第319話お客様対応


「で? これからマジでどうすんだよ?」


「はいはい! 私も政治とかよく分かりません!」


 部屋に着き、仕掛けられた物がないかあらかた探し出しては盗聴防止などを施して一息付いたところでハンネスさんとマリアさんがそんな事を言い出しました。

 以前はハンネスさんに連れられて普通のゲームの楽しみ方とやらを教えて貰いましたが、逆に彼ら彼女らにとって私のゲームの楽しみ方はあまり馴染みがないのでしょう。


「僕も一般的なゲームオタクなんで……」


「「一般的な……?」」


「なんでそこで二人して懐疑的な目で見てくるの」


 まぁ、私でも壁の中に埋まって何の代償もなしに分身を作り出す事が一般的でない事くらいは分かりますよユウさん。

 ですがまぁ、それはそれとして皆さんの疑問には答えてあげないといけませんね。


「以前にも申し上げた通り、本当に自然体で良いですよ」


「と言ってもな……」


「ほら、以前に私へゲームの楽しみ方を教えて下さったでしょう? 今日はそのお返しも兼ねているんですよ」


「……なるほど、これがお前が“楽しい”と思えるやり方なんだな」


「えぇ、普段あまりしないNPCとの深い交流を楽しんで貰えればそれで良いですよ」


 ハンネスさんの座る椅子の背もたれに手を掛け、そのまま逆の手で彼の顎を持ち上げながら答えてあげます。

 何故だが困惑した様な表情を見せてくれるのが面白いですね、あまりこういったスキンシップはしない方なのでしょうか?


「そうかい、じゃあ好きにさせて貰うぜ……後で思ってたのと違う展開になっても泣くなよ」


 そう言って彼は自らの顎を持ち上げていた私の手を引き、至近距離で顔を覗き込みながら不敵な笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ、最終的に私の思い通りにさせてみせます――阻止したければしてみて下さいね?」


「けっ!」


 ならばと、コチラも負けじと見下す様な笑みを浮かべながら挑発を返してあげましょう。

 困惑顔から不敵な笑みへ、そして今度は不機嫌そうな顔へと……コロコロと表情を変える彼は見てて飽きませんね。


「ひゃ〜!」


 そんな沸騰したやかんの様な声に振り返ってみれば、何やら顔を真っ赤にしたマリアさんが顔を隠した両手の隙間からコチラを覗いていました。

 彼女はいったい何をしているのでしょう――と、首を傾げていたらハンネスさんに押し退けられましたね。


「……ちけぇ」


「? そうですか?」


 自分で引き寄せておきながらおかしな方ですね……まぁ、近いと言うのなら離れましょうか。

 私の間合いでしたので、そこを警戒されたのかも知れませんし。


「別にこの距離でよーいドンで始めても俺が勝つが?」


「……私は別に何も言ってませんけれど?」


「あっそ」


 それっきりハンネスさんにそっぽを向かれてしまったのでこれ以上の追求は出来そうにありませんね……にしても、本当に彼は私の考えている事が分かる様です。

 母と似たような能力を持つ彼に嫉妬してしまいそうな、嬉しいような……よく分からない感情を抱きますね。


「ユウ! ユウ! どうしよ、私、私……どうしよ!?」


「マリア落ち着いて、軽い気持ちで沼を覗いたら全く想定していない角度から推しカプを見付けてしまった時のオタクみたいになってるから」


「わ、わたし……私、は……私はまだ認めてないんだからねッ!!」


「あ、マリア?! ……すいません、追い掛けます」


 唐突にログアウトしたマリアさんとユウさんに驚いていると、ハンネスさんが溜め息を吐いて――


「――まぁ、お子様は寝る時間だしな」


 と、そんな一言をボソッと溢す。


「……ふふっ」


 突然の事に虚を突かれましたが、まぁそれはそれとして私もすべき事をしましょうか。


「お前もどっか行くのか?」


「いえ、ちょっとしたお掃除です」


「俺も手伝うか?」


「必要ありませんよ」


「そーかい」


 肩を竦めながら中空にディスプレイを出したハンネスさんを横目に見ながらも、私はお客様の対応・・・・・・をすべく部屋を出る――






 日付けが変わって間もない深夜……カーテンの無い窓から月光が射し込む通路を静かに男達が通り過ぎる。

 衣擦れすら許さず、音を一切出さないままに自らの主人の命を実行するべく無言で。


 そんな彼らとは対照的に、反対方向から歩み寄るのは一人の侍女服を着たたった一人の少女である。

 月明かりの陰となる廊下の端を歩くその姿は目を離せば消えてしまいそうな程に存在感が希薄であり、その顔には昼間の様なやり取りや友人達を前にした時の様な――当社比で――豊かな表情は一切ない。

 まるで鉄仮面でも付けているのかの様に一切の人間らしい表情を浮かべない彼女を見て、一番印象に残るのは白髪混じりの漆黒の前髪から覗く時折月明かりを反射する血の様な紅い瞳だけ。


 だからだろうか――侵入者達も最初その正体に気付けなかったのは。


「……侍女、か?」


 長い宮殿の廊下を、大きな窓から射し込む月光を挟んで対峙する少女と見るからにカタギではない男が四名。

 全身を黒や紺色の服装で身を包んだ自分達と違って、目の前の侍女は仕事着であろう一般的なメイド服を着ただけの姿……だというのに、ともすれば自分達よりも存在感が希薄な彼女に思わずリーダー格が声を漏らす。

