第二章.愛おしさに諦めない
プロローグ
「これからしばらくお前と組むことになる、ガイウス特務中尉だ」
「アリシア・スカーレット准尉です」
バルバトス総本部内のエントランスにて待機していた私に大柄で強面の男性が声を掛け、自己紹介してくるのでそれに応じる……どうやらこの人が私の直上の上司みたい。
「『乱獲』の弟子で士官学校でも優秀だったと聞く……期待しているぞ?」
「恐縮です」
頭に特務と付いていることから相当の実力者だというのがわかる……階級に関係なく単独行動を許され、実質的には一つ上の階級として扱われる数の少ない精鋭の証……そんな人に期待されるなんて、少し私には荷が重いわ。
「これがお前の仕事道具だ、肌身離さず持っておけ」
「了解致しました」
そう言って大きめのアタッシュケースと狼を模した仮面を渡される……仮面は任務行動中に魔法使い達に顔を覚えられないようにするためだろうけど、このケースは?
「あの、これは……」
「……あぁ、それはお前の『猟犬』だ」
「これが……」
これが私の生体兵器『猟犬』……士官学校の特別学科の訓練用とは違い、アタッシュケースに納められており、持ち手のボタンを押しながら声を発することで解放されるらしい。……もう少し、私が功績を立てれば好きにカスタマイズ出来るらしいけれど。
「お前のデータから一番適合する物を選んだそうだ……まぁ、お前はどんな物でも適合率は高かったようだが」
「……そうなのですか?」
「あぁ、上が騒いでたぞ」
どうやら今渡されたこの猟犬は異常なほどの適合率を見せたらしく、上層部でも話題になっている様で恥ずかしい……自分では何か原因に心当たりがある訳でもないのだけれど。
「その原因を調べるため、お前は定期的な検診を受けるようにとのことだ」
「了解致しました」
他人に身体を弄られ調べられるのはどうしても恥ずかしくて慣れないけれど……命令ならば仕方ないわね。……何を調べて、それをどうしたら何が分かるのかはさっぱり分からないけれど。
「そしてこれがお前の表向きの身分だ」
そう言って軍証カードを手渡される……狩人は自身がそうだとバレてはいけないため友人にも隠す必要があり、これはその為の偽証……いや、ある意味は本当の身分証になる。
「私は警察武官、お前は幹部候補生で私の秘書の特尉だ」
警察権力を持った軍人とその部下ということかな……なるほど、任務で帝国中を駆け回るのに違和感がないよう配慮されているのね。……特尉は階級としては准尉と変わらないけれど、場合によっては同じ階級に命令できる立場だから……上手く使えってことかな?
「私はまだ手続きがある、その間友人とでも会ってくるがいい……任務中はいつ帰れるかわからんからな」
「ありがとう存じます」
ぶっきらぼうだけど、案外優しい人……なのかな? そんな事を考えつつも、私は士官学校時代の友人のもとへと赴く。
▼▼▼▼▼▼▼
「リーゼリット!」
「アリシア!」
帝都中にあるお洒落なカフェ……いつも待ち合わせに使う場所で七年来の親友と再開する。……弱気に感じられる雰囲気を纏っている……だけど、意外にハッキリとものを言う性格でたまに喧嘩はするけれど、今も仲は良好だ。長い金髪を左右でお下げにしており、眼鏡の向こうから覗く紅い瞳がクレルを連想させるのも、付き合っている理由の一つかも知れないわね。
「卒業式以来……かな?」
「本当よ……アリシアってば全然連絡しないから、心配したんだからね?」
「ご、ごめんね?」
師匠が師匠だから薄々予想はしていたんだけれど……案の定バルバトス勤務の狩人になっちゃって、色々バタバタしてて連絡する時間がなかったのよね。……仕方がない事だとは思うけど、申し訳ない事をしちゃったね。
「それで? そっちは就職できたの?」
「もちろん、帝都国立図書館勤務の司書よ!」
「……結構すごいところに受かったのね」
帝都国立図書館司書だなんて……物凄く倍率が高かったと思うけれど、よく受かったわね? 士官学校時代からすごく座学は優秀だったけれど、素直に驚きだわ。
「まぁ、魔物や魔法使いの資料も保管されているから軍属の人手も欲しかったってのもあるみたい」
「それでも凄いわ」
「褒めるな褒めるな、調子に乗る」
警備の視点からも彼女は丁度望んでいた人材だったのでしょうけど、しばらくは同期から羨望の眼差しで見られそうね? ……私もクレルが居たら、図書館みたいな静かな場所で働くのもアリなのかな?
「そういうアリシアはどうなの?」
「……警察武官の秘書で幹部候補生よ」
危ない、一瞬詰まっちゃった……表向きの身分を言わないといけないのはわかるけど、友人にまで嘘をつくのはほんの少しだけ、罪悪感が酷い。……意図的に漏らしたら拷問に掛けられるから、仕方がないけどね。
「……キャリア組のエリートじゃない、私のことあれだけ持ち上げておいて」
「そんな凄いものではないのよ?」
いや本当に……確かに狩人になりたくてもなれない人も居るけれど、要はただの人殺し……必死に隠れて生きている人を探し出しては殺す、罪深い処刑人でしかない。
「あー、この人同期に喧嘩売ってるわー」
「ち、違うわよ」
「これはケーキ奢ってもらわなきゃなー?」
悪戯を思い付いた子どもの様な表情を浮かべて、リーゼリットが揶揄う……本当の事は言えないけどこれ、偽の身分なのよ! 実際の給料はあなたとそんなに変わらないから! ……ケーキぐらい奢るけど。
「……まったく」
「ごめんごめん、今度はいつ会えそうなの?」
「……それが不定期で、任務中も会えないみたいなのよね」
「あちゃー、でも仕方ないかー」
そんなに会えないのは変わらないけど、表向きの肩書きによって納得して貰えた、かな? ……それに、私も友人としばらく会えないのは寂しいから、気持ちは分かるわ。……っといけない、もうこんな時間か。
「それじゃあ、そろそろ私は行くわね?」
「あーい、身体に気を付けてねー?」
カフェの中の目立つ場所に置かれた柱時計に目を移し、申し訳なさそうに言う私に、リーゼリットが残念そうに眉尻を下げながらも気だるそうに机に置いた片腕を枕にしながら手を振り上げる。……元々お互いに時間があった訳じゃなかったけれど、本当に寂しいわ。
「もちろんよ、そちらこそ本の読みすぎに気を付けなさいよ?」
「……わかってるよー」
「……本当かしら?」
ケーキを食べ終え、残りの紅茶を飲み干してから席を立つ……リーゼリットと軽いやり取りをしてから店を出て、明日からの任務に思いを馳せながら帰宅する。……初めての任務、上手くこなせるかな?
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