第6話.考察

「……ここは」


「……気が付いたか?」


「っ?! …………(コクッ」


あの後気絶したリーシャを抱えて山の中まで運び、焚き火を焚いてから魔法で温度を維持し続けていたところ彼女の目が覚めた……一応また気絶しないようそっと声を掛けた甲斐があったのか、驚きはしものの今度は気絶はしなかった。


「……大丈夫か?」


「……(コクッ」


「仕方がなかったとはいえ、ここまで運ぶために意識のない君の身体に触れた……それもすまない」


「…………(フルフルッ」


まさかあそこまで人見知りが激しかったとは思わなかった……まだまだ彼女のことを甘く見ていたようだ。仕方がなかったとはいえ意識がない女性の身体に触れ、抱き抱えた事もあわせて謝罪すると少し時間を置いて、微妙に顔を赤くしながら許してくれた。


「少し集めた情報を整理したい……いいか?」


「……(コクッ」


依頼を受注した際に受けた説明と依頼表に書いてある詳細……そして昼間にリーシャが慣れない人とのコミュニケーションを頑張って得てくれた現場の生の声と実際に見て回った村の様子……これらを材料にこの依頼を遂行するために一緒に考えていきたい。


「まず、小鬼がそうなのかはわからないが魔物が居ることは確実だ」


「……(コクッ」


実際に来てみてわかったが、この山は魔力残滓濃度が今まで魔物が出たことがなかったのが不思議なくらいには高く、そして麓の村々の環境を見るに魔物が産まれるには申し分ない環境と言える。


「この二年前まで半ば閉鎖された社会だったのも不味い」


「……(コクッ」


まずこの地域の冬の厳しさを聞く限り単純で純粋だが人間の強い欲求である『食欲』と『生欲』は確実に高まるだろう……これだけでもう充分だがこの閉鎖された社会で『生贄』とも言える山に捨てる者を選ぶ行為、それが狭い村というコミュニティに於いてどれほどの疑心暗鬼と嫉妬、憎しみを生産したのか……また小さい共同体でもあるためその感情を消費する事もできず溜め込むばかりだっただろう……。


「特に若い夫婦と村長含めた初老から老人世代の確執は大きそうだ」


「……(コクッ」


二年ほど前まで山に捨てる行為は普通に行われていたという……であるならばやっと授かった自らの子どもを捨てさせられた者達も多いだろう、そして自分たちの子どもは犠牲になったのに、時間切れで助かった村長たちの世代が憎いだろうし妬ましいだろう……なまじ話し合いの多数決という形を取っているために、子どもを捨てさせる行為を強要した村全体、少なくとも賛成した者たちと若者の間では酷い軋轢が生まれているだろう……これはほぼ想像になるが間違いないと思う。


「人の願望や欲望に於いて、負の感情はわかりやすく強い」


「…………それ、に……持、続性……が高い……で、す……」


「……あぁ」


まさか返事が彼女から返ってくるとは思わなかったため、少し驚く。……ともかく負の感情が一番強いとは安易には言わないが……一番わかりやすく、それでいて持続性が最も高いと言える。魔力や魔法は地形にも影響され、また影響を与える……そんな澱んた負の感情が、この山に囲まれた盆地という『何かを貯める形』をしている場所で何世代にも渡り魔力に影響されながら蓄積され続け遂には溢れ出し、魔物を産み出したのだろう。


「……もしかすればこの依頼、討伐難度はレベルIIどころではないかも知れん」


「…………(コクッ」


それは彼女も充分過ぎるほど解っているのだろう……顔を青くして頷く。もしこれらの考察が事実だとしたら……いや、半分でも当たっていたとしたら……産まれ出た魔物は相当強力、あるいは特殊である可能性が非常に高く……危険だ。


