旅立ちと二人の同行者(4/5)
爽やかな風が通り過ぎていく街道を三人が行く。街道とはいっても、ただ草木と石が取り除かれただけの道である。それを何度も何度も人や馬車が踏み
他に人影はなく、道も一本道なので迷う心配もない。前方に小さな川が見えてきたあたりで先頭を歩くユウがふと口を開いた。
「そのテマリ?村にはどれくらいで着くん?」
デマリ村だ、とすぐさま
「だいたい
「三日ぁ!?」
「三日も歩くんか!?」
「もちろん休憩はするし夜は
さも当然というようにレイは言うが、ユウにとって徒歩三日は十分以上にたいした距離であった。
今回の旅、馬車ではなく徒歩での移動となったのにはそれなりに理由がある。まず第一にこのラドカルミア王国で馬車が通れるほど
第二に三人が乗る馬車となると二頭立ての
費用的な面ならば国でいかようにもできるが、以上のような理由から馬車は不要、という結論に
「うち最初の村にも
道のりの長さを知って地に両手をついたユウの姿を見てセラが
「ユウは元の世界じゃ王族や貴族だったのかしら。体力がなさすぎるわ」
「そんなんちゃうよ。普通の家。でもうちのいた世界は機械が発達しとったからな。車とか電車とか、長いこと歩くなんて誰もせぇへんのよ。あ、そういえばこんなに長い間スマホ見てへんのいつぶりやろか……」
ユウの言うことはレイとセラにはほとんど理解できなかったが、ふと疑問に思ったことをレイが
「ユウは、やはり元の世界に帰りたいと思うか?」
「王宮でケイネスの兄ちゃんとの話、レイ君も聞いてたんとちゃうの?」
「恨んでいるかという話じゃない」
そういうことではなく、
セラも口を挟まないわりに興味はあるのかジッとユウを見つめてその口から
だがユウは不思議そうな顔をして答えた。
「その答えを探すための旅やと思とるよ」
「答えを探す?」
思わず聞き返したレイにユウは言う。
「そ。うちどんくさいけど、やっぱ生まれたからには誰かに必要とされたいんよね。お前じゃないとアカンねや!って。もしうちに勇者としての力があんのなら、それはこの世界にそう言われたってこととちゃう?そしたらうちこの世界と結婚するわ」
つまり勇者としての力があればこの世界にいたいということ。
では、その逆であったなら……?
レイの疑問が表情に出ていたのだろう、ユウが先んじて答える。
「もし勇者としての力がないって分かったら……あぁそっか」
話始めてユウは何かに気づいたようで、たははと笑う。
「元の世界に帰りたいかって話やったね。答えはノーやわ」
あっけからんとそう言い切った。
「だってもうリンちゃんって友達できてもうたし。勇者としての力がなかったらお城でメイドさんになんのも悪ないわ。うちのこと必要としてくれる人がいるのなら、それがうちのいたい場所かな」
それは
自分より年下の少女がこれほどまではっきりと自分の居場所を定めることができるのかとレイは舌を巻く思いだった。
だが一方で、その彼女の信念に疑問を抱く者もいた。
「でもそれって、すごく他人任せじゃない?私は他人がどう思うとかじゃなくて、自分自身で居場所を見つけたいわ」
黙って話を聞いていたセラが、自然な動作で自身の後頭部の髪の結び目を触る。ズレがないか確認しているのか、その動作そのものが彼女の
「それに勇者としての力があったとして、この世界の人間はユウにとって命をかけて
突然、セラがユウの元に歩み寄ってその小さな肩を抱き寄せた。
「ちょ、セッちゃん急にどうしたん?」
ふくよかな胸に抱かれて目を白黒させるユウ。だがセラはユウではなくその奥、街道の先に視線を
「まったく、
どうやらレイには事情が飲み込めたようで、セラのさらに前に出て盾と
一人状況の飲み込めないユウにセラが説明する。
「人間領の中じゃ魔族は大きな
前方の
「こういった街道の途中にある橋は襲撃には最適の場所でな。旅人が橋を渡っている時に前後から退路を
だがユウ達は橋に近づいたところで急に立ち止まり、長話を始めた。だから
「うわ、あからさまやな。ある意味感動するわ」
どうにも緊張感のないユウの言葉は聞こえていなかったようで、野盗の一人が声を張り上げる。
「オイオイ!こんなところをたった三人で歩いてるなんて危ないじゃねぇか!野盗に襲われたらどうするんだ?」
ニヤニヤと。一人が話している間にも他の者達がじりじりと距離を詰めてきていた。
話しかけてきた一人がこれ見よがしに
「
「気が向いたらでいい」
数の上では圧倒的
逃げ出すことを警戒していた野盗はその様子を
「この状況でやる気か?兄ちゃん。女の前でかっこつけたいのは分かるが、抵抗するなら
いよいよ他の五人とレイの距離が縮まる。一息で斬りかかれる距離。
「へぇ、黒髪って珍しいんや。知らんかったわ」
レイとセラが落ち着いているからか、ユウも怯える様子がない。
逃げる様子がないことは好都合だが、まったく怯える様子がないのはそれはそれで野盗としての
「世の中の厳しさってやつを教えてやる必要がありそうだな……目の前で姉が
「それ以上その汚い口を開くな。時間の無駄だ。さっさと来い」
レイが剣を突き付けて言い放ったことで、男達の怒りが
「殺せッ!」
一人が先陣を切って
ガキィンッ
鉈が激突する
だがその弾きによって男の体勢が崩れる。そこにすかさず振るわれる左の剣……ではなく剣を持った状態の拳。
ゴツッ!
