第4話.空気の読めない乱入者
「く、臭いわね」
「なんだここは……まるで胃液だな」
船内の廊下を進むこと暫く……突如として道が途切れ、広い空間に出る。
断崖絶壁もかくやという急斜面の先では酷く悪臭を放つ緑と紫を混ぜたような粘液が絶えず煮込まれ続けており、その中には人骨やら木々やら様々な物が具材と化しているのが見える。
試しにそこら中に転がっている木片を投げ入れてみるが……火が消える時の様な大きな音を立てて蒸発してしまう。
「……ここで行き止まり、か?」
「でも他は小部屋くらいしか無かったわよ?」
そうなのだ……アリシアの言う通り、途中の道で見つけて小部屋はどれも用途が分からない半端な大きさでありながら何も無かった……もちろん隠し部屋や通路等も探ってみたが何も見つかりはしなかった。
そして仕方ないとばかりに真っ直ぐ進んだ先がこれだ……ほぼ一直線で楽だと思ったが、そもそも袋小路だったとは思わなかったな。
向こう側の壁に通路の出入口らしき穴は見えるが……足場もなく、またその先がまた行き止まりではないという保証もない。
「一応は船の形をしているから、上に出れると思っていたんだが……」
「どうする? 戻ってみる?」
「そうだな、ここは戻る──事もできなさそうだな」
「え? ……わぁ」
なるほど、最初はあんなに襲いかかって来ていたのに道中はやけに静かだと思っていたが……俺たちをここまで追い詰めるためか。奴らは案外、悪知恵が働くらしい。
……アリシアが猟犬を構えるに合わせて俺も供物に手を伸ばすが、どうするか……アリシアも血液のストックが無いらしいのは俺と変わらないようだからな。
「さすがに後ろに飛び込みたくはない」
「……奴らを放り込んで足場にするのはどうかしら?」
「……アリシアは意外と、アレだな」
「え?」
「だがまぁ、その案で行こう」
アリシアの意外とお茶目(?)な部分に苦笑しながらもその案を採用する……もしかしたら先に進む為の隠し通路などが今度こそあるかも知らないからな。……せいぜい奴らには俺たちの足場になってもらうとしよう。
よく分かっていない顔をしているアリシアに合図を送ってから……同時に駆け出す!
「『我が願いの対価は憤怒の薔薇 望むは敵砕く拳』」
「『赫灼せよ──クレマンティーヌ』」
……多いな、それに幾つか人型も混じっている……ここで確実に俺達を始末するつもりか?
「ふん!」
「シっ!」
取り付かれたら不味いであろう粘体は長剣を振るうアリシアに任せ、俺は懐に潜り込めば容易い人型へと駆け出す。
魔法によって強化され、魔力の篭手を纏った拳を捻りながら腹部を打ち据え、衝撃によって床から足が浮いた人型の異形の手を掴み取って廊下の奥へと投げ飛ばせば、アリシアが片手間に手榴弾を投げ込む。
「……魔力持ちに効くのか」
原理は分からないが、手榴弾程度の火力で魔力持ちに対して有効打を与えられるなど……狩人達の魔法に関する知識と科学技術は想像以上の所まで進んでいるらしい。
……猟犬ではなく、普通のライフル等の銃弾にまでこの特性が付与され始めたら
「クレル! 最低限の土台はできたわ!」
単調な粘体とは違って、人の形を取っているというだけで警戒せざるを得ない奴らの足止めをしている間に、アリシアはスライム擬き達をドブ風呂へと叩き込み終えたらしい……数だけなら幾らでもいるからな。
「よし! 『我が願いの対価は忍耐の椿 望むは硬質化』」
できるたげ位の高い供物は温存しておきたい為に橋などは架けられないが、放り込まれた粘体の一部の表面のみを硬くするだけならば容易い……硬くすれば取り込む事も出来ないだろうからな。
「走るぞ!」
「えぇ! 道を切り拓くのはまかせて!」
アリシアを先に行かせ、後ろから迫って来る敵に向かってまだ切れてもいない拳に纏わせた魔力を全て撃ち出す……これで強化は無くなってしまったが、残存魔力を全て撃ち出した事による衝撃と爆風によって一気に奴らとの距離が開ける。
それを確認するとすぐ様頼りない急拵え橋もどきの上をアリシアを先頭に駆け走る。
……よし、前方から湧いてくる敵は彼女が鎧袖一触してくれる……このまま──
『──俺の船で暴れる奴は誰だァァァァァァ!!!!』
唐突に天井を突き破り、大量の血飛沫と共に降ってくるその巨体……壊れ掛けたラジオのスピーカーから漏れ出たような聞き取りづらい不快な大声を上げながらソイツは……このクソ野郎は──俺のアリシアへと手を伸ばしやがる。
「アリシアッ!!」
「……えっ?」
天井から落ちてくるソイツは人の頭部を数珠繋ぎにして首に飾り、脈絡なく様々な旗を継ぎ接ぎにしたマントを羽織った鈍色の鰐だった。
アリシアはまだ状況に追い付いていない……前方から来る敵に対処していた彼女は、突然頭上から現れた
「──『
分かってる……馬鹿な事をしてると自分でも思う。
けれど……けれど未だに突然の事態にアリシアの認識が追い付いていない……あの野郎からアリシアを守れるのは、後ろから俯瞰して見ていた俺しか居ない。……それに、悠長に
「アリシアに触れるナァァァアア!!!!」
──俺はⅣ号供物を無詠唱で使用する。
「きゃっ?!」
──手のひらから崩れ落ちる一輪の黒薔薇。
──右手から身体を巡る黒紅の葉脈。
──魔物の横っ面を殴り、砕ける拳。
──砕けると同時に断面から芽を出し、再生する腕。
「がぁっ?! う、ぐぅ……!!」
『痛ぇじゃねぇか! 痛てぇじゃねぇか!』
数瞬の衝撃で出口まで吹き飛ばされたアリシアを庇う様に彼女の前へと降り立つ……自分の身体を構成する物質を一から分解して組み替えたかのうような衝撃と激痛に右腕を抑えながら目の前の魔物を睨む。
当然のようにあの胃液の様なドブ風呂の中で平気でいる奴は、録音した音声を再生するが如く単調に繰り返す。……口も表情も全く動いていない所を見るに、本当に喋っている訳ではないのだろう。
「クレル?!」
「大、丈夫……だ……」
心配して駆け寄って来るアリシアに気丈に返事を返すが……正直なところ右腕の痛みよりも揺り戻しの方がキツイ……水が欲しい。喉が渇く。
「それよりもあの魔物は──」
『──お説教だ、反省しろ』
──右頬に穴を空けた鰐の拳が視界いっぱいに広がったのを最後に、俺は意識を失った。
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