魔物調書.No215,478『百鬼夜行』※討伐済み

この書物は魔法使い相互組織『奈落の底アバドン』の管理下にある、魔物について纏めた物である。利用者は以下の項目を厳守せよ、


(一)書物を破損しないこと

(二)必ず元の場所へと戻し、司書へと報告すること

(三)持ち出しは厳禁

(四)読んだ事柄は口外禁止

(五)新たな情報は直接書き込まず、司書を通じて知らせること

(六)これら破った者は殺害する


以上を守って楽しく読書しましょうネ☆彡.。


by.図書館司書


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名称……『百鬼夜行』


推定討伐難度……レベルII→III ※時間経過と共にVまでいく危険性があった。


出現地域……レナリア帝国・ヴィーゼライヒ子爵領。


起源……愛情。


討伐者……クレル・シェパード、リーシャ・スミスの二名の合同。


容姿詳細……老いた鬼も赤子の小鬼も皆んな等しく霜焼けや赤切れにより肌は赤く、東方諸民族に伝わる赤鬼そのものの様でもあったそう。

額からは牛のような角が生え、目は墨を垂らした水のような色合い。

一つに纏まる前の核となる小鬼は老人を十歳ていどの大きさに小さくしたもの、他は赤子を十歳程度まで大きくしたような外見年齢である。

その手脚は雪に墨を混ぜ込んだかのような色合いの不定形であり、形を変えることができるとのこと。


戦闘詳細……群れで囲み、一方的に袋叩きにするか、罠に嵌め敵を追い込むという魔物に珍しい知性を持ち合わせる。

総大将となった後は凄まじい膂力と瞬発力を誇りながらも自由自在な手脚を駆使してトリッキーな戦い方もする。

まだ自身の力を完全に掌握できておらず、奈落の底アバドンの解析と考察によれば自身の直接の死因ともなった『寒冷』を操り、またその『何かを溜め込む地形』からドンドン力を付けていたったと見られ、新人が早期に討伐できたのは極めて幸運と言える。


行動詳細……夜の内に人間であった時の生まれ故郷である山間の村々を襲い、食料や燃料を中心として略奪……その後はエスカレートし、復讐に走り始めた模様。

魔物としては異質で、毎日のように小鬼たちを集めて歌を歌わせていたようだ。


以降は討伐者であるクレル・シェパードからの聞き取りによって『百鬼夜行』がどういった経緯で産まれたのか記したものである。


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『百鬼夜行』の元となった人物はウィーゼライヒ子爵領の北東部に位置するメーヴェル山脈内の山間の村の一つに生まれ、長男である彼は次期村長を期待されて育てられた。


『ねぇ、隣の家の子は?』


ある日の事、彼がいつもの様に同じ村の子ども達と遊ぼうとすると二人ほど居ない……またここら辺の地面を掘り起こすと出る粘土で遊びをしようと思ったが、まぁこんな日もあるかと最初はなんとも思わなかった……だがそれが数日続くと気になって仕方がなくなり村長である父親に尋ねてみた。


『あぁ、その子なら山に食べられたよ』


自分の父親である村長はなんでもない事だと言うように平然と『口減らしに捨てた』と言う……当然の様に父親に抗議したがまともに取り合って貰えずに終わる。


『次はあの子だ』

『お前は次期村長なんだから』

『お前は捨てられないんだから問題ないだろ』

『煩いぞ』

『……』


次の冬、その次の冬、そのまた次の冬と……友人が、初恋のあの子がどんどん冬の山へと消えていく……その子たちの親から嫉妬の眼差しで睨み付けられ、父親からは疎ましく思われながら彼は冬を過ごしていた。


『村長の息子ってだけで……』

『お前が代りに死ねばよかったんだ』

『よくあの子たちと遊べたわね』


そんな言葉を投げ付けられながらも彼は必死だった、もうこれ以上友人を……子どもたちを山に捨てないでくれと父親と喧嘩する毎日、そんなある日のこと。


『お前に弟が産まれたぞ』


そういう父親の顔はもうなにも煩わしいことはないとばかりに晴れ晴れとしていた……その日から父親は自分とは喧嘩せず、こちらの言い分を適当に受け流すようになっていた。


『弟を次期村長とする』


身体も大きくなった頃、父親にそう聞かされた……なるほど、父親の様子が変わったのはこういう意味だったのかと納得すると共に、弟が捨てられないようで安心した。


『この冬はあそこの老婆と子どもだ』


それからも父親の政策は変わらなかった、弟は怒られるのが怖いのか従順だ……せめて子どもは止めてくれと何度も、何度も何度も抗議したが……。


『村長が死んだ』


終ぞ父親は自分の意見を受け入れること無く死んでしまった……親孝行もせず喧嘩ばかりだったことを少しだけ後悔した。


『兄さん、僕が新しい村長だよ』


そうなのだ、後悔している暇はない……村長が変わったのだ。父親が居なくなったのならば弟だってこの風習は辞めたいはずだ、来年にはトンネルも開通する……もう少しの辛抱なのだ。


