第323話あいるびーばっく


「うーん、どうしたら良いんだろう……」


 そう呟いて俯くのは僕の隣を歩くマリアだ。

 彼女は数日前にレーナさんがまた起こした戦争について、どうやって人的被害を減らすかに頭を悩ませている。

 戦争当事国の両方がレーナさんの影響下にあるため、停戦を呼び掛けるのは無駄。回復魔法などで両軍の兵士を癒しても戦闘が長引き、その結果として後方の国民達の暮らしが悪くなるだけ。

 その上マリア本人が同じ陣営である筈の中央神殿から敵視され、何やら厄介そうなNPCに命を狙われているとなれば迂闊に動けない。最悪の場合一般NPCを戦闘に巻き込んでしまう。

 そうでなくとも、折角レーナさんが遊びに誘ってくれたのだからあんまり邪魔するのも……なんて事も考えているのだろう。


「敵対するのも、それはそれでレーナさんは喜ぶと思うよ」


「いやぁ、でも今回は一緒に行動する感じだし?」


「レーナさんと同じ体験をして、楽しいを共有したいってこと?」


「まぁ、そんなところかなぁ……」


「無理じゃない? マリア、基本的にエグいの苦手じゃん」


「そうだけどぉ……」


 敵対する陣営からあの手この手で妨害する事でレーナさんを楽しませる事は出来ても、同じ陣営で同じ遊び方を一緒にというのはどう頑張っても無理だと思う。

 レーナさんの前でも一切自分を曲げないハンネスと違って、マリアはレーナさんを笑顔にしたいだけだから、どうしても一緒に居て合わない時というのはある。

 笑顔にしたい、一緒に楽しく過ごしたいだけなのに、マリアにはレーナさんの様な感性が無いからそれが出来ない。

 もちろん合わない時ばかりではないけど、今回はどうしても難しそうだ。


「覚者だっけ? そいつに襲われたレーナさんを助ける時だけ共闘して、後は断っても良いんじゃない?」


「むむむ……」


「別に友達の誘いを断るのも普通でしょ」


「それ言ったらレーナさん受け入れそうで嫌だ」


「嫌だってなにが?」


「そういうもんかって顔して残念そうにはしないだろうし、引き留めてもくれなさそう」


「あー、まぁー、うん……そかもね」


 絶対に『あぁ、それが普通なのですね』って納得して受け入れる。そこに特別な感情とかは何もなく、ただただ新しい知識が増えた程度の認識ですぐに忘れ去られるだろう。

 まぁ、友達に誘いを断れたからっていちいち落ち込むのも小学生までだと思うけど、でもそれがマリアには寂しく感じられるんだろう。

 自分からレーナさんの誘いを断りたくはないし、できれば一緒の時間を楽しみたい……けれどそれが難しいから悩ましくて、もし仮に断ったとしても向こうはそんなに気にしなさそうなのが辛いと。


「無理に合わせる必要ないと思うけどなぁ」


「そう?」


「だってお互いに友達って認識なんでしょ? だったら今さら変な遠慮なんかしないで、自分はこういうのちょっと……って言えば良いじゃん」


「でもでもでもぉ! 今回は珍しくレーナさんから誘ってくれたんだよぉ!? そんな貴重な機会を自ら不意にするなんて……私には出来ない!」


「めんどくさっ」


「アンタついに言ったね!」


 ついに言ったって、いや面倒臭い自覚はあったんかい。

 襟元を両手で捕まれ、ガクガクと揺さぶられながら本当にしょうがないなぁとか思う。


「基本的には不殺で、レーナさんが何かやらかしそうになったら辻ヒールで救っちゃえば?」


「でも、それだとレーナさんが楽しめなくならない?」


「ハンネス君とはしてたらしいよ」


「アイツぶっ〇す! 隠れて点数稼ぎやがってぇ!」


「どぅどぅ、マリアどぅどぅ」


 あぁほら、首、首が締まってるから……揺さぶりもドンドン強くなっていってるから落ち着こうよ。


「でもまぁ、そういう事なら……見殺しにしなくても構わないなら……」


「やっぱり慣れない? NPCの死は」


「だってそうでしょ? いくらNPCだって言われても、殆ど現実の人と変わらなじゃん」


 まぁねぇ……最新のAIが使われてますって言われても、生身の人間と変わらない反応を返すんだからパッと見でプレイヤーと見分け付かないくらいだもんねぇ。

 このゲーム以外だと、あそこまで性能の良いAIというか、擬似人格は存在しないから慣れてないのもあるだろうけど。


「NPCと戦う時は基本的に回復魔法とか混ぜるじゃない? でもレーナさんの場合そういった事は絶対にしないだろうし」


「拷問目的だとしそうだけど」


「それはそう」


「あとマリアのバ火力だと回復魔法で追い付くのか疑問だけど」


「大丈夫! 今まで失敗した事ないから!」


「さいで」


 まぁ、失敗してたら秩序二位まで到達していない訳だけれど。

 それはそれとして辻ヒールが許されるなら、後は描写設定を弄ればグロい光景とか見なくて済むから一緒に遊べるんじゃないかな。


「だからほら、大丈夫だよ、そんなに悩まなくても」


「そうかなぁ……そうかも……」


 僕の襟元を掴んだまま、ぐぬぬぬと悩んでいたマリアは何か吹っ切れたのか、大きく息を吐き出した後に笑顔を浮かべた。


「うん! 今回も気にせず遊ぶ事にする!」


「……そっか、それは良かった」


 こんな至近距離で無防備に笑顔なんか見せて、本当にこの娘はどうしてやろうか。

 危機感が無いことに苛立ちを覚えると同時に、それだけ自分は信頼されているんだという優越感が湧き上がってくる。

 あぁ、ダメだダメだ……邪な考えは丸めてポイしないと。


「ユウ?」


「なんでもないよ、それよりも結構深くまで来ちゃったね」


「あー、確かに」


 ここギアナ盆地国は自然豊かと言えば聞こえは良いけれど、少し人気がある所から離れるだけで鬱蒼とした森が生い茂るエリアだ。

 そのため町からちょっとした散歩の気分だったのに、気が付けば周囲は森林ダンジョンと呼んでも過言ではない景色に包まれている。


「戻ろっか」


「そうだね、覚者って奴に今襲撃されたら堪ったもんじゃないし――」


 マリアのその発言がフラグになったのか、木々の擦れる音と共にソイツは降って来た。


「――あいるびーばぁっく!」


 木の枝に足を引っ掛け、逆さになった状態で僕たちの目と鼻の先に登場したソイツの、まだ義務教育途中とは思えないほど、この世の闇を詰め込んだかのような気持ち悪い笑み。

 重力に引かれて垂れ下がった、特攻服のような学ランにデカデカと刺繍された『ヒンヌー教祖』の文字。

 数多の信徒を抱え、更には数ある特殊な・・・クランに声を掛けて回り『聖母を崇める託児所ホーリーナイツ』を創設した立役者。

 彼が一声掛ければ百人くらいの変態はすぐに集まってしまうと囁かれる生きる都市伝説。


「「――で、出たァー!!」」


 そう! 義務教育の敗北の擬人化! ヒンヌー教祖が帰って来たのだ!


「羊水で溺死したい」


 なんか変態度をパワーアップさせて!

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