第324話覚者


「――で? アナタはどちら様で?」


 ハンネスさんと次は何処の戦場に行って遊ぼうかと相談していたところに現れた、神父服を着た男性。

 柔らかな銀髪に、金色の瞳を持つその方の両手には手枷が嵌められており、神父の様な出で立ちにはとてもではないですが似合わない装飾具です。


「私は小さな村で教会を営んでおりました、シオンと申す者です――不幸な行き違いからつい最近まで監獄に収監されておりましたが、この度アナタ方を殺す為に一時的に俗世に舞い戻って参りました」


「なるほど、では貴方が〝覚者〟と呼ばれる者ですか?」


「おぉ、覚者! なるほどなるほど、確かに言い得て妙ですね。神の言葉を聞き、全てを知った私にピッタリの単語と言えるでしょう」


「神の言葉を? では――」


 アレですか、私が純朴神ファニィとやらに会ったのと似たような出来事がこのNPCにも起きたのでしょうか――


「――眷属神などという、システムが生み出した紛い物ではありませんよ?」


 私の思考を遮るように、低く唸る様に告げられた言葉に意識を現実に戻す。

 気が付けばハンネスさんが私と彼を隔てるように、間に入って武器を構えていました。


「おいおい、急にメタ発言しだしたぞこのNPC」


「NPC! そうです、私はプレイヤーではなくNPC! ……生身の人間では無いのです」


「は? お前、NPCを言葉として認識できるのか?」


「勿論ですとも」


 確かNPCに「お前はNPCだ」といった発言をしても上手く言葉を認識されないか、もしくは意味は通じずとも不快な気分にさせて嫌われ、好感度と共にカルマ値も下がるのでしたか。

 しかしながら覚者と呼ばれるシオンさんはNPCという単語をしっかりと認識しているどころか、自分もプレイヤーとの違いまで理解している様です。


「私はNPC、一部のモンスターや眷属神のような紛い物ではありません」


「紛い物?」


「アナタ方もそれぞれ近しい眷属神とは遭遇したのでしょう? どうでしたか? まともな会話・・・・・・は出来ましたか?」


 そう言われて二度の邂逅を思い出してみますが、純朴神も、海神も……どちらも一方的に言葉を投げ掛けてくるのみで会話は出来なかった記憶があります。

 設定として神と位置づけられているため、そういったキャラ付けかとも思いましたが、改めて指摘されると違和感がありますね。


「他のNPCと違って、感情を感じられなかったでしょう?」


「……」


 確かに他のNPCとは違い、返事をリアルタイムで返す訳でもなければ、コチラの呼び掛けに対して何らかの反応を示す訳でもありませんでした。

 そう、ただ決められた通りに言葉を話し、プレイヤーの言動に対して型通りの返し方をする……まるで他のゲームのNPC・・・・・・・・・の様な。


「あれか? 現実世界こそ神の世界、あるいは高次元の別世界だった! っていうよくある三流シナリオか?」


「ははは、違うよ」


「……」


「私が悟った真実と、この世界のシナリオにはなんの関係もないさ」


 煽りを軽く受け流され、口をへの字に曲げるハンネスさんの肩を叩いて慰める。

 こういう時は、こうして励ましてあげるのが友達としての作法だった気がします。


「この世界のシナリオとはなんの関係もないですが、私は神の御心に沿って全人類を殺してあげないといけない。だから結果としてシナリオは壊れてしまうかな?」


「……物騒な事を言う割には、お前は秩序側の人間みたいだが?」


 ハンネスさんの言う通り、彼から漂ってくる気配は変態紳士さんを超える清浄なもの。

 重要NPCである事は確定で、その上でまだ私達プレイヤーが遭遇するには早すぎる格上のキャラだとは思いますが……先ほどからの言葉から、本当にシナリオとして用意されていたキャラなのかもよく分からなくなって来ました。


「私は常に神の御心に沿っている。神の御加護が私には在る」


「けっ! 免罪符さえありゃ、人殺しも許容するってか?」


「免罪符、か……なんだか久しぶりに聞いた・・・・・・・・な」


 ただ一つだけ確かに分かる事は、この目の前のシオンさんが今まで出会って来たNPCとは明らかに異質であるということ。

 困りましたね、普段からメインシナリオとか関係なく遊んでいたせいでまともな考察さえ出来ません。

 ここにユウさんやマリアさんが居れば少しは話も違ったのでしょうが。


「まぁ、ともかく私は君たちを殺す事で三日間の自由を得られる事になっています。その三日間でできる限りの救済を行わねばなりません」


「なんだ、契約か何かで縛られているのか?」


「そうです、この手枷がある限り私は何時でも監獄の中に戻されてしまうのです」


「なるほどな」


 つまるところ、三日間の自由とはあの手枷の力を発動しないという事なのでしょう。

 今この瞬間にも私達を無視して人類抹殺を行わないのは、それをしたところで監獄に戻されるだけと知っているから。

 だからこそ、三日間だけでも自由が得られるならばとこの話に乗ったのでしょう。本当に三日間の自由が履行されるかは分かりませんが、そこは中立神の契約でも行使したのでしょうね。


「さて、初めてのプレイヤーとの会話にはしゃいでしまいましたが――ここらで終わりとしましょう」


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クエストNo.番外

ワールドクエスト:覚者の救済執行

依頼者:七色の貴神

依頼内容:神の御心に沿うための通過地点として、覚者がアナタ達を殺しに掛かる。


七色の貴神の眷属が権能の一部を振るう為、敗北するとアカウントデータが消去され、文字通りこの世界で死にます。


受けて立つならばYesを、逃亡を図るのであればNoを選択して下さい。


報酬:30レベル分のスキル含む経験値・5億G・???


注意:ワールドクエストはゲーム内のシナリオや今後に深く関わるクエストです。その成否に関わらず受け直す事も何度も受ける事も出来ません。

受注しますか? Yes / No


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 私として二度目の理不尽クエストですが、ハンネスさんは初見だったのでしょう――


「――は? データ消去とか運営なに考えてんの?」


 思わずといった様子で漏れた文句に「なるほど、普通はそういう反応をするのですか」などと考えつつノータイムでYesを押す。


「あっ、おい!」


「逃げても良いんですよ? どうします?」


 挑発するように下から見上げてあげれば、いつもの様に口をへの字に曲げて逡巡し、そして意を決したようにYesのボタンを押してくれる。


「負けたら恨むからな」


「その時は一緒に最初からやり直しましょう」


「チュートリアルおじさんはもう居ねぇぞ」


 ……あぁ、そういえばそんな人も居ましたね。

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