第13話.哀哭の二人
「……アリシア、生きてるか?」
「あー、うん……なんとか……」
全身の火傷から蒸気を出しながら俺の腕の中に力なく収まるアリシアに声を掛ければ、そんな気の抜けた返事が返ってくる。
俺も彼女も満身創痍という言葉が良く似合う有様だな……特にアリシアには無理をさせてしまった。
彼女が無理にでも〝偉大なる大地〟を刺激しなければ彼女の中にあった正体不明の魔力は埋没したままだったろうし、そうだったならば魔人の卵に揺さぶりを掛けることも出来なかっただろう。
「お前のお陰だ、お前の献身によって手に入れた勝利と生存だ……『癒しを』」
彼女が何を大地に奪われてしまったのかは分からない……捧げる俺たちと違って、その取り立てはより苛烈なものであっただろうに。
彼女自身が生み出した炎によって焼け爛れた皮膚をせめてもの恩返しとして魔法で癒す。
俺もそんな余裕がある訳ではないが、あれだけ前借りをしたのだから今さらこの位は問題にもならない。
「……無理をするな」
「いいえ、もう立てるわ。……クレルの腕の中は名残惜しいけれどね」
「そうか」
頬を染めて恥ずかしがるくらいなら言わなければ良いのに……彼女のお茶目な言動に思わず苦笑が漏れる。
「行ってくる」
「気を付けて」
敵を倒したなら、俺たち魔法使いには最後の仕上げが残っている。
アリシアの不安そうな表情を消すために、彼女の頭を軽く撫でてから哀れな男の下へと歩く。
「……意識はあるか?」
『ワ、ワダジ……ハ……』
……最後の最後で殻を破り、理性を獲得したか。
「何か、言い残す事はあるか?」
魔性に堕ちた者に対して慈悲を見せるなど、
『ワダジ、ハ……タダナガ、マ……タチト……仲間、タチト……海ヘト、冒険に……』
段々と呂律が回ってくる足下の男の言葉に耳を傾け、ゆっくりと聞き取る。
『アァ、私は何処で間違えタのカ……病弱な妹ヲ、愛おシイ妻を置き去りにシタ罰ナノだろうか……』
呂律は回り始めても支離滅裂な内容……ただ心に浮かんだ事をそのまま口に出し続けているようなそれではあるが、遮る気にはならなかった。
『蝸牛よ、お前の言う通リデあったヨ……私の求メる財宝はいつも、スグ傍に……』
男の目から光が喪われる……そろそろ頃合か。
「……いいな?」
『あぁ、次の航海は……お前の中で……』
満足そうに……久しぶりに親友と語らったかの様な笑みを薄く浮かべた男へと右腕を伸ばす。
「『君の願望は果たされず終わる 僕の中でスヤスヤと眠る それでもいいのなら 満たされる事よりも安寧を望むのなら 僕は拒まない』」
男が、この船の船長だった男がパラパラと光の粒子となって解けていく……奴が大事に持っていたチューリップの球根も、抜け殻であった鰐の血肉も全て。
男の半生が、魂や強い想いと共に全て俺の右腕を通して中へと入り込んで来る。
……今回は俺の中で暴れたりはしなかったようだ。
「……綺麗ね」
「……そう、かもな」
アリシアの何気ない一言に戸惑いながらも同意する。
考えた事も無かったが、確かに綺麗と感じる光景かも知れないと思ったからだ。
彼ら魔物の最期とは、彼ら自身の欲望によって
……そんな時くらい、綺麗な光景であっても良いだろう。綺麗な光景であって欲しいと思っても良いだろう。
彼ら自身がどう感じているのかは分からないし、受け手側のエゴだとしても……そう思わずにはいられない。
「──Happy birthday!!!」
──パァン!
