第1話.初の討伐任務
「失礼します」
久しぶりに親友のリーゼリットと談笑した翌日、特別対魔機関バルバトス本部の指定された部屋にノックと共に入室する……そこでは既に上司であるガイウス中尉が待っていた。
「来たか、これが命令書だ」
バルバトス本部の防音処理の施された個室で軽い挨拶をした後、ガイウス中尉から早速と言わんばかりに光を吸収する様な黒い封筒を渡される……おそらくこれが初の任務の内容が書かれている、はず。
「読みながら説明する、終わったら直ちにそれは焼却処分せよ」
「了解致しました」
狩人は世間に知られては不味い任務の命令も下される……それを防ぐために燃やすのだろうと、焼却処分の理由にアタリをつけながら黒い封筒から指令書を取り出す。
「推定任務難度はレベルⅠからⅡ、種別は捕縛及び殺害だ。場所は帝国北部の中領地のウィーゼライヒ子爵領」
「尋問と殺害……」
どうやら魔物を倒した魔法使いが街の中に紛れ込んでいて、それを発見した領民から通報を受けた領主であるウィーゼライヒ子爵が帝国政府へと魔法使いの対処を依頼、それを受けて帝国政府は手負いの魔法使いならば可能性はあるとして、可能であるならばできる限り捕縛し、情報を搾り取る事も視野に入れての任務を発行した、と。
「最近は減ったが、元々北方の領地は冬になると魔物が出やすく、それとそれを狙った魔法使いの被害が多い地域だ」
冬になると越冬できない餓死者が続出するのに加え、飢えを満たしたい、子どもを救いたい、暖かい布団に眠りたい……こういった大小様々な人の欲望と願望が満ち溢れ、魔力残滓と共鳴してしまう……それ故に毎年のように狩人か機士が派遣され早期に討伐されるという。
「つまり、出現した魔物は今年産まれたばかり……長くとも去年の討ち漏らしだろう」
「……新人にうってつけという事ですね」
「その通りだ」
その為にまだ産まれてきたばかりで自身の能力にも気付いておらず、成長もしていない魔物は新人の初陣によく選ばれる……それは魔法使いも同じ事で、今回の様に先を越される事もあるらしく、その場合は魔物の討伐ではなく、魔法使いの殺害任務に切り替わるらしい。
「今回の相手は俺たちの本領である魔法使いだ……そのため今年は機士ではなく狩人が派遣される事になった」
ウィーゼライヒ子爵領の領都にて怪しげなガナン人を見かけた人からの通報があり、早期にこれを捕縛ないし殺害することが求められる……悪い人もいるのだろうけど、クレルと同じガナン人を殺害するのは……少し躊躇してしまうわね。
「考え込まなくとも、身体的特徴から『名持ち』ではない……殺害実績にはカウントされないが手こずる相手でもない」
「……はい」
おそらく私が怖気付いたとでも思ったのでしょう……都合がいいから勘違いさせたままにしておくけれど、やはり気が滅入る……これもクレルを探し出すためだと自分に言い聞かせる……大丈夫よ、今回は別に殺害しなくても大丈夫なんだから。
「お前たち新兵にまだ『名持ち』は早いからな」
『名持ち』……それは魔法使いの中でも特に危険な思想や力を持っている『特別指定殺害対象』だ。発見次第全てに於いて優先して殺害、もしくは捕縛しなければならない……特に有名な名持ちの魔法使いは、私のクレルを攫って行ったという『大樹』と『未来視』、そして『災厄』だろうか……もっと居るが特に危険なのはこの三人だと聞いている。
「お前もいずれ相対する事もあろうが絶対に近寄らず刺激するな? 必ず俺か、自分の師匠に助けを求めろ」
「はい」
つまり今回の任務はその前に大して危険ではない新人を狩って、対魔法使い戦闘に慣れさせる事が一番の目的、なのかしら? ……捕縛が少し厳しい気もするけれど、ベテランのガイウス中尉も居るから大丈夫という判断、かな?
