第三章.寂寥のお絵かき

プロローグ

「『大樹』のセブルスだな?」


「……おー?」


帝国西部のアズカバン侯爵領にある丘陵で一人の老人が何をするでもなく、ただ座り込み空を見上げて茫然と過ごしていると背後から堅苦しい声で男性に呼び掛けられる。


「なんじゃい、人が楽しく日光浴をしておったというのに……お主たちか? 最近ワシらのシマを嗅ぎ回っとる奴らは」


老人……『大樹』のセブルスが耳に小指を突っ込みながら振り返れば狼を象った仮面をした者達……狩人が十数人も各々の猟犬を構えて立っていた。


「……抜かせ、この大陸は隅まで皇帝陛下が治める土地だ。それにこれが日光浴か?」


集団の中心的人物であろう最初に声を掛けた人物はセブルスの後ろを見やる……そこにはガラクタと化した戦車や自動車、木の幹に挟まれ潰された軍服を着た人間達の死体が広がっていた。


「知らんのか? 光合成をするには水と養分がいるんじゃぞ? 丁度近くで五月蝿く演習しておったからなぁ……仕方あるまい」


「貴様ァ……」


機甲師団と自動化歩兵の混合部隊からの救難信号を察知して駆け付けたというのにまったく間に合わなかった自分の情けなさと、同胞をまったく人間扱いすらしないセブルスに狩人の男性は怒りをあらわにする。


「貴様を狩って──」


「──ほい」


「……何をした?」


狩人の男性が一歩踏み出そうとしたところで右斜め後方より何かが潰される音が聞こえ急ぎ振り返れば、部下の一人が複数の木の幹に纏わりつかれ潰されていた……木々の隙間からは絶えず部下の物だった血が流れ、それを木々が視認できる速さで吸い取る。


「いやなに、少しお腹が空いたのでな……イヒッ」


対魔法使いの専門家で天敵とも言える狩人を十数人も目の前にしてもまったく動じないどころか『餌』としか見ておらず、リーダー格の男性を覗き見ては嘲笑し挑発さえしてみせる。


「……『嘆く──マーレ』!!」


狩人が一斉に『猟犬』の真名を解放し斬り掛かる……相手はあの悪名高き『大樹』のセブルスであり『特別指定殺害対象』の中でも群を抜く化け物だとこの時になってやっと理解した彼らに、もはや油断はない。


「奴に何もさせるな!」


「イヒッ、イヒヒッ! 小僧もそうだが若者は短気でいかんなぁ〜」


素早くセブルスの周りを取り囲むようにして陣形を組み、一歩も動こうとしないセブルスへと袈裟斬りを叩き込むが途中で止まってしまう……それを見て他の狩人も首を横薙ぎに斬り払い、槍で腹を突き刺し、額を撃ち抜くが……どれも効果はなく斬った端から芽が生え再生していく。


「ハッ! 『子殺し』に対して慈悲はないわ!」


「…………まぁ、マーリンの奴からの頼みもあるからなぁ──」


ならばとゲル状の燃料によって対象にへばり付き焼き尽くすまで止まらない火炎放射を敢行するもどこから流れてきたのか木の葉のさざめきと共に吹き散らされる。


「──てめぇら纏めて腐葉土になれや、その失言の対価は高くつくと知れ」


「『っ?!』」


途端にセブルスの様子がそれまで飄々とした様子から殺意の篭った魔力の波動が溢れ出る……その影響は凄まじく周囲の草が枯れていき、狩人の中には魔力に当てられて共感してしまった者が同士討ちを始めてしまう始末。


「『我が願いの対価は愛しき薔薇ァ愛娘ェ! 望むは健やかなる成長ォ! いっぱい食べ 寝て 遊び 私に元気な成長を見せとくれ!』」


セブルスが懐から取り出したのは試験管……その中には自ら育てた薔薇を小さくし、黒い液体と共に保管していたそれを砕き割る。


「もうちっと年輪刻んでから出直して来い──」


「た、退避ー!」


「──『赤薔薇の食事スピリット・ドレイン』」


大地から生えた巨大な茨がセブルスの周りにいた狩人たちを纏めて呑み込み、上空で真っ赤な華を咲き誇らせる……まるで美味しい物でも食べたかのように脈動するその薔薇をセブルスは穏やかな表情で眺める。


「イヒヒッ、食べこぼしじゃぞ?」


上から降ってくる血の雨など気にせずに。


▼▼▼▼▼▼▼


「マーリン居るかやー?」


セブルスが気の抜けた声で扉を開けばマーリンが下着姿で固まっていた……それを見て『前もこんな事があったな』などと思いつつ彼はそっと扉を閉める。


「……何度言ったらノックする事を覚えるんだい?」


「……痛いんじゃけど? これ肺が潰れておるよ」


が、しかしそれは許されず扉に手をかけたマーリンから放たれた鉄杭により胸を貫かれてしまい、思わず苦言を呈する。


「まぁいいわい、本題に入ってもよいか?」


「まったく、この枯れ木は……さっさっとしな!」


急いで服を着込んだマーリンとセブルスがテーブルを挟んでお互いに向き合う形でソファーに座り、どちらともなく会話を始める。


「こっちはこの前頼まれたゴミ掃除を裏表問わずしてきたぞー」


「仕事が早くてなによりだね」


そう言ってセブルスはテーブルの上に狼の仮面と猟犬、魔法使いの右腕などを並べていきそれを見たマーリンが呆れた声を出す。


「……ふーん、狩人だけじゃなくて魔法使いも居たんだねぇ」


「なんか知らんがコソコソやっとったぞ、奈落の底アバドン所属では無かったな」


自分たちが所属する奈落の底アバドン以外の魔法使い達もこちらを探るような動きを見せている事に何かが起きていると二人は警戒心を抱く。


「それよりもそっちは何かあったんか?」


「あぁ、こっちはこっちでまあ厄介な依頼だよ」


そうしてマーリンが取り出した封筒を受け取り中を読み進めるにつれてセブルスの顔にデカデカ『面倒臭い』と書かれ始める……わかりやすいその表情の変化にマーリンは苦笑しながら話を続ける。


「どうだい? あの子たちに受けさせるかい?」


「罠の可能性もあるし微妙じゃなぁ……」


「まぁ、そうさねぇ」


二人してこの依頼の処遇をどうするかと頭を悩ませていたところでセブルスが何かを思い付く。


「……そういや小僧たちの同期の中に同じく無事に初依頼を完遂した奴らが居ったじゃろ」


「あー……確かに居たねぇ」


「そいつらと組ませて合同でやらせりゃ良かろう」


セブルスの弟子のコンビが初依頼を完遂したように、それらの同期に当たる若い魔法使いの二人組も無事に生きて帰ってこれたようでそいつらと組ませて受けさせる事に話が進んでいく。


「んー、まぁ性格に難のある二人だが問題ないだろう」


「ハッ! それこそ今さらじゃ、そもそも人格不安定な小僧と重度のコミュ障を患った小娘じゃぞ?」


「……まぁ今さらだったね、むしろその二人に比べたらマシなくらいだね」


自分たちが目をかけている若い魔法使いをそれぞれ思い浮かべては溜め息をつく……魔法使いであっても偉くなれば気苦労はそれなりにあるようだ。


「ではセッティングは任せたぞ」


「あぁ任せな」


それで話は終わりだと二人はその場を解散し、それぞれ動き始める。


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