旅立ちと二人の同行者(3/5)
旅立ちの朝。空は雲一つない晴天。登り始めたばかりの太陽が優しく大地を温めていく。
そんな新たな門出に相応しい陽気の中、過去一度も魔族を通したことのない不落の王宮の
「……ユウ、やっぱり旅なんてやめましょう?私がお父様にお願いするから……」
釣り目がちの瞳を
リンシア・フォン・ラドカルミア。この
肩口で切り
そのリンシアに引き
今ユウの服装は
この世界にユウの私物は召喚された時に来ていた服ぐらいしかないのだ。持っていく物はほとんどない。
「ごめんなぁ。でもやっぱうち勇者やさかい、やれることはやらんと」
「剣もロクに振れないのに?魔法も使えないのに?」
リンシアの言葉がぐさりぐさりとユウに突き刺さる。
「それにいつもぼーっとしてるし、どんくさいし……魔族に会ったらユウなんてすぐに殺されてしまうわ……」
言い返すこともできずにたははと
リンシアの不安を解消せんと同行者が口を開いた。
「姫、勇者様の身は我らがこの命に代えてもお守りします。ですからどうかご安心ください」
ユウの背後に
武器はともかく重い甲冑は旅には不向き、防御力以上に利便性と身軽さを追求した結果だ。
そしてもう一人の同行者、魔法師のセラは相変わらずの気だるげな様子で状況を見守っている。ただ気だるげなのは表情だけで背筋はピンと張っており、旅装束の上からでも女性的なボディラインがよく分かる。
ユウも合わせて見事に統一感のない三人。家族にしても兄妹姉妹にしてもちぐはぐに見える。
ちらりと騎士の姿を
「……お父様に言って勇者じゃなくて私の
リンシアに信用してもらえなかった騎士が
「リンちゃん。心配してくれてありがとう。でも、やっぱうち行くわ」
リンシアの手をとったユウはその自分より小さな手をそっと両手で包み込む。
「勇者としての使命もそうやけど、それ以上にこの世界のことを知りたいねん。うちな、すっごいワクワクしてるんよ!みんなどんな生活しとるんやろとか、どんな生き物がいるやろとか、気になって気になってしゃーないねん!それを知るチャンスを王様がくれたんよ!」
言葉通り、ユウの瞳は期待に輝いていた。そこに不安や
「それにちょくちょく帰ってきたらええって王様も言ってたし、なんか
そう言ってにっこりと笑う。その笑顔に水を差すことなど誰ができようか。
その眩さに
「――分かったわ。私待ってる。だからいつ帰ってきても、何度帰ってきてもいいのよ。
ユウの手を包み返す手。そしてユウの肩越しに
「――もしユウが死んだら、貴方達の首を
「心得ております」
「
ユウと言葉を交わすようになってから、リンシアはよく笑うようになったという。王の娘という身分は同年代の友人を気安く作れるような身分ではない。だが、異世界からやってきた勇者には身分差などまったく意味を為さなかった。
リンシアにとっても、ユウは初めての友達だったのだ。
そして一向はリンシアに見送られながら旅立った。人々で賑わう王都を北へ。
王都はぐるりと石造りの城壁によって囲まれている。未だかつて王都まで魔族の侵攻を許したことはないが、凶暴な野生動物や魔物、はぐれの魔族などに対する備えである。城壁の出入り口は東西南北に一カ所づつ、王都へ出入りするにはそのいずれかを必ず通らなければならない。
一向が選んだのは北に位置する門。この旅の一つの目的である魔族を知るということに関してはやはり魔族領に近づく必要があり、それは北方に広がっているからだ。
詰め所の警備兵に王から支給されている通行許可証を見せて城壁の外へ。行商の馬車も通れるように大きく作られている門扉をくぐれば両脇を林に囲まれた街道が
「さて、ほなこれからどうしよか」
北に魔族領があるということでとりあえず北門から出たはいいものの、この世界の地理などまったく分からないユウである。ここから先はまったくのノープランだ。
それでは、とレイが
「このまま街道沿いにまっすぐ進めばデマリという村に着きます。ラドカルミア王国領内の村ではごくごく一般的な村ですので、民たちの暮らしを知るにはちょうどよいでしょう」
レイの説明をふーんと聞いていたユウはふと思い出したように手を叩いた。
「せや、うちはユウ、よろしゅうな」
「存じておりますが……」
「二人の挨拶は聞いとったけどうちは名乗ってへんかったからな。こういうの大事やし」
差し出された小さな手を、
「そっちの姉ちゃんも」
とてとてとセラの方へ歩み寄ったユウが差し出した手をおずおずと握り返す手。そしてまたぶんぶんと。気だるげな瞳が少しだけ見開かれる。
「セラさんやっけ?」
「え、ええ」
ぐいっとユウの大きな瞳がセラの瞳の奥を覗き込む。星空のようなきらきらとした黒瞳に正面から見つめられてセラの視線が右へ左へと泳ぐ。
「セラ姉ってのはちと
面食らったようにセラは目をぱちくり。
「セ……セッちゃん……ですか……」
歯の
「あとこっから敬語禁止な。うちのことはユウって呼び捨てでええよ。様とかそういうの
突然
「勇者様はこの国の、いやこの世界の希望。それをただの騎士である私が呼び捨てにするなど……」
「これからしばらく一緒に旅すんねんで?それが様とか敬語とか、
そう言ってレイとセラを順に見る。
そんな少しばかりずるいユウの物言いにレイがむぅと
「――いいんじゃない?私も敬語とかまどろっこしいのは嫌いなの。楽にしていいって言うならそうさせてもらうわ」
そういうセラの表情は相変わらずだるそうではあったが、言葉通り少しだけ楽になったように見えた。
「最初に会った時からな、この人嫌々敬語使っとるなぁって思っとってん。セッちゃん目上の人に気ぃ使ったりすんの嫌いやろ?雰囲気で分かるわ」
ユウの指摘してきに初めてセラの口角が少し上がった。
「ええ。今回の旅の話を
急に
「セッちゃんとは仲良ぉなれそうやわ」
「そうね、ユウ」
そして二人が次は
「……分かった。俺も敬語は止める。それでいいな、ユウ?」
ユウは今日一番の満面の笑みを浮かべた。
きっとリンシアもこの笑顔に心を許したのだろうなとレイとセラには分かった。
「楽しい旅になりそうやな」
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