第327話ヒンヌー教徒


「ハンネスさんは常に回復をバラ撒いて下さい」


「チッ、回復特化じゃないんだがな!」


 だとしても無いよりはマシでしょう。蘇生も出来るのできて、そこそこの回復量があるのですから良いではありませんか。

 何よりも覚者は正しくハンネスさんやマリアさんの天敵と呼んでもいい存在です。同じ秩序側であるため特効攻撃ができず、素のステータスに大きな開きがあるせいでまともなダメージは見込めず、そして秩序側らしく回復能力も備えているでしょう。

 脊椎レベルで相手の次の行動を読み取る能力もあり、削り合いになればどちらが有利かは明白です。ハンネスさんやマリアさんの強みが通じないため、これほど二人へ放つ刺客として相応しい存在は居ないと思える程です。


「力の差を、相性の不利を、これでもかと見せ付けて説明してあげたつもりなんだけどね……まだ諦めてくれないのかな?」


 その言葉と共に飛来する何かを糸で絡め取る。


「やはり、自らの脊椎も飛ばせるようですね」


「気付いちゃった?」


 こちらは直接打ち込まないといけないみたいですが、どんな効果があるのか分かったものではありませんね。






「なのでプレイヤーでは絶対に勝てません、マリア様とは特に相性が悪いのです」


 ヒンヌー教祖から覚者の情報を聞いた僕とマリアの感想は「うわぁ」の一言だった。

 攻略する為のギミックがあるのかも、あったとしてもそのヒントすらも分からないクソゲー難易度に戦慄する。

 運営はこれ絶対に倒させる気がないだろとしか言いようがないバランス崩壊が覚者だ。こんなボスキャラを、適正レベルでもなければ対抗策も無いプレイヤーにぶつけるとか何を考えているのか。

 これがレーナさん一人だけなら「まぁ、明確な規約違反はやってないと思うけど、今までやり過ぎた事によるBANみたいなものかな」と無理やり納得させる事は出来なくもない。けれどマリアとハンネスはそんな事をさせる謂れはないだろう。変態紳士は知らない。


「運営は何を考えてそんなキャラを用意したの?」


「用意したのは運営では――と、すいません。ネタバレ防止の規約に引っ掛かるようです」


 忌々しそうに中空を見詰めるヒンヌー教祖の視線の先に、恐らく警告文が出ているのだろう。

 このゲームは他のプレイヤーへと故意にネタバレとなる情報を伝えようとすると、たまに『あと何回でアカウントが制限され、あと何回でBANされす』というような警告文を出してくる事がある。

 お互いに同意の上なら問題が無い事もあるが、シナリオによってはそれでも駄目だという時がある。匙加減は完全に運営に委ねられていると言えた。


「はぁ、まぁ仕方がないですね……ですが伝えられる範囲で危険性は伝えました」


 諦めたようにそう口にしたヒンヌー教祖は、続いて真面目な顔でマリアへと手を差し出す。


「貴女一人なら見逃して貰える。どうか僕の手を取ってください」


 片膝を突き、愛を乞うような仕草でマリアを見詰める。

 まるで愛の告白、プロポーズのような光景に無意識のうちに眉間に皺が寄る。


「ごめんね、やっぱり友達を見捨てる事はできないかな」


 横から聞こえた言葉に「まぁ、そうだよね」と自然と肩の力が抜ける。


「酷い目に遭うかも知れませんよ」


「知ってるよ」


「ここまで育てたデータが消えるかも知れませんよ」


「また一からやり直せば良いよ」


 マリアは笑顔だった。見るもの全てを安心させるような可憐な笑みで目の前の男の子の不安を蹴り飛ばしていく。

 僕も、彼も……そんな彼女に一瞬見惚れて、そして直ぐにお互いと目が合ってハッと我に返る。


「ん、んん! ……そうですか、分かりました」


「いいの?」


「えぇ、全ては聖母の御心のままに」


「そういうのやめない?」


 小声で「アカウント名ミスったかも」なんて呟くマリアに、いいやお似合いだよなんて思いながら後方彼氏面をしてみる。……いや、まだ彼氏じゃないけど。


「私は雇われの身ですから同行する事はできません……どうか、お気を付けて」


「うん、心配してくれてありがとう」


 結局ヒンヌー教祖は情報を提供してくれただけだったな、身構えて損をした――そんな考えが間違いだった事はこの後すぐ判明した。

 笑顔で手を振りその場を後にするマリアに続くため、僕も彼女を追い掛けようと足を踏み出したその時だった。


「おいユウお前コラ、小判鮫、なにナチュラルに後を追い掛けようとしてんだガキ、おう?」


 お互いの鼻と鼻がくっ付くくらい至近距離でメンチを切られ、そのあまりの近さと衝撃に驚きと冷や汗が止まらない。


「ち、近っ……」


「あれ? ユウ?」


「マリア様はお気になさらず、一応私が分断に加担しているというアリバイ作りの為に付き合って貰うだけです。分断しようとしましたが、マリア様には逃げられたと、そういう事です」


「な、なるほど?」


 いや絶対違うから! さっき発言聞いてないの!? コイツ僕のことを小判鮫とか、ガキとか呼んだよ!?


「ささっ、マリア様は手遅れになる前に!」


「う、うん……ごめんね! 先に行ってるね! ユウも適当なところで切り上げてよね!」


「ちょ、待っ――」


 マリアへと伸ばしかけた手はヒンヌー教祖に遮られ、届く事はなかった。

 遠ざかる足音を聞きながら、こういう場面でも人を信用し過ぎるのはどうかと幼馴染ながら思わないでもない。


「さて、出番ですよ皆さん――」


 ヒンヌー教祖が気取ったように指をパチンと鳴らせば、いったい何時から隠れていたのか、十人程度の人間が周囲の木々から降り立った。

 その全員の服装は統一されており、みんながヒンヌー教祖と同じような軍服と特攻服を混ぜたような衣装を着用しており、背中の部分にはデカデカと『ヒンヌー教徒』の文字が刺繍されていた。

 もうこの時点で目の前の人物達が何者なのか、簡単に察せられるというのもだろう……僕の目は死んだ魚の目になっていた。


「――聖母は我らのッ!!」


「『光ッ!! 光ッ!!』」


「――聖母に仇なす者はッ!!」


「『万死ッ!! 万死ッ!!』」


「――聖母が居ないとッ!!」


「『瀕死ッ!! 瀕死ッ!!』」


「――アナタとワタシはッ!!」


「『同志ッ!! 同志ッ!!』」


「――我らは聖母のッ!!」


「『戦士ッ!! 戦士ッ!!』」


「――みんな大好きッ!?」


「『ママァァァァアア!!!!!!!!』」


 なんだ、この異様な光景は……僕は今、夢でも見ているのか?


「そしてぇ!!!!」


 呆然とする僕へと向かって、ヒンヌー教祖は両手の中指で指を差す。


「――にくっき小判鮫はァッ!?」


「『三枚下ろしィィィィイイ!!!!!!!!』」


 ぶわっと一斉に気狂い共が襲い掛かる現実に耐え切れず、僕は涙を流しながらその場から逃げ出した。

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