第8話.逃走
「ふぅ〜、粗方片付いたか……」
「……」
時刻は昼頃だろうか? ようやく太陽が真上に差し掛かり始めた頃合……やっと小鬼共を討伐ないし追い払う事ができた。
「……大丈夫か?」
「……(コクッ」
リーシャの安否を確認するが大丈夫そうだ……本当に彼女は優秀な魔法使いだ、的確な支援、的確な攻め、的確な守り、どれをとっても過不足なく熟す……彼女がいなければ危ない場面もあった。
「……にしても多いな、手分けしてやるか」
「……(コクッ」
辺りには小鬼たちの物であった魔力残滓が溢れている……倒した小鬼たちと同じ数だけあるので正直これを全て取り込むのかと、二人して気が滅入る。
「しかし、魔力残滓が出た事から小鬼が魔物なのは確定だが……」
「……さす、がに……弱す、ぎ、ます…………」
「あぁ……」
ただの腕の一振で大木をへし折るのはさすがに魔物と言ったところだが……本当にそれだけで、後は数が多いのだけが厄介だったというのがどうにも腑に落ちない。
「それに魔法や槍の一撃で倒せたのもおかしい」
「……全体、的に……能、力……が低、過ぎま……す……」
そうなのだ、魔物としては弱すぎてこれでは村人でも工夫次第で二人で一人を相手にすれば勝てるだろうと言うほどに……でもそれはありえない、魔物とは文字通り災害なのだから。
「……そしてなにより、この山の環境で産まれた魔物だ……討伐難度IV以上も覚悟していた」
「……(コクッ」
昨日考察したようにこの山の環境で産まれたにしては異端過ぎる、なにか他の特徴や力があるのではないかと思う……それは彼女も同じなのだろう、難しい顔で頷く。
「……いったい何を見落としている?」
「……」
彼女と二人で魔力残滓を取り込みながら思案する……ここまでの情報の限りではあそこまで弱いのは難しい……いや、考えられない。しかしながら現実にはこの弱さだ、なにかを見落としていると考えるのは自然だった。
「……終わったか、魔力が身体に馴染むまで一日は戦闘を避けつつさらに詳細な調査をしよう」
「……(コクッ」
魔力残滓を取り込んだ後は魔法の制御が甘くなる、身体に馴染むまでは極力戦闘を避けるべきだろう……喩え弱くとも数だけは多く、不測の事態は容易に考えられるのだから。しかしだからといって調査しない訳にもいかない……わからないことも多いため、慎重にいこう。
▼▼▼▼▼▼▼
「ちっ……クソっ!」
「はぁ……はぁ……」
雪が降り積もり山の斜面という滑りやすい最悪の足場をリーシャと二人で駆け抜ける。こうなったのも調査をしている途中で見つけた広場にて軽く三桁を超える数の小鬼と遭遇したからだ、さすがにここまでの数は想像以上だ……逃げるしかない。
『ア"ハ"ハ"!』
『ウ"ェ"ー"ン"!』
『ネ"ェ"ネ"ェ"!』
クソっ! しつこいな! 奴ら小鬼共は木の枝を飛び移り、斜面を滑り落ち、駆け抜け、こちらを追い立てる……魔法以外の代替処置として、そこらの草を編んだ紐で石を投擲する、羊飼いの投石は痛いぞ?
『ギ"ャ"ッ"?!』
『イ"タ"イ"イ"タ"イ"ヨ"……』
直近の小鬼の頭から投石でぶち抜いていく……やはりそれで倒れるあたり本当に弱いのだろう、しかしながら数が多すぎる! これはドッペルゲンガーの線は薄いな……ここまで短期間に共感者を産み、自身と同じ魔物まで育て上げるのは無理がある。
「はぁ……はぁ……『我が願いの対価は麗しの鉄人形 望むは私を逃がす殿 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため 起きよ』」
リーシャが走りながら魔法を行使して、鉄できた巨大な球体関節人形を三体造り出す。水銀でできたドレスを着たそれらは小鬼たち目掛けて走り出す。
「すまん、助かる!」
「はぁ……はぁ……で、も……はぁ……すぐに、効果……切れ……ま、す……!」
「問題ない!」
今は少しでも手数が増えるだけで大分ありがたい……ここまでの自立式を走りながら……それも魔力残滓を取り込み、自身の魔力に異物がある状態で造り出したのだ……喩えすぐに効果が切れると言っても素晴らしい事に違いはない。
「『我が願いの対価は愛しき薔薇 望むは頑強なる肉体 君を愛で 君を育み 君を摘んだ私に その献身を!!』」
せめて彼女の負担を減らそうと魔法で身体強化を施し、後ろから膝裏を腕に乗せるようにしてリーシャを抱きかかえる。
「きゃっ?!」
「すまん! 後でいくらでも謝るから今は許してくれ! 今のうちに呼吸を整えて!」
「……うぅ……は、い…………」
人とコミュニケーションを取ることが苦手な彼女だ、ましてや身体に触れられるなど恐怖でしかないだろうが緊急事態故に許して欲しい……こちらに決して邪心はないのだから。
「すぅ……はぁ……『我が願いの対価は悲しみの鉄人形 望むは仲間を助ける砲弾 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため その身を投げよ』」
『ギ"ャ"ッ"?!』
『ガ"ッ"?!』
彼女もその事がわかっているのか即座に気持ちを切り替え、固定砲台としての役割を熟してくれる……自分が頑張って築き上げてきたこちらに対する多少の信頼もあるのだろう。
「っ?! しまった……」
「なに、が……っ!」
もしかして誘導されたか……? 目の前には断崖絶壁、下は表層のみだが凍りついた川……急ぎ振り返るも周りは百の小鬼たち……。
「ま、ずい……です……ね…………」
「あぁ……」
この不安定な足場で範囲も狭く、襲ってくる敵の数は膨大……とても二人だけで処理しきれるとは思えない、これが師匠たちなら違ったのだろうが。
「……リーシャ、覚悟はいいか?」
「……息、を……止め……て、おき、ま……すね…………」
リーシャはこちらの問いかけに瞳から光を無くし、半ば諦めの表情で頷きながら返事をする……その際に宣言通りに息を止め、目を瞑る。
「……三、二、一!」
数を数えてリーシャと呼吸を合わせ、小鬼たちが追い付く前に一気に崖から飛び降りる。
『キ"ィ"ー"! ヤ"ァ"ッ"!』
「ガッ?!」
「っ?!」
逃げられる事に腹を立てたのか、一人の小鬼が奇声を挙げながら拳大の石を投げる……不幸な事にそれは俺の後頭部に直撃してしまう。
「……リー、シャ、掴ま、れ」
「……ぁ」
こちらをビックリした表情で目を見開いて凝視するリーシャに安心させるように微笑み、よく掴まっておくように告げる。……泣きそうなリーシャの顔を最後に視界を閉ざし、せめて彼女は助けようと庇うように身体の内側へと抱き留めて、表層の氷を頭で突き破って着水する。
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