第7話.小鬼

「……ほぼ手付かずだな」


「……(コクッ」


日も登りきらない早朝、俺たち二人は件の山を這いずり回って調査していた……。旅の疲れが溜まっていたのか見張りを交代してからは深い眠りに付き、リーシャに起こされるまで夢すら見なかった……身体を揺すられる感覚に重い瞼を開けると涙目のリーシャが『お、きて……おきて……くだ、さい…………!』と必死にこちらを起こそうとしており、ビックリして完全に眠気が吹き飛んだ……慣れない目覚めに未だ落ち着かない。


「食用ではないが、生い茂ってはいるようだ……ここに鹿でも居れば少しは違ったのだろうな」


人間は食えないだろうが、害獣にも指定される鹿が生息していたら狩猟で少しはタンパク源を確保できて、村の状況も少しは違っていたのだろうに……。


「……(コテンッ」


「……あぁ、鹿は文字通り雑食でな? 放っておけば新芽まで食い漁り、繁殖すれば山を一つ禿山にしたことも結構あるようだ」


「……物、知り……なん、ですね……?」


「……師匠が長生きだからなぁ」


実際にどのくらい生きているのかわからない……本人に聞いても『百から先は数えてない』などと素でほざきやがる……まぁ、そのお陰で知識には困った事は無い。魔法使いは誰かを対価として魔法を使ったり、魔物を討伐してその魔力を取り込むことで他人の記憶……つまり知識を吸収できる。気を付けねば自分が誰だかわからなくなるが、その分長生きの魔法使いは実力、経験、取り込んだ魔力量……そして並々ならぬ知識がある。それらが魔物になるのだ、その脅威は計り知れない。


「……人の物でも、動物の物でもない足跡が複数あるな」


「……(コクッ」


しばらく山の中を歩き回り、そろそろ日が地平線から全貌を表して早朝も終わるかという頃……人間の物でも、ましてや動物の物でもない足跡が複数残っているのを発見した……間違いなく件の小鬼だろう。


「……この降雪が多い地域で足跡が残っているとなると……近いな」


「……(コクッ」


昨晩の降雪は無かったが、足跡が残っているということはそれほど日にちは経っていないのだろう……警戒しなければならない。


「リーシャ、すぐに戦える準備を──」


『──ダ"ァ"レ"?』


「「っ?!」」


リーシャと二人、急ぎその場を飛び退く……いつの間に横に現れたのかさっぱりわからなかった。……これが小鬼だろうか? まず東方諸民族に伝わる鬼の容貌を知らないのでなんとも言えないが……人間の赤ん坊をそのまま成長させず十歳程度まで身体を大きくした程度のサイズだな。


「……こいつが小鬼か?」


「……」


その顔は死体のように青白く、額からは子牛ていどの角が生え揃い、瞳は墨を溶かした水のように黒塗りで光を反射する。身体の節々からは凍傷だろうか……? 赤く爛れて血が絶えず流れ続けており、なによりも異様なのはその手脚だろう……雪に墨を混ぜたような色合いと質感でありながら不定形であり、絶えず形が流動して変わり続けている。


「リーシャ、奴が立ち止まっている間に武器を」


「……わか、りまし、た……『我が願いの代償は愛しき鉄人形 望むは苦難を祓う鋭き槍 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため その身を武器と化せ』」


「助かる」


リーシャが魔法によって造り出した鉄の槍を受け取る、穂先に泣き顔を浮かべた人形の意匠が付けられたそれは陽の光と雪を反射し、力強い光沢を魅せ使い手を安心させる。


「リーシャはもしもの時は後ろで援護を──」


『──ア"ソ"ン"デ"ク"レ"ル"ノ"?』


「っ?!」


「……囲、まれて、しま……いまし、たね……」


ありえん、いったいいつの間に背後をとられた? それに驚いている暇もなく気付けば目の前、横、背後、頭上の木の枝、遠くから……小鬼の群れに囲まれてしまっている。


「……すまんリーシャ、どうやってこちらの意識を掻い潜っているのかわからない以上は守れないかも知れない」


「……(フルフルッ」


「……ハハ、頼もしい相棒だ!」


『ワ"ァ"イ"!』


こちらの正直な弱音に、なにも心配要らないとばかりに強い意志を乗せた表情で首を降るリーシャが頼もしく思える……マーリン様の太鼓判は間違いがなかった!


「シイィ!!」


『タ"ノ"シ"イ"! タ"ノ"シ"イ"!』


『モ"ッ"ト"!"モ"ッ"ト"!』


目の前の飛び掛ってくる小鬼の腹を蹴飛ばして左横の小鬼にぶつけ怯ませ、頭上から落ちてくる者の首に槍を突き刺して地面に叩きつけ、右横から殴りつけてくる小鬼の腕を穂先で切り飛ばしてから石突で喉を突き、吹き飛ばす。


「『我が願いの対価は歓喜の鉄人形 望むは敵を寄せ付けない囲い 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため その身を犠牲にせよ』」


「ふんっ!」


リーシャが余裕を持ってちゃんと詠唱してから魔法を行使できるように露払いに努める……守れないかも知れないとは言ったがそれを実現する気は毛頭ない! ……それに急ぎの時は仕方ないが、できるだけ詠唱をしてから魔法を行使した方がその効力も制御力も大分違う。


『モ"ッ"ト"──ギ"ャ"ッ"?!』


これが普通の人間の子どもだったのなら微笑ましいと言えるような輝かしい笑顔を浮かべてリーシャに突撃した小鬼がリーシャの魔法で造り出した、彼女の周りを囲む十字の鉄器の一つにより頭を潰される。


「……わた、しの事は……気にせず……!」


「っ! 了解!」


本当に彼女は優秀だ……普段はちょっとしたコミュニケーションもまともに取れないが戦闘に於ける頼もしさは筆舌に尽くしがたい。


「『我が願いの対価は嘆きの鉄人形 望むは仲間を助ける砲弾 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため その身を投げよ』」


「『我が願いの対価は愛しき薔薇 望むは頑強なる肉体 君を愛で 君を育み 君を摘んだ私に その献身を!!』」


リーシャから放たれる鉄の砲弾の支援を受けながら肉体強化の魔法を行使する……薔薇の香りを纏わせ、溢れ出る力の限りに槍を無造作に振るう!!


『バ"ァ"?!』


『キャ"ッ"キャ"ッ"!』


いくつかの小鬼を掃討し、空いた空間に躍り出て中距離を維持しつつ奴らを迎え討つ。前方の小鬼に対して右下へと振り下ろす槍の穂先で胸を撫で、振り向きざまに石突で後方の小鬼足を払い、勢いを殺さずそのまま谷間を描くように持ち上げ、右肩の上から振り下ろすようにして胸を撫で切った奴の背後から飛び出してきた小鬼の頭を穂先でかち割る。


『イ"タ"イ"イ"タ"イ"ヨ"……』


『カ"ナ"シ"イ"ヨ"……』


「せえぇい!」


次第に小鬼達の数が減ってくる……もう少しだとリーシャと顔見合わせ頷き合う。左横の小鬼の顎を石突で砕き、右脇下から振り上げるように頭上から飛び降りてくる小鬼を両断し、リーシャへと向かう小鬼の背後から心臓を貫く。


「……そろそろか?」


「……」


リーシャと背中合わせになりながら小鬼を睨み付け、昼までに終わらせてやろうと戦意を滾らせ槍を振るう。……懸念事項と言えばこちらをただジッと見詰めるだけの他とは様子の違う小鬼が居ることか。


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