第12話.哀哭の鰐その2


「『​──火をfire』」


 いつかの元魔人を相手にした時の様に詠唱を省略する。

 魔法使いでもない私が、猟犬を媒介に無茶をするものだと自分でも思う。

 負担や代償を肩代わりしてくれていた蝸牛の意識ももう存在しないと云うのに……いえ、だからこそ無茶をするのよ。

 私が大地を蔑ろにしながら強欲に力を求めれば求める程に、その振り積もった負債を取り立てようと大地は私の奥底へと​──蝸牛の残滓へと手を伸ばすでしょう。


「うっ、がっ、ぐっ……げぼぉっ……ごほっ……くっ!」


 不味いわね、内蔵まで引っ張り出されそうだわ……それなのに相手と来たら私の攻撃を受けてもピンピンしてるんだから嫌になる。


「あっ……おぉ……?」


「……何を伝えたいのか分からないのよ」


 微かに自身の奥底から感じ取れ始めた異質な物……おそらく蝸牛の魔力であろうそれを引きずり出して相棒クレマンティーヌへと纏わせる。

 彼女ともまた違う魔力ではあるけれど、相棒ならちゃんとこの魔力も扱えきれると信じて強行する。


「『​──咲かせろto bloom』」


 クレルの魔法が発動し、彼が生み出した種子が長身の男へと降り注ぎ、そのまま男の血肉や魔力を糧として艶やかな薔薇を咲かせる。

 そのまま破裂し、男に深い傷を負わせながら散った花弁の間を縫うように駆け抜け、脇下から抜刀する様に逆袈裟に斬り上げる。


「あっ、あぁ​──あああぁああぁああああああああああぁぁ!!!!!!!!」


「ぐっ……!」


 長身の男が発した質量を伴った巨大な叫び声に耳だけでなく、平衡感覚まで狂ってしまう。

 蝸牛の魔力を纏わせた一撃は効いたようだけれど、これを何回も至近距離で喰らったら流石に失神してしまうわね。


「『​癒しを』」


「……っ!」


 耳から流れ出た血を拭いながら再び目の前の男へと突撃していく。

 本当に偶然の再開を果たした今回の事件が初めての共闘とは思えないくらいに息がピッタリと合う。

 私が欲しいと思った時にはもう既に癒しが飛び、私が不味いと思った時には敵の追撃を防ぐ攻撃が飛んでいく。

 大丈夫、私はちゃんと戦えてる……クレルの隣に立って一緒に。

 ただ守られるだけでも、後ろに隠れてるだけでもない。

 もう二度と彼に大事な物記憶を無くさせやしない。


「ぐぅっ……はぁ!」


 けれど、今のクレルが使用している魔法は『対価の後払い』という私の知らない不確定要素の強い力によって行使されている。

 後でいったいどれだけ大地から吹っ掛けられるのか不明な現状、彼にあまり魔法を使わせるのは得策とは言えない。

 もしもまた彼が何かを失う事になったら私は……いえ、そんな事は許さない。

 そんなちっとも面白くない事、絶対に認めてなるものですか​──


「​──だから、もっと寄越せ!」


 私の中から何かがごっそりと抜き取られた感覚を覚えながら剣を振るう。


「がぁっ!!」


 ​──もっと熱く。


「ぜえぇい!!」


 ​──もっと鋭く。


「ごほっ、げほぉっ……はぁああっ!!」


 ​──もっと速く。


「燃やせ、もっと​燃やせ……こんな火力じゃ足りないのよ」


 蝸牛の魔力を男の深層に届かせる為にもっとさらなる火力を……奴の心が引き篭った殻を破り、刃を届かせるような、そんな燃え尽きる事のない火を​──


「​──燃料ならここに在るッ!!」


 今の私は色ボケ女よ。

 長年探し求めていて好きな男の子に再開できてはしゃいじゃってるの。

 もう〝好き〟って気持ちが溢れて止まらないお馬鹿さん。

 どれだけ〝欲深き大地〟が私から価値ある物を奪おうと意味なんてない。

 負債を取り立てられても、取り立てられた端から心の底から新たな〝愛おしさ〟が溢れ出てくる。

 私の、アリシアのクレルに対する大事な気持ち価値ある物……どう? アホみたいな熱量でしょ?


「ふぅっ、ぐっ……!」


 汗だけじゃない、傷口から流れ出る血まで高まった熱量によって蒸発してしまう事に自分のした事ながらに苦笑するしかない。

 でも、これなら……有頂天な馬鹿女になった今だけの反則技みたいなものだけれど、これなら​──奴にも届くッ!!


「いい加減に……そこから出て来なさいッ!!」


「​──ッ?!」


 自身の血の蒸気を纏いながらの一閃。

 猟犬の刃が届く前に、刃が纏った超高温の熱量が男の外皮を蒸発させていく。

 まるで氷の塊に熱した鉄の棒を突き入れたかの様な非現実的な一撃は​──確かに届いた。


「……手応え、あり、ね……」


「​──ッ!!」


 絶叫してるところ悪いけれど、もう耳が遠くなってるのよね……何だか目も霞んで来たわね。

 やっぱり少し無理をし過ぎたかしら?

 そうよね、絶えず大きな感情を生み出してはそれを消失する、なんて事を繰り返して戦ってたら身体はボロボロになるわよね。

 それに、私達レナリア人には魔力に対する抵抗なんて皆無に等しいのだし。

 そのまま視界に入る重度の火傷を負った自分の腕を見ながら後ろへと倒れ込む……あれだけやって、まだ元気に動いてる敵に悔し涙を滲ませながら。


「​──よくやったアリシア」


「……あ、うっ……クレ、ルぅ……」


 あぁ、そうだ……私には彼が居る。

 私が唯一好きになった初恋の男の子。

 本当にカッコ良くて、強くて……そしてどうしようもなく愛おしい。


「哀哭の鰐よ、そろそろ幕引きといこうか​──『偉大なる大地へと懺悔する 祭壇の空白が物寂しい』」


 火傷が目立つ腕を伸ばしてクレルの支援をする。

 クレルが〝哀哭の鰐〟と呼ぶ男の眼球を蒸発させ、高温の炎で足裏と床を癒着させる。


「『​​──何も持たざる者の傲慢な願いを鼻で嗤え』」


 あぁ、私の肩を抱くクレルの手の感触が暖かくて気持ちいい。


「『​──欲しがりな愚者が求めるは唯ひとつ』」


 引き延ばされた知覚の中で好きな人の心地いい声に耳を澄ませる。


「『​──潮騒のフォール・アスリープ子守唄・ピィースファリィ』」


 安らかな子守唄を聴きながら哀哭の鰐の最期を見守る。


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更新したつもりが出来てませんでした……ごめんね。

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