第1話.拝金主義者と見栄っ張り

「……師匠たち遅いな?」


「確か、に……そうで、す……ね……?」


リーシャと二人で奈落の底アバドンのエントランスにて一緒の席で師匠たちを待っているが……全然来ないな? 人を呼びつけておいて遅れるなど、とうとうボケたのか?


「あのクソジジィ……」


「も、もう……少しだ、け……待ちま……しょ、う……?」


「……そうだな」


リーシャの言う通りもう少しだけ待つか……ここで怒っても仕方がないし、また師匠ジジィから『若者は短気じゃのう』とか態とらしく嘆かれて面倒くさくなるだけだしな。……本気でシロアリに喰われないかな。


「お前らがクレルとリーシャか?」


「……(ビクッ」


「……誰だ?」


いきなり人の背後から声を掛けてくるなど非常識な……見てみろ、リーシャが突然のコミュニケーションの発生にどうしていいか分からず、肩を震わせながら視線を彷徨わせ、プチパニックに陥っているじゃないか……本気で大丈夫かこの子は。


「リーシャ、大丈夫だから……それで? そちらさんは?」


「……(コクッ」


とりあえずオロオロとしているリーシャに対して優しく声を掛けてから落ち着かせてから改めて話し掛けてきた二人組に立ち上がってから向き直る……こちらと同年代くらいの男女だな、奈落の底アバドンに居るという事は魔法使いで確定だろう。


「……俺はカルマン・ゴールドって名前だが、その女大丈夫か?」


「ふん! 私はレティシャ・シュヴァリエよ! 光栄に思いなさい! ……その子、大丈夫?」


こちらを訝しげに見ながら自己紹介をする刈り上げた金髪に金目の男と、威勢よく高圧的に上から目線で名乗る白髪に銀目の女という濃ゆいコンビだが……そのどちらもリーシャを心配する当たり流石だなと思う。


「俺はクレル・シェパードだ、こっちがリーシャ・スミスで……多分大丈夫だ」


「……」


「あなたの後ろに隠れたけれど……」


自分の自己紹介を終えた後に次いでとばかりに彼女の紹介も代わりに済ませて心配いらないと伝えるが……当の本人が身体を固くしてこちらの背後へと隠れてしまうのでその言葉の説得力が秒速で消失してしまった。


「……とりあえず、座ろうか」


「……(コクッ」


「「……」」


お互いに顔を見合わせこちらを……特にリーシャを不思議そうに見ながら対面の席に座る二人に対して居心地悪そうにしながら、こちらへと少しばかり席を寄らせ座るリーシャに呆れながら自分も席に着く。


「じゃあ俺らになんの用があるのか──」


「──その前に俺に探させて自己紹介までさせたんだ、六〇〇ベルンでいいぞ」


「……は?」


この男は……カルマン・ゴールドと名乗るこいつは何を言っているんだ? 六〇〇ベルン? ……たかが自己紹介で金を取るのか?!


「すまない、意味がわからない」


「説明料金は二〇〇ベルンだ」


「……」


ダメだ会話にならんぞ、なんだこの男は? 説明料金? はぁ? こんな事で金を請求してどうすると言うのだ、第一どう考えても『価値が釣り合って』いないだろう。


「飲み物を取ってきてあげるわ! 感謝しなさい?」


「あ、ありがとう?」


そしてレティシャは唐突だな? こいつも人付き合いというか人との会話が苦手なのか? 無駄に高圧的だしどう反応するのが正解なんだ……。


「取ってきてあげたわよ! 全員コーヒーで良いわよね? 感謝しなさい!」


「……は、早いな? もう少しゆっくりでも──」


「──俺の相棒を使った、五〇〇ベルン」


「「……」」


もうどうしたら良いんだとリーシャの方を向けば彼女も泣きそうな表情で眉尻を下げてこちらに助けを求めていた。重度の人見知りである彼女にこの濃ゆいメンツの相手は無理だろうし……マトモなのは俺だけか?!


「ちょっと?! これは私が善意でやったのよ? あなたは引っ込んでいなさい!」


「数少ない同期と仲良くするんだーって、前日から準備してただろ? 俺も手伝ったんだから半額の二五〇ベルンは欲しいな」


「ちょっとバラさないでよ?!」


あー……とりあえずレティシャは善人そうなのか? こちらと仲良くしようと前日から準備をするくらいには好意的なようだ……なぜ偉そうに声を張り上げるのかはわからないが。


「あー、コーヒーの代金ぐらいは払おう」


「仕方ない、初回割引だ」


「あ、気にしなくていいのに……じゃなくて、準備してあげたんだから感謝しなさいよね!」


「「……」」


こちらを上から下まで舐め回すように値踏みするカルマンと何がしたいのかキャラがブレブレなレティシャの二人に脱力感を覚える……さっきから一歩も話が進んでいないのだが?