「手入れぐらいしたどうだ」
そう呟いたレイに今度は二人同時に野盗が襲い掛かる。対してレイは右半身を前にして盾を前へ。左手の長剣は男達の視界から外れるように後方へ。
「調子にのんじゃねぇぞッ!」
突きだされるナイフと振りかざされる手斧。ナイフは先の鉈と同じく盾で横に弾かれる。それと同時、手斧が男の手からすっぽ抜けた。
「あれ?」
なんともマヌケな声を
盾を横に動かす動作と一体化した身体の
今度はレイが前に出る。前進の勢いを乗せてナイフを持っている方を盾で押しのけ、
横っ面に直撃、だが血は出ない。刃の部分ではなく剣の腹の部分で打ち
本来長剣とは騎乗での戦闘に用いられるものである。そのため片手で振るうものにしては大振りだ。重量を少しでも減らすために刃の中央に
レイが
まともに戦って勝ち目がなくとも女子供を人質にすればどうとでもなる。無法者故の
レイの横を走り抜けようとした二人の内、一人にレイが足払いを決める。足払いから
「ぐぇっ!?」
急に首が
折り重なった男二人の腹の上に足を乗せて身動きを封じ、レイは最初に声をかけてきた男に向きなおった。
「お前は来ないのか?」
その一言であんぐりと口を開けていた男はビクンッと我に帰った。
なんの武術も
その異常な光景からくる危機感は男の脳裏の記憶を呼び覚ました。
「思い出した……その盾の
ひくひくと
レイの持つ盾にはラドカルミア王国の
その紋章のもつ意味を思い出した男は自分が獲物と定めた相手が何者であるのかを知った。自分達が何人
「冗談じゃねぇ……やってられっかよ!クソッ」
そう吐き捨てて男は反転、一目散に走り出した。
「あ、逃げた」
呟いたユウの頭上でスッと上がった
「デイ/オル/エテ/エテ/エファ/ウエル――」
不思議な
「〈
バシッ!
セラの手から一直線に
「あひぃ!?」
光条はセラの手と野盗の男を一瞬にして結んだ。背中から光に撃ち抜かれた男は
「おお!今のが魔法やな!」
目の前で超常の力を目にしたユウが瞳を輝かせるが、セラはさして反応するでもなく、相変わらずの無関心な表情であげた腕を下げた。野盗に襲われていた、という緊張感など
鼻を折られてのたうつ二人、気を失っている二人、腹に乗せられた
「ずいぶん手加減したのね」
脚にぐっと力を入れて一人を大人しくさせたレイは落した盾と長剣を背中に収納しながら答えた。
「あまりユウに血を見せたくなかった。それに手加減したのはお前もだろう」
「雷に
「あー……うん。スプラッタは
想像してしまったのか少し青ざめた顔でユウは苦笑い。
「それにしてもレイ君強いなぁ!一の騎士団って分かったら相手もびびっとったし!」
拳に付いた血を野盗の服で
「一の騎士団って、いちおうこのラドカルミア王国最強と呼ばれる退魔集団なのよ。単純な白兵戦闘じゃ敵なしでしょうね」
そしてユウにだけ聞こえるように顔を寄せてポソリと。
「騎士道が筋肉で動いてるような連中よ」
「何を話してる?」
拭き終わったレイが近寄ってくるとセラは別に何も、と気だるそうな表情で
「こいつらどうする?王都に戻って
「めんどくさいわ。放っておきましょう」
意見が割れたので二人がユウを見る。
「うーん……さすがに戻んのはなぁ……とりあえず口約束だけでももう悪させぇへんって言わせてから見逃したるか」
「だそうだが?」
と、レイに声をかけられた一人がビクッと反応する。
足払いで転ばされて仲間の
「あ、ああ……もう旅人を襲ったりしねぇよ……へへ……」
誰がどう聞いたところで信用できるような言葉と態度ではない。セラの
「ええか!人に暴力を振るうことはアカンことや!自分がやられたら嫌なことは人にしたらアカン!分かった?」
そんなユウの
「……ほんまに分かったか?」
半眼でジトッと男を見やるユウ。
「分かったって言ってんだろ!」
キレ気味に男が言う。これほど
「ほんまにほんま?」
「このガキ、いい加減にしねぇと――あ、いや、もうしません!もうしませんかルゥアッ!?」
言葉の途中でセラの魔法に撃たれた男は静かになった。
「これで改心するような連中には思えないけど、ユウがいるから命はとらないであげる」
レイにしろセラにしろ、野盗を一瞬にして血の海に沈めることができるだけの実力があったし、ユウが見ていなければそうしていただろう。
二人とも命を護るために命を奪うことを
「ユウ」
全てが終わったのでセラがユウに語り掛ける。
「
セラのその言葉を聞いて、ユウはにししと笑う。
「セッちゃん、
「なっ」
セラの発言はユウが勇者になることに否定的だ。だがそれはユウの身を案じてのことに他ならない。
彼女なりの優しさ、それを見抜かれたことでセラの頬に若干の
「お、
「ユウ……貴女けっこう意地悪ね……」
なまじ普段はあまり表情を変えない分、こうやって照れたような表情を浮かべるととても
「おい、そろそろ行こう。寝てるやつが起きたら面倒だ」
レイに
彼らが目覚めた後、野盗家業から足を洗うとは到底思えないが、少なくとも彼らにとって多少の人生の教訓にはなっただろう。
ユウにとっては、あまり
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