転校





 特に昔から仲が良かったわけじゃない。


 いや、今でも仲が良かったとは思っていない。

 たまに喋って、家にもいって、それから……。


 そういえば、有沢の部屋は物が少なかった。

 整理されていると言うよりは、ただただ簡素だった。


 こんな部屋もあるのかと妙に感心した程だ。



 ああ、有沢が宣言通り学校に来なくなったのは夏休みの後くらいだ。


 先生の言葉を覚えている。


「有沢は、少し家庭の事情でなぁ。しばらく学校を休むことになった」


 その言葉を聞いた時に違和感を覚えた。


 家庭の事情?

 学校を休む?


 確かに、転校するとか言ってたから学校に来ないのは分かる。


 もし、そうなら。

 転校したのならそう言えば良いはずだ。


 しかも休むということは戻ってくるということか?


 訳が分からなかった。


 分からなさすぎてその日の放課後に先生にそれを尋ねてみた。


 すると渡されたのは一枚の紙だ。




 翔平はその日、はじめて野球部を休んだ。


 その足で病院に向かった。

 やけに風が強かったのを覚えている。


 秋に傾きはじめたからだろう。

 季節は、狂いなく巡っていた。


 なんで俺、こんなことしてるんだろう。


 そんなことを思いながら、いつもよりゆっくり歩いた。


 その紙に書いてある通りに階段を登った。

 その紙に書いてある通りに病室に向かった。

 その紙に書いてある通りの部屋の前で立ち止まった。


 その部屋は角部屋だった。

 有沢の名前が書いてあった。


 しかし、真新しいものではない。


 まだ隣の部屋のネームプレートの方が新しく見えた。


 そこに十五分はいたかもしれない。

 なかなかドアに触れることができなかった。


 そうしていると、向こうの方で食事が配られはじめていた。


 有沢の部屋にも回ってくるだろう。


 その前に行って、はやく帰ろう。


 そんな焦りを感じた翔平は、ようやくドアに手をかけた。


 そして、少し開けてみた。

 有沢はすぐには見えなかった。


 あれ、どこにいるんだろう。

 そう思ってもう少し開ける。


 身をその部屋に押し入れた。


「やぁ、元気そうだね」


 有沢はひとりだった。


 ベッドの上に座って、窓の外を眺めていた。


「有沢、そっからなにが見えるんだよ」

 思わずそう口が動いていた。


 有沢は、緩慢に首をこちらに巡らせる。


 ふと僅かに微笑んだ。


「……あなた、は……、翔平くん、だったかな」


 なんとなく、嫌な気分がした。

 有沢は、病人そのものだった。


 なんだよ、鼻に酸素チューブなんかつけて。


 点滴なんかぶら下げて。

 病衣なんか着て。


 いっちょまえに部屋まであって。


「お前、転校するんじゃ……」


「そうだよ」


 翔平の言葉を遮るように、有沢は応えた。

 その声は特に大きくもなかったが、翔平の声を遮った。


「私は、転校するの」


「……そう、か」

 なにも、言えなかった。


 いつ戻ってくるのかなんて、聞けなかった。

 有沢の雰囲気が、俺に何も言わせなかった。


 それからしばらくそこにいた。


 なにを喋ったのか憶えていない。


 いや、ちゃんと会話はしたんだろうか。

 ただ無音が流れていた気がしなくもない。


 少し喋って、二人で沈黙して。

 また少し喋って、二人で沈黙して。


 その繰り返しだっただろうか。


「きみ、もう遅いから帰りなよ」


 有沢がそんなことを言った気がする。


「ああ、そうする。今日はありがとう」


「いいよ、こちらこそありがとう」

 そう言って翔平は部屋を出た。


 部屋を出てから向こうの方を見たが、食事の配膳は終わっていた。



 有沢の部屋に、食事は配膳されていなかった。








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