「……あなたは飲まないの?」


「……(ビクッ」


「あー……リーシャは苦い物はあまり好きじゃなくてな、甘いココアの方が良いと思うぞ?」


まったく飲めない訳ではないのだが、一回だけコーヒーを出した時に震えながら飲み、終わった後は舌を口から少しばかり出して涙目になっていた事がある……ちゃんと苦手だったら正直に言ってくれとその時に伝えたが、初対面の彼らに自分から言う事は難しいだろう。


「そ、そうなのね……まったく世話の焼ける子ね!」


「……(ビクッ」


「本当だよ、慰謝料三〇万ベルン」


「高っ! 払える訳ないだろ?!」


レティシャが一瞬だけ暗い顔をしてからそれを払拭するようにまた高圧的にリーシャを評すると、それに便乗するようにカルマンが法外な慰謝料を請求する……アホなのか?


「ご、ごめ……んな、さ……い……」


「リーシャは財布を出さなくていいから」


自分が何か悪いことをしたのだろうかと勘違い、あるいはどうしようも出来なくて払った方が自分の精神衛生上は楽だと考えたのだろうリーシャの財布を取り出す手に自分の手を重ねて窘める。


「わ、私はそんなつもりじゃないのよ? ……そんなつもりじゃないから、あなたのお金なんていらないわよ!」


「延滞料金一〇万ベルン」


「あなたは黙ってなさいよぉぉお!!」


こちらがそんなやり取りをしている間にも向こうは向こうで何やら揉めているようだ……レティシャは普通に喋ればいいんじゃないかな?


「……よくわからんが、レティシャは普通に話したらどうだ?」


「っ?!」


「あっ……俺は知らんぞ?」


「……何か不味い事でも言ったのか?」


なんだ? 何が不味いと言うんだ? 話していて節々からレティシャが良い子なのは伝わってくるし、高圧的な話し方も無理があると思うのだが……所々で申し訳なさそうな表情をするし。


「うっ……ぅぅ……!」


「……?」


「う"わ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ん"ん"ん"!!!」


「「っ?!」」


いきなり泣き出したレティシャにリーシャと二人で驚き、目を見開いて困惑する……え? いや、え? 本気になぜ泣いた? ぼ、僕そんなに悪いこと言ったの? ど、どうしよう……。


「ど"、ど"う"せ"私"は"見"栄"を"張"ら"な"い"と"ま"と"も"に"喋"れ"な"い"ク"ソ"女"よ"ぉ"お"ぉ"ぉ"お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"お"お"!!!」


「お、落ち着いて? 謝るから、ね?」


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


「……あ、えっと……そ、の…………」


もしかして彼女のトラウマか何かを刺激しちゃったのかなぁ? リーシャもオロオロ仕出してもうどうしたら良いのか……。


「だ"っ"て"人"と"ど"う"や"っ"て"話"せ"ば"良"い"の"か"わ"か"ら"な"い"ん"だ"も"ぉ"お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"お"ん"ん"ん"!!!!」


「ご、ごめんね?」


「……(コクッ」


ぐっ……『人とどうやってはなせば良いのかわからない』の部分で同意するようにしたり顔で頷くリーシャにこの時ばかりはイラッとしてしまう……お、落ち着け俺! リーシャも頑張っているんだ!


「じ"、自"分"に"な"ん"て"自"信"が"な"い"か"ら"ぁ"! こ"う"や"っ"て"声"を"……こ"、声"を"張"り"上"げ"な"き"ゃ"ダ"メ"で"っ"……!」


「わ、わかっから! 俺が悪かったから落ち着こう? な?」


ど、どうすればいいんだ……彼女がここまで色々と切羽詰まっていた状態だったなんて知らなかったぞ?! なんでこうなるまで放っておいたんだ!!


「そうだ、同じ人見知り? としてリーシャは──」


「……」


「──ダメだ、気絶してやがる!」


さっきまで同意するように頷いていたくせに! いつの間にかコミュニケーション許容値を超えたようだ……クソッ! さっきまで無事なように見えてもいきなり電源が落ちるから気をつけないといけなかったのに、レティシャの対応に追われて疎かになっていた!


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


「俺の相棒を泣かせた、慰謝料五〇〇万ベルン」


もう……収拾がつかない…………。


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