『最後の冬はあそことあそこ……それにあそこの子どもだよ』


……絶望した、弟も父親と一緒で顔色一つ変えずに子どもを生け贄にする。


『子どもは見逃せ!』


『兄さん、もう歳なんだから興奮しないで……』


あと一年の辛抱だろうと弟に抗議したが、まるでこちらが聞き分けのない子どものように……その晩は泣いた、人知れず静かに泣いた。


『ワシが山に行く』


『……兄さん?』


翌日の朝、覚悟を決めたその人物は村長である弟に生け贄の交換を申し出る……子ども達の代わりに自分が山へ行くと。


『その代わり子ども達は見逃せ』


『兄さんそこまで……わかった、兄さんの言う通りにするよ』


村長である弟にやっと思いが伝わったのか素直に自分の意見が通る……自分の命を対価にしてやっと子ども達を救えたことに徒労感と僅かな達成感……そして今は亡きかつての友人達に対する贖罪の気持ちが満たされる想いだった。


『寒い……寒い……』


山の中で一人、もはや糞尿すら垂れ流して震える事しか出来ぬ自分に惨めな思いと、『かつての友人たちは皆んなこんな思いをして死んだのか』と……今までこの歳になるまで自分だけのうのうと生きて来たことに対する罪悪感が膨れ上がる。


『……泣き声?』


まだ死ねないのか、まだ友人たちに会わせては貰えないのか……そんな事を思いながら寒さによって血だらけになった自身の指を眺めていると不意に子どもの泣き声が聞こえてくる……死の間際に友人たちの走馬灯でも見ているのかと覚悟を決めたところで──


『──なぜ子どもが……』


『さむいよー』

『おなかすいたよー』

『おかあさーん』


信じられない事に目の前には生きた子ども……それも自分の村の子ども達だった、その人物は混乱した。激しく混乱した。


『君たちどうしてここに……?』


『そんちょうがね、ぼくたちはいらないって』


『おきゃくさまがくるからいらないって』


『おかあさんにめいれいしてた』


愕然とする思いだった……今まで自分の意見を受け入れなかった弟が素直に引き下がったのはその方が都合が良かったからだろう……騙されたのだ。


『さむいよー!』

『いたいよー!』

『おなかすいたよー!』


子ども達が泣いている、自分の目の前で泣いている、寒さに震えて泣いている、腹を空かせて泣いている、母親を求めて泣いている、しかしもう自分には身体を動かす余力はない。


『あぁ……愛しき子らよ、せめて……歌いなさい』


『どうして?』

『なんで?』

『おかあさんむかえにきてくれる?』


子ども達になけなしの体力を振り絞って声を掛ける……自分に身体を動かす余力はない、しかいまだ惨めにも生きているのなら面倒を見なくては……子どもには何の罪もないのだから。


『歌えば寒くもなくなるし、お腹も空かないよ?』


『ほんと?』


『あぁ、本当さ』


体力のない小さい子どもでは直ぐに死んでしまうだろう……しかしそれでも最期の時は泣かず笑顔でいて欲しいから……子どもには笑顔でいて欲しいから……歌わせる。


『──♪ ──♪』


それはリズムもテンポも音階もバラバラで、とても合唱と呼べるものでは無かったが気が紛れたのか子ども達は笑顔だった……それを満足気に眺めてとうとう限界が来る……。


『……対価?』


涙を流しながら己の無力さを噛み締めながら死にゆく彼に魔力が反応する……もはや彼に払える価値あるものなど……幼くして亡くした友人の粘土だけ、あの時から何十年と捨てられずにいたそれを彼は、子ども達を救えるならと差し出した。


『オイデ、一緒二歌オウ』


ようやくして『願望』は叶い、子どもたちは小鬼として……その手脚を冷たい雪から、寒波による霜焼けから守るため粘土の不定形へと変えて救われた。


『サァ、君タチモ』


幼い時から進めなかった老いた小鬼はそれからも……別の村から捨てられた子どもを、老婆を拾い救っていく……。


『オ腹ガ空イタ、寒イ』


拾って救い、その数を増やして……『百鬼夜行』は夜な夜な村から食料と燃料を奪っていき……一つの村の村長を殺害した。


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