第325話覚者その2
「――と、そういう訳で私はマリア様を足止めする為に雇われた訳です」
「様付けはやめてね」
いったいどんなスキルを使っているのか、マリアへ笑顔を向け、そして僕に対して親の仇のような眼光を向け、そしてまたマリアに……という切り替え秒間十数回という速さで行っている。
残像が残り、まるで顔が二つに分裂したかのように感じられる異様な光景に「人によって態度を変えすぎだろ」というツッコミが喉まで出かかった。
「あぁ! マリア様と敵対したはしたくない……けれどもマリア様を救うにはこれしか!」
どうやらヒンヌー教祖は覚者がレーナさん達を殺す為に、僕たちを分断する為に雇われたらしい。
本来であればマリアを殺害、ないし覚者がレーナさん達の次に殺しに来るまでの足止め役だったのだが、そんな事を彼が引き受ける訳がない。
彼は「戦いの余波で何処か遠くに行けば、大陸北部地域から居なくなれば死んだと看做して関知しない」という言質を取っていた。
だからこそ、覚者からマリアを遠ざける為にわざわざこうしてやって来たらしい。あとついでに僕に天誅を下す為とか。
「気持ちは嬉しいけど、私はレーナさんを助けに行かなくちゃだから――」
「――マリア様には無理です」
いつも会う度にマリアを全肯定するヒンヌー教祖らしからぬ、真面目な声色での否定。
酷く申し訳なさそうでいて、けれど強い決意を秘めた複雑な表情を浮かべている。
「赤鴉に敗れたマリア様では、あれには絶対に勝てません。そして負ければゲームデータは消去されてしまう」
「は?! データの消去?!」
う、運営は何を考えてるんだ!? 普通オンラインゲームでプレイヤーデータの消去なんて、重大な規約違反によるBANしか有り得ないんだけど!?
たかだかNPCとの戦闘に負けただけでそれはペナルティとしては重すぎるんじゃないか!?
「私では勝てないって、どういうこと?」
冷静に尋ねるマリアに対して、ヒンヌー教祖は重々しく口を開く。
「あれは――」
「――私達の思考を読んでいるみたいですね」
ハンネスさんが真正面から突っ込んだのに合わせて、完全に背後からの奇襲をするも難なく躱されてはそう思ってしまっても仕方ないでしょう。
背後から狙っていると悟られないように、きちんと分身を神父の目の前に用意していたのにも関わらず、それに引っ掛からないとは。
「読心のスキルなんてあったか?」
「NPCが嘘を吐いているかどうか、直感的に分かる物ならありますが……100%成功するものではありませんし、戦闘に使える様なものでもなかったと思います」
先ほどから打ち合っていて感じる違和感――私とハンネスさんの攻撃は、最初からそこに来ると分かっていたかのような対応で退けられ、そして私達の防御の隙間を、意識の合間を縫うように繰り出される攻撃。
現実世界よりも遥かに高速で動き回る私達二人の思考を随時読み取り、そして対応する動きをするなど、ゲームとはいえあまりにも非現実的ですね。
反射的に動く方が対応速度は早そうで――
「――反射神経?」
「うーん、惜しいね」
顔に迫る拳を受け止めるべく手を翳すも、位置をズラされ顎を打ち抜かれてしまう。
視界が瞬き、スタン状態となった私へと空気を切る音が迫る。
「――レーナッ!!」
ハンネスさんの叫びが聞こえると同時に、私の意思で動かせなくなった身体を井上さんが無理やり操る。
「おや? あれ? んん?」
上げた右腕で鋭い蹴りを受け止め、流れるように足首を掴んでは地面に叩き付け、追撃として腹部を力強く踏み付ける。
両手で受け止められますが、その時には既に追い付いていたハンネスさんの強力な一撃が迫っていました。
「『倍ヶ撃』ッ!!」
三田さんに癒され、スタン状態から脱すると同時にその場から飛び退く。
同時にまだ起き上がれていない神父へと、ハンネスさんのスキルが直撃する。
「――あぁ!?」
しかし予想に反し、ハンネスさんの一撃は片手で容易く受け止められていました。
スキルのエフェクトを纏う斧を指で摘むように掴まれ、ハンネスさんが押そうとも引こうともビクともしません。
その冗談のような光景から彼我のステータスに大きな差がある事が窺えます。
「なるほど、君は中央の神殿騎士と同じで魔纏っているんだね?」
その言葉から私の従魔が何かしらの能力……読心や反射神経の様な能力の対象範囲外だったが為に不意を突く事が出来たのだと察する。
そして彼は私のように、従魔を装備して戦う者たちとの戦闘経験がある様です。
「脊髄が何本もあるようなものだ、気を付けなければね――」
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