記憶





 誰かの声を聞いた気がする。

 誰かの声が聞こえていた気がする。


 そう言えば、家に帰った時に紙を持っていた。


 手紙……だったかな。


 ああ、そうだ。

 有沢からの手紙だ。


 下手くそに便箋に入れていた。

 くしゃくしゃに縒れた一通の手紙。


 宛名を見て、しばらくは封を開けなかった。


 結局あの手紙はいつ読んだのだろう。


 ……まぁ、いつでもいいや。

 そこにも書いてあったな、はるながあめ。






 それから、花だ。

 摘んで行った千日紅。


 あの花が結局どうなったのか、覚えていない。


 確か、ドライフラワーなんかにしたはずだ。

 そして、教室に飾ったのではなかったか。





 彼女が言う転校の意味が分かったのは、しばらくしてからのことだ。


 あの日も雨が降っていた。


 彼女は分かっていたのだ。

 花が枯れる前に居なくなる。


 その宣言通り、彼女は居なくなった。


 遠くに転校した。


 彼女が声を荒げていたのは、あの一回きりだ。


 彼女は、彼女のままであり続けた。


 昔も、今も。





 翔平は、急いでいた。


 雨が降っていた。

 早足で歩いていた。


 いっぱいになったお腹を気にしながら、翔平は記憶に揉まれていた。


 そういえばその日もこんな雨だった。

 有沢に話しかけたあの時、彼女が言っていた。


 はるながあめ、と。



 ぽつりと翔平の頬に打つものがあった。


 手を天(そら)に向けた。

 そして、仰いだ。


 ああ、有沢。

 分かっている。


 泣くな、泣くな。

 ああ、泣いているのは俺か。


 哭いているのは俺の方か。




 はるながあめ。


 忘れじの花。

 雨の手紙。


 翔平は手元のスマートフォンを取り出した。


 指紋認証を済ませてホームを解除する。

 検索欄に文字を打つ。


 千日紅 花言葉


 いくつかヒットしたから、一番上をタップした。


「…………、……」

 なにかが、心を打った。



 ーー色あせぬ愛。永遠の恋。



 嘘だろ。

 まさか、やめてくれよ。


 その花を贈ろうとしていたのか。


 ……まぁ、渡せなかった訳だが。


 なんか、複雑だな。

 それを知ったら、有沢はなんて言うだろう。





 ああ。


 ああ、はるながあめ。

 彼女に伝えてはくれないか。








 ◯ ◯ ◯









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る