムを撫でながら答えた。
「
説明を聞いても頭から
「つまり……なんやよう分からんけど危ないやつは魔物って言ってるわけか?」
「そういうことよ」
理解はしたようだがなんとも
「こんな子を魔物なんて悪者呼ばわりすんのはどうかと思うけどなぁ……大人しいもんやで」
はっと気が付いてユウがセラを見上げた。
「なぁなぁ、この子何食べんの?ごはんあげたい!」
魔物に餌をやりたいというこの世界の住人からすれば信じられない言葉にセラはただただ戸惑った。魔族ほどではないが、魔物も人間の敵であり、
「ええ……知らないわ。生態が不確かなのが魔物って言ったでしょう?」
「むぅ……じゃあなんで人に体当たりしてくんの?」
「だから知らないわよ……」
セラが答えられないのは決して彼女が無知だからではない。
生態が不確かなのが魔物、ではあるが強力な魔物になれば
いるとうっとうしいが調査する
「ぬくいからかな?」
そう言いつつユウはスライムをぎゅううと抱きしめる。特に反応は示さない。
「だが火を焚くとスライムは逃げていくぞ。熱はどちらかというと苦手なんじゃないか?」
レイの言葉にユウはふぅむと腕を組んで考える。相変わらずその
「そもそも口ないよなこの子。でもなんも食べへんってことないやろしなぁ……
うんうんと
「考えるだけ時間の無駄よ。ほらユウ、それちょっと脇に置きなさい。魔法で
そう言ってユウが答えるのも待たずにゆっくり呪文の
もぞもぞと動いてユウの膝の上から脱出、地面に
ぴょん!
「うっ――」
今度はセラの腹めがけて体当たりをかました。さすがにセラは倒れることはなかったが、不意に
「こいつ……
怒りによって暗い笑みを浮かべるセラとは対照的に、ユウは何かに気づいたようにスライムを真剣な表情で
「今なんで急に動いた……?セッちゃんの言ってることが分かった?んなアホな……じゃあいったい……」
そこでもう一度呪文の詠唱を始めようとするセラを
「ちょ!セッちゃんちょっと待って!なんか分かりそうやから魔法は……魔法?」
言いかけて気づく。スライムが何に反応して
「そうか!セッちゃん!魔法や!この子は今魔法に反応したんや!」
「魔法……?」
ユウの指摘にセラは魔法の発動を中断する。スライムが再び跳びかかって来る様子はない。
「うち、王宮で魔法の
魔力、魔法の
「スライムが人間に跳びかかってくるんわ魔力に反応してんのとちゃうかな。魔力がごはんなんとちゃう?」
「魔力を……?それは……いや、ありえる話ね」
実際、セラの知っているスライムの生態と照らし合わせてもそれは十分考えられる仮説だった。
魔力というものは大気中にも
そしてスライムは、そういった魔力密度の高い場所に多く発生するのだ。
「よっしゃ!そうと分かれば……セッちゃんよろしく!」
そしてユウはどぞどぞとセラに手の平を向けて促す。
だがセラはスライムを
「……イヤ。誰が好き好んで魔物に魔力をあげないといけないのよ。どうしても餌付えづけしたいなら自分でやりなさい」
「でもうち、魔法の講義の内容全然覚えとらへんしな……」
そう言ってチラリ、チラリとセラに視線を送るユウ。
セラがはあぁと溜息を吐いた。昨日ユウが見抜いた通り、セラという人物はかなり優しいのかもしれない。
「……一般に、魔法師になるには二つの大きな段階があると言われているわ。それが
再びスライムを、今度は自分から膝に乗せてふむふむとユウがセラの話に耳を
一方でレイは自分には
「認識っていうのは魔力を感じられるようになることよ。それができなくちゃ話にならないわけだけど、これが一番難しい。魔法師になりたいと思った者の八割がこの段階で
「今までまったく自覚していなかった力が自分の中にあると言われてすぐにああこれかと分かるわけがないのよ。今まで自覚してなかったんだから。そのためにはまず、今まで自分がまったく見ていなかったところを見なくちゃならない。自分の中にある今まで
センスがある者ならば教えられればすぐに気づくことができる。だがそうでない者は
「はい!セッちゃん先生!」
元気よく
「……何かしら」
その妙な元気故に
「よう分からん!!つまりどゆこと?」
予想通りの発言にしばし魔法師は天を
「……………自分は魔法を使えるんだと心の底から信じられるかどうか、かしら」
小難しい話ではなく、結論は簡単だ。
魔力というものの存在を認め、それが
