旅立ちと二人の同行者(5/5)
「ごはんっごはんっ」
夕刻。
まだ日のあるうちに近くの林から三人で手分けして木の枝を集めておき、それに火打ち石で火を点ける。
その全てがユウにとっては新鮮で、野盗に襲撃されたことなど記憶から抜け落ちているのではないかと思うほどにはしゃいでいた。
「たいしたものは作れないんだが……」
料理を担当するのはレイ。作ったものは言葉通り極めてシンプルな
そこに保存食の
スープが完成する頃には日はすっかり落ちて、空には星が
「いただきまぁす!」
「おお!干し肉だけでもけっこう塩気出るんやな!」
お気に召したようで、続いてパンに
「噛みきれへん……」
茶色で平たい形のパンは保存には適しているがその堅さはユウの小さな
「そのまま食べるんじゃなくて、
実際に自分もパンをスープに浸して食べてみせた。
「おいしい!」
「そうかしら……」
ユウは目を
だがこの世界で旅をするには欠かせない保存食である。今後
「そう思えるのは今だけだぞ。
ユウ、セラと焚火を
食事が終わると早々に寝る準備に入る。夜の闇の中では人は活動を休止せざるを得ない。火という文明を手に入れても本能に
「ユウは寝ててくれ。見張りは二人で交互にする」
火の番をしながら
「ええんかな、うちだけ寝てて」
「気にするな。それに――いや、なんでもない」
実際の所、ユウに見張りが
城壁から出てしまえば人間領とはいえ多くの危険がある。
そのことを知ってか知らずか、ユウはそれ以上食い下がることはなく
「うわ、すっごいなぁ……こんな星空見たことないわ」
ユウの黒い瞳に本物の星空が映り込む。見渡す限りに広がる
レイとセラにとっては見慣れた夜空も、ユウにとっては思わず
草原に吹く風がさわさわと草木を揺らし、ユウの頬を
「でもさすがに屋根のないとこで寝たことないしなぁ。寝れるかなぁ」
そんな不安げな声が聴こえてからさほど時間も
「お前も寝ていいんだぞ」
レイは向かい合う同行者に声をかけた。
膝を抱えてボゥと火を見ていたセラは火から視線を動かさずに話始めた。
「ねぇ……この子、本当に勇者だと思う?」
「それを
「……そうね、じゃあ質問を変えるわ。
新しい小枝を手に取ろうとしていてレイの動きが止まる。
質問していながら返答を待たずにセラが言葉を続けた。
「今日一緒にいて思ったけど、私はユウに勇者の力なんてないほうがいいと思ってる。この子、ちょっとおかしいわ」
レイは横目で寝ているユウを流し見た。
セラは視線を焚火から上げて正面からレイを
「野盗に襲われた時、この子まったく
「それは俺達が
「
実際、レイがいくら強いと聞かされていたところでそれがあの人数さを
では、下手をすれば命すら
「この子、自分に対して酷く
自分を必要としてくれる人がいるところが自分のいたい所。ユウの言葉は一面だけ見れば
だがセラからしてみればそれは他人任せの極みだ。自分で考えることを
よくよく思い起こせば、まだ十四歳の少女が、何の
何か根本的なものがこの少女と自分では違う。それが何なのかは、まだはっきりとはしないが。
「……考え過ぎじゃないのか」
レイがまた小枝を手にとって火の中に投げ入れたの追ってセラの視線も焚火に戻った。
「そうかしら。もし、この子に勇者の力があったとして、そのせいで魔族との戦争に
その
それが自分の存在理由だったのだと笑いながら……。
「なんて言えばいいか……危ういのよ、この子。自分の意思ははっきりしてるのに、それが自分を中心にした考えじゃない、みたいな……」
一通り言いたいことは言ってから、
「――まぁ、やっぱり、貴方の言う通り考え過ぎかもしれないわね。さっきの話は忘れて」
自分がここまで
それもこれも、今朝門の前で交わした握手と向けられた笑顔のせいだ。魔族との戦闘経験のあるセラだからこそ、あんな笑顔を浮かべる女の子を奴らとの争いに巻き込みたくない。
少しの間、焚火の音だけが草原に響く。
「……優しいな、お前は」
本日二度目のその言葉に、今度は赤くなるのではなく明らかに
「だとしても、俺はユウが勇者であってほしいと思っている」
セラは無言。
「立場上、何度も魔族と戦ってきたし
一の騎士団はラドカルミア王国の誇る
「勇者召喚はラドカルミアの民全ての期待を
「たいした騎士様ね」
セラのあからさまな
「だが死なせはしない。勇者のためならば一の騎士団は身を
倒木に立てかけた盾の紋章が焚火の光に赤く
レイの言葉は間違いなく一の騎士団の
だから
「ユウは絶対に死なせない」
「……そ」
セラはただその一語を
「交代の時間になったら起こして」
「分かった」
「あと……」
セラが外套にくるまった身体をもぞりと動かす。
「お前じゃなくてセラね。男にお前って呼ばれるの、
「……分かった。セラ」
星は夜天を
ずいぶん長い間セラと会話していたような気がするが、まだ夜は始まったばかり。燃料の小枝は足りるだろうか、とレイは思った。
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