散花






 次の日の朝、俺は教室の窓から花壇を見た。


 花は、咲いていた。

 ピンクの小さい花だ。


 有沢は、花を見たいんじゃないのか。

 そう思った。


 だから昨日、帰り際にわざわざ呼び止めたんじゃないのかと。


 今日の帰りに摘んで行こうと、翔平は思った。


 担任に聞いてみた。

 担任は他の先生に掛け合ってくれて、花を摘むことを許可してくれた。


 俺はその日、ペットボトルの水を一本飲んだ。


 これを花瓶の代わりにしようと思ったからだ。


 その日の放課後、約束通りピンクの花を一本摘んだ。


 どうやら、千日紅という花らしい。

 遠くで見るよりも、ピンク色が鮮やかだった。


 土の匂いがした。


 こんなのは久しぶりだ。


 あいつは、こういうのが好きなんだな。

 そう思いながらペットボトルに水を汲んで、そのペットボトルに一輪挿して……。


 準備は万端だった。

 なにも、狂いはなかった。


 満足して、いつも通り有沢の所へと向かった。




 さぁ、行こうと思った矢先。


 ぽつりと何かが彼の頬を打った。

 雨が降りだした。


 それも上昇気流による豪雨ではなく、梅雨のような雨。


 傘なんて持って来てなかったから、担任に借りた。


 担任は、俺が有沢のところへ行くことを知っていたからだ。


 快く貸してくれた……と思う。

 まぁ、取り敢えず傘を借りて、俺は出発した。


 傘はさしているが、雨は雨だ。


 だから、花びらが散ってしまわないように苦労した。


 なんだか、病院への道はいつもより暗く感じた。


 雨が降っているから当然か。

 それでも、なんとか病院にたどり着くことができた。


 有沢は喜ぶだろう。


 ずっと窓の外を眺めていたんだから。

 花が咲くのを心待ちにしていたのだから。


 どうせ、今日も窓の外を眺めているんだろう。


 やぁ、とかいって笑うんだろう。


 いや、今日も来たのかと驚くかもしれない。


 この花は、千日紅というんだと教えてやろう。

 さすがの有沢でもそこまでは知らないだろう。


 女子は花言葉とか好きだっけ?


 でも、今はわからないな。


 まぁ、いいや。

 また調べて教えてやろう。


 傘の雫を振るいつつ、翔平はいつもの部屋へと急いだ。


 いつものように階段を登って。

 いつものように廊下を歩いて。


 角部屋だ。

 いつもの角部屋。


 ネームプレートが掛かっている。

 有沢の名前だ。


 よし。


「有沢、これ……ーー」


 部屋に入った。

 思わず立ち止まった。


 電気がついていなかった。


 雨の音が聞こえる。

 静かだった。



 いつも煩いくらいに聞こえる音は。

 空気が抜ける音は、消えていた。



 ピンク色が視界を掠めた。


 花びらがひとつ、はらりと舞った。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る