それができれば世界の見え方が変わる。
「なるほどなぁ。確かにそれがでけへんと話にならんな」
「そ。次の段階の理解は呪文の作用とか魔法の仕組みを理解することだから、今はどうでもいい。魔力を放出したいだけなら、自分の中の魔力に気づいて、それを身体から出すイメージをすればいいだけ。口で言うほど簡単じゃないけど」
これほど長く喋ることに
一通り話を聞き終えたユウは真剣な面持ちで自分の両手の平を見つめた。
「魔法を使えると信じる……かぁ……」
何かを確かめるように両手を
今まで意識したことすらない自分の奥深くへと意識を向けていく。
(……さて、どうかしら)
セラはユウの邪魔をしないように無言で待った。
彼女に才能があればそれこそ一瞬で気づくことができる。逆にそうでなければ道のりは途方もなく長い。
時間にしておよそ三十秒ほど。ユウは
「――こうかな」
ぴくんと膝の上のスライムが震えた。
ユウの右手が、顔の陰の中でほんの少しだけ淡い光を放っていた。
「――おめでとう、ユウ。
それは
おそらく王宮では理屈でユウに魔法の存在を理解させようとしたのだろう。もともと魔法が存在しない世界からやってきたのならそれは自然な手順と言えよう。
ただあるのだと、その一言で十分。
「あとは……あり?」
ユウがその放出した魔力をスライムに与えようと手を動かした瞬間、光が消えた。集中が
「才能はあるけど天才ってわけじゃなさそうね。自分の手から魔力が流れ出ていくのを強くイメージしなさい」
「イメージ……」
集中するユウとそれを見守るセラ、その二人に少し離れた位置からかけられる声。
「おい、まだか」
「レイ君ちょっと黙っといてッ!」
怒られたレイが肩を
再びユウの右手に光が宿る。今度はそれを
ぷるる――
スライムが
「喜んでる……のかしらね……」
表情どころか感情があるのかすら分からないので
「
ユウが勇者の力を持つことには否定的なセラだが、ある程度の戦闘技術を持つことは必要だと考えている。昨日の野盗
セラの言葉が聴こえているのかいないのか、ユウは
やがて魔力を放出することによる
「にょあああ……これ……
疲れてダルそうにしているユウとは対照的にその上にいるスライムは
「お疲れ様。こんな馬鹿なことをよく真剣に、と言いたいところだけど、ユウが魔法を使う第一歩を踏み出せたのは大きな
さすがにもういいだろうとセラはスライムを脇にどけ、ユウの手を取って立たせてやる。地面に放り出されたスライムはどこか
「ほら、もう満足でしょ。ユウに
セラがしっしっと手を払う動作をするか、当然スライムに通じるわけもなくその場でぷるぷると震えている。
「終わったなら行くか」
様子を見ていたレイも腰を上げる。たかだかスライム一匹にずいぶんと長い時間
ユウはまだ少しダルそうだが身体についた
「ほなな。あんま知らん人に体当たりしたらアカンで。元気でな!」
ひらひらと手を振ってユウは先を歩き始めた二人の背中を追う。
ぷるぷる――
街道には一匹のスライムが残された。
それからしばらく後。
「……ねぇ」
「分かってる……」
先頭を行くレイが
「ユウ……どうするんだ」
「いやぁははは……
そしてユウも振り返って先ほどからずっと聞こえてくる水音の元を確認した。
ぴょん、ぴょん、ぷるぷる――
ユウ達の後を青っぽい半透明の物体が必死で追いかけてきていた。通常、スライムはそこまで
だというのに、あのスライムはあれからずっとユウ達の後をぴょんぴょんと跳ねて追いかけてきていた。ユウが立ち止まればその脚にぴとりとくっつき離れようとしない。
信じがたいことに、魔物であるスライムが完全にユウに
「どうすんのよ……ずっとついてくるわよ……」
立ち止まったことでまたスライムがユウに追いつき、その脚に寄り添う。不思議なことに体当たりはしてこない。
さすがにこんな状態の無害な魔物に魔法を撃ち込めるほどセラも
「まぁ……別に害はないんやし、村につくまでは好きにさせたったら?」
投げやりな言い方だったが、ユウは懐かれてまんざらでもなさそうである。
「やれやれ……魔物に懐かれる勇者とはな……まぁ、そのうち
呆れた様子のレイだが、ひとまずこの場は特に何をするでもなく先を急ぐことにした。
しかし、レイの想定とは
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