「「……」」
意味不明な事を叫びながら小道具で大きな音を出して登場した管理人に余韻を完膚なきまでに叩き潰され、アリシアと一緒になんとも言えない、感情を削ぎ落とした顔をしてしまう。
本当にコイツは空気が読めない──いや、あえて読まない奴なのかもな。
「いや〜、ありがとう! お陰でこの魔境の問題はほぼ解決したようなものさ!」
「ではここから出してくれるんだな?」
「もちろんさ! ほら!」
そう言って管理人が指を鳴らせば俺とアリシアのすぐ目の前に円柱に光が立ち上る。
「この中に入って行きたい場所を思い浮かべばいいよ!」
「……すごい」
「またデタラメな魔法だな」
奴の口振りから察するに距離の制限もないのだろう……しかも魔法を行使する自身ではなく、他人が思い描いた場所へと転移するなど聞いた事がない。
おそらく〝偉大なる大地〟に最も近い『魔境』だからこそ出来る業なのだろう。
「それでは私は業務に戻ります! どろん!」
最後までふざけた態度のまま、管理人は光柱を残して去って行く。
「「……」」
知らず、二人共その場に佇んで動かなくなってしまう……この魔境から脱出する事が目的であったはずなのに、その手段を前にして動けないでいる。
あれだけ求めて頑張っていたはずなのに、二人共ボロボロになりながら手を伸ばしたはずなのに不思議なものだな。
いや、不思議でも何でもないか……自分がこうなってしまう事は何となく、薄々と分かってはいた。
……しかし何時までもこうしている訳にもいかないだろう、な。
「さて、と……それじゃあ」
「──待って」
声を掛け、一歩踏み出そうとした俺の袖をアリシアが掴んで止める。
震えた指先には弱々しい力しか篭ってないというのに、振り払う事も出来ずにまんまとその場に留められてしまった。
「……待って」
「……アリシア」
肩を震わせながら目に涙を溜める彼女の姿に胸が締め付けられる。
なぜ俺はこんなにもアリシアを泣かせてしまうのだろう。
なぜ俺はこんなにも愛されているのに思い出せないのだろう。
なぜ俺は……彼女にこれから残酷な言葉を告げなければならないのだろう。
「アリシア、ここでお別れだ……」
「待っ、てよ……お願い、だからっ……!」
限界に達して零れてしまった彼女の涙を拭い、その頬を撫ぜる。
「また、離ればなれにっ、なん、か……なりたく、ないの……」
「……」
「ねぇ、逃げよう? 二人で逃げようよ」
必死な彼女の訴えを黙って聞く。
けれど、彼女のその願いを聞き入れる事は出来そうにもない。
「なぁ、アリシアも分かってるんだろう?」
「……っ」
綺麗な顔を悲しみに歪める彼女の肩を引き寄せ、そのまま抱き締めながら語り掛ける。
「俺も、お前も……厄介な組織に属してる」
俺の胸に顔を押し付け、嗚咽を漏らす彼女の耳元で囁く。
「魔法使いと狩人が揃って逃げるなんて無理な話さ……何かしらの手段で捕捉され、殺されるだろう」
特に
これだけの大事件だ、
誰も見ていない今の内に二人共死んだ事にして逃げる、なんて事は出来やしないのだ。
「俺も、お前も……組織を相手にするには酷く弱い」
幼い子どもの様に哀しみに震えるアリシアの髪を撫で、一歩離れる……正面から彼女の目を見据えて話す。
「だから──
「……?」
意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をするアリシアが愛らしくて笑みが漏れる。
「お前の中にある魔力と、俺の魔力を結び付けた……これでお前が何処に居るのか分かるし、お前が望めば助けに行く事もできる」
元々同質の、同一人物の魔力なのだからそれほど難しい事ではなかった。
これで何時だってアリシアの居場所を捕捉できるし、彼女が窮地に陥った時に駆け付けられる。
「もう二度と会えない訳ではないんだ」
「ほ、ほんと……?」
「あぁ」
もう一度、確かに彼女がここに居ると確認するかのようにアリシアを抱き締める。
彼女の体温を直に感じながら、溢れ出る涙と愛おしさに蓋をする。
「じゃあな、アリシア──
「うん! うんっ……!」
最後に
「絶対! 絶対だからね! 絶対にっ、またっ……会ってもらうんだからっ……!!」
あぁ、彼女にここまで言われたんだから……また再会できる様に僕も頑張らないとね。
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