「供物の準備を念入りにしておいて正解だったな……少なくとも生存率は上がる」


「……(コクッ」


なぜ受付でこの依頼を受けることを渋られたのかが実際に来てみてやっとわかった……不確定要素が多すぎるなんてものじゃない、協会としても想像がつかなく、判断出来なかったのだろう……しかし判る範囲では新人が受けても問題ない難度であるため、判らない点が多いという理由では受ける事を断ることも出来なかったに違いない……依頼主が帝国政府だからな。


「ふぅ〜……これ以上は考えてもどうにもならないし、危機感を共有できただけで良しとしよう」


「……(コクッ」


それにもう夜が更ける……これから出歩いての調査もさっきした考察から危険過ぎると判断できる。もう後は明日に備えるぐらいしかないな……。


「…………あ、あの!」


「……どうした?」


彼女から話し掛けてくるのは本当に珍しいし、今まで接してきた経験から相当の覚悟と精神力がいるのだろう事がわかる……なにか見落としでもあったのだろうか?


「……あ、その……えっ、と……良い、天……気です、ね…………」


「……曇り夜空だが」


「……(ビクッ」


「あぁ、すまない! そうだな、良い天気だよな!」


こちらが身構えていたところで天気の話という斜め上を行く想定外の話題に思わず素で返してしまう……彼女がそれに対してビクつき、瞳に涙を滲ませた事で、これが彼女なりの親睦を深めるためのスキンシップだと気付きフォローを入れるが……まぁ、手遅れだよな。


「すまない、気が利かなかった……」


「い、いえ……わた、し……の方こ、そ……」


うっ、また気まずくなってしまったな……まだまだ彼女の扱いには慣れないがなんとか仲良くたいし、それはわざわざ慣れない話題振りをした彼女も同じ気持ちだろう。


「…………そ、の……いつ、も首、に……下げて、い、る……椿の、華……のペン、ダ……ントは…………」


「……あぁ、これか」


俺にも良くわからん……良くわからんがなぜか手放す事ができない。……何度も邪魔だし、少女趣味だから捨てようとしたがその度に涙が溢れて止まらなくて……終いには師匠から『そんなに大事なら肌身離さず持っておけ、理由が欲しいなら魔法使いとしての切り札と思えばよかろう』と、呆れられた物だ……なぜか俺にとって自身の命と同価値以上の存在らしいが……理由がわからない。


「……本当にいつの間にか持っていた出所もわからん曰く付きのくせに、捨てる事ができないんだ……」


「……大事、な……物な、んです、ね……」


「……あぁ、そうだな……多分……よほど大事な物、なのだろう……」


本当に大事な物なのだろう……なぜ出所を覚えてないのかさっぱりわからないが。


「……もしかしたら行方不明の父親の形見かもな」


「……お父、さ……んが……行、方……不明なの……です、か…………?」


「あぁ、何処で何をしているのかどころか……顔すらわからん」


ディンゴを……お兄ちゃんを犠牲にした時に父親を探して見ろと言われたが、終ぞ……師匠と過ごしている間に手がかりはまったく得られなかった。


「……だからこの大陸を統一している帝国中を依頼で飛び回る奈落の底アバドンでの活動が、父親に繋がる手がかりを得られる近道なんだ」


「……そう、なん……で、すね…………」


同じ魔法使いである父親を探すのに、これほど適した組織はないだろう……魔物や魔力と魔法使いは切っても切れないし、国中を探して周りながら依頼によって日々の食い扶持も稼げる……都合がいいことこの上ない。


「……さて、そろそろ明日に備えて寝よう」


「……あ……は、い…………」


「不寝番なら俺が先にやっておくから寝てていいぞ」


「……あり、が……とう……ござい、ます…………」


こちらに申し訳なさそうに頭を下げながら礼を言った彼女はその場でコートにくるまり寝息を立て始める……慣れるまではまだもう少し、この依頼が終わるまではかかりそうかな?


「……おやすみ」


普段の彼女からは想像できないほど、無防備で幼気な寝顔を晒し、無垢な寝息を立てる彼女に向かって就寝の挨拶をしてから、交代の時間まで警戒しつつ見張りをして夜を過ごすのだった。


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