「無事に魔法使いを捕縛した後、その者達をウィーゼライヒ子爵領の〝ガナン人強制収容施設〟へと移送した後に尋問する」
「……収容施設、ですか?」
「あぁ」
自ら帝国政府へと申請し、脅威ではないと判断されたガナン人とその子ども達は〝ガナン収容区〟でのみ居住が認められる。各地にあるそれらを纏めて『ガナリア区』と総称する。……だけど、野良の魔法使いや脅威だと認定されてしまえばそれすら許されず、各領地の強制収容施設に監禁され、猟犬や軍馬の素材として管理される。……本当に、同じ人間としては扱わないのね。
「
魔法使いの組織としては最大で、帝国政府も迂闊に手が出せない
「〝タルタロス〟に送られるような魔法使いではないから心配する必要はないが、油断はするな」
「それは……まぁ、はい」
『絶対冥府タルタロス』……全十回層に別れる地下牢獄であり、殺す事の出来ない超凶悪な魔法使いを監禁・拘束しておく為の、厳重な防衛体制と監視体制の整えられた難攻不落の要塞、だったかしら? ……捕らえた者の魔力を猟犬等の特殊兵装で拷問する事でゆっくりと溶かし、素材とする役割も担っていたはず。……そしてそんなタルタロスに収監される魔法使いは最低でも脅威度Ⅴ……正真正銘の化け物達だ、そんな人達と戦うなんて無理……戦闘にすらならないと思う。
「ただ……一つの懸念事項として、今回の目標である魔法使いが討伐した魔物以外にまた別の魔物が出現している可能性がある」
「別の魔物、ですか?」
「あぁ……魔法使いが未だに『ウイーゼライヒ市』に留まっているのも、この魔物を狙ってかも知れん」
なるほど、ただ戦いの傷が癒えるまでの潜伏している……等という簡単な話ではなく、次の魔物を狙えるくらい万全な状態の魔法使いを初陣で相手する事になるかも知れないのね。……それにクレルが教えてくれたから知ってるわ……魔法使いは魔物や同族を倒した後、その遺体から漏れ出る魔力残滓を取り込んで自身を強化すると共に土地の汚染を防ぐと、だから本当に狙っている可能性が高い。
「それを狙うわけですね」
「そうだ、少なくとも奴らは魔物を一体討伐したばかりのはずだ」
これもクレルから聞いたわ、魔力残滓を取り込んだばかりの魔法使いは魔法の制御が疎かになるから極力戦闘を避けるって……本当に魔法使いという敵に対して詳しいのね。
「奴らには何もさせるな、速やかに殺害する」
「……はい」
街で聞き込みをしてその足取りを辿って行って速やかに狩る……ただのガナン人であるならば申請を促し、拒否されれば魔法使いと認定する……確認するまでもなく魔法使いならばその場で即殺が望ましいと言う……私は魔法使いにも良い人が居るって信じて……いや、知ってるのに。……でも、まずは魔法使いかどうかを確認して、そうじゃないなら申請を促すというガイウス中尉のやり方は、狩人の中では温厚……いや異端ですらある。それを考えれば、最初の上司が彼で良かったと思える。
「それでは明日の汽車に間に合うように駅で待ち合わせだ」
「了解致しました」
軽い打ち合わせが終わり、暖炉に命令書をくべて焼却処分をする。……今日はこのまま帰ろう、まだガナン人を……クレルの同胞を殺す事に忌避感を覚えるけど拒否すれば私が疑われて、殺されてしまうかも知れない。
「……クレル、今どこでなにをしているの?」
もう七年だよ? ……早くあなたに会いたい、会ってまたお話がしたい……この七年間であったこと、昔の思い出話……それにまた魔法について、あなたについて講義して欲しい……。
「……できたら返事も聞かせて欲しい」
まさか命が助かるとは思わなくてあの時は告白してしまったけど後悔はしていない……できたら会って直接返事を聞かせて欲しいし、あなたの為にお洒落も勉強したのよ?
「……綺麗になったかな?」
クレル、あなたの為なら私はこの手を汚せる……私の為に汚してくれたあなただから……だから早く顔を見せて欲しい、成長して凛々しくなったクレルを見せて欲しい……待ってるから。
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