 傍から見れば夜中に起きた侍女が主人の客人を出迎えるべく廊下まで顔を出したとも受け取れるが、自分達の様な怪しい風体の男性を見てもその表情に一切の変化は見られない。


 いや、そもそも自分達に気取らせずに視認できる距離まで近付かれた時点でおかしかったのだ。


「……お前に恨みは無いが死んでもらう」


 しかしリーダー格の男は諸々の不自然さに意図的に蓋をして武器を構える。

 どれだけ気味が悪かろうと依頼対象ハンネスの部屋がすぐ目の前まで迫っている事と、パッと見で武器は持ち合わせていないと判断したからだ。

 隙間風で揺れるメイド服の動きにも武器を仕込んでいる様な不自然な重さを感じさせる動きはないし、衣服に包まれた身体のラインからも隠し武器のシルエットは確認できない。


 客観的に見て好機でしかないと判断を下した彼らの動きは早かった。


「――殺れ」


 合図と共にリーダーが少女に向けてナイフを投擲し、それに合わせて後ろから部下の男達が二人ほど左右に別れて音もなく駆け出していく。

 ナイフの風切り音以外は一切何も聞こえないその襲撃は、咄嗟に刃を躱そうと動いた侍女が左右どちらかの部下に殺される――筈だった。


「……は?」


 思わず間抜けな声を漏らしたリーダーの視界に映るのは糸が切れた様に倒れる部下二人の姿と、自分が投げた筈のナイフを持って立つ侍女の姿。

 僅かに身動ぎしながら喉を抑える部下と、手に持つナイフから血を滴らせる侍女の姿から何をされたのかは明白だった。


 なんの事はない――少女はただ飛んで来るナイフを掴み取り、そのまま素早く左右の男達の喉を掻き切っただけなのだから。


 そしてそんな芸当を難なくこなしてみせるただの侍女ではない少女を前にして、一瞬でも呆けてしまったのは致命的であった。


「……っ?!」


 先ほどのお返しと言わんばかりに無言で手に持つナイフを投擲し返した少女は、そのまま左側に倒れ伏していた男性を掴み上げて自身の前に持って来る事で盾としながら走り出す。

 侵入者達からすれば仲間の死体で侍女の姿が見えず、次にどの様な動きをするのかも事前に察知する事が出来ない。

 そんな状況をよく理解している少女の動きは早く、盾としている男の懐をまさぐって暗殺や投擲の為に作られたであろう細いナイフを数本を取り出すと同時に左右から二本ずつ投擲する。


「ちっ!」


 金属質で甲高い音が辺りに響いたと同時――侍女が最初に投げたナイフに追従する様に壁や柱にぶつかって弾かれた細いナイフが左右から侵入者達へと迫る。

 そう、少女は一人で自分が最初にやられた状況を再現してみせたのだ。

 城の廊下と言えどもその広さは有限……残りの部下が邪魔でリーダーがどこに避けようとも被弾は免れない。

 そう判断した彼は素早く自らの部下を盾とする事でナイフの投擲をやり過ごす。


 部下の衣服を握る自身の手に伝わる複数の軽い衝撃をやり過ごすと同時に、武器を抜き去りながら押し退ける様にして重傷の部下の陰から躍り出る――が、そこには既に侍女の姿は見えない。

 侍女に盾とされ、引き摺られた部下の死体が自身の血で描かれた直線の先に沈む光景しか視界には入って来ないのだ。


「何処に――」


「――上ですよ」


 ここに来て初めて聞いた侍女の声に反射的に上空を振り向きながらナイフを投擲する――


「――嘘ですよ」


「がふっ――?!」


 ナイフを投擲した先に侍女の姿はなく、自身の目線よりも遥か下から突き上げられたナイフで喉を突かれる侵入者達のリーダー。

 彼は何も理解できないまま、ただ淡々と自分達を処理した少女の妖しく光る紅い目を凝視する。

 彼の目には言葉よりも雄弁に「なぜ」「どうして」という疑問ばかりが浮かぶ。


 しかしながら真実は単純な事でしかない。

 少女はリーダーが自分の部下を盾にするのを見るやいなや自分が盾としていた死体を捨て去り、リーダーの視界が一時的に塞がっている間に『隠密』を発動しながら速度を上げて急接近。

 音もなく標的に詰め寄ると同時にリーダーに押し退けられた部下の陰に隠れる様にさらに移動し、確実性を期すために意識と視線を《ミスリード》や《ブラフ》によって上空に向けさせた後に下からナイフで喉を突いた。


 常に相手の視線から逃れ、時には意図した方へ向ける事で真正面から相対したとしても“暗殺”する……正にそうとしか言えない流れる様な展開であった。


「……さて、生きておりますよね?」


「……っ」


 態と急所が外れる様に計算して投げたのだから、生きてますよね? と……侍女の姿をした悪魔はリーダーに盾にされた部下の一人へと歩み寄る。

 その目は人間に向ける様なものではなく、単純に情報源としてしか価値を見出していない冷たい物だった。


「そろそろログアウトする時間ですので、なるべく早く吐いて下さいね……母も夜更かしは女性の敵だとか言ってましたしね」


 たった今流れる様に人を殺したというのにそんな呑気な事を呟き、大事な情報源が服毒自殺しない様に猿轡を噛ませながら廊下の惨状を見やった少女が初めて表情を動かす。

 その顔からは「面倒くさいから放置するか」という、場違いな感情が読み取れる。


「まぁ、相手に対する警告にはなるでしょう」


 その夜、宮殿の廊下では少女の愚痴と何かを引き摺る様な音だけが響いた。

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