第318話ギアナ盆地国


「ようこそ起こし下さいました!」


 そう言って大仰な仕草でハンネスさんとマリアさんを迎えるのは長い髪を銀のリングで一つに纏め、金糸の豪華な刺繍が施された上品な緑色の袖や裾などが長い衣服を着た男性です。


「私はこのギアナの大地を任されたダウワン・ヴィシー・オルコットと申す者……かの高名な大地の聖騎士様にお目通りが叶い、誠に嬉しく思います」


 ダウワン・ヴィシー・オルコットと名乗る男は『メッフィー外様公爵領』と国境を接する『ギアナ盆地国』の議長です。

 あの『妖精樹の森』を含め、多数の森林や山岳地帯を擁するこの国は資源の宝庫と呼んで良いでしょう。是非とも植民地にしたい。


「豊かな自然に恵まれ、昔ながらの暮らしを維持するこのギアナの大地を是非とも楽しんで下さい」


 この国は大陸北部を流れ、数多の国の生活用水となっている大河の源流があり、豊富な水資源にも恵まれています。

 小国であるが故に他国に配慮して防衛戦力以外は持たず、大河にも一切手は付けておりませんが……大国である私達が手に入れればその問題は解決します。

 さっさと他国の水源であってもお構いなしに大河にダムでも何でも建設してしまえば良いですし、国境付近の下流域に怪しげな薬品施設でも建てれば脅しに使えますからね。

 恐らく着工する前に重大な懸念を伝えてくるでしょうが、とにもかくにも相手国の水源を抑えるのは基本です。


「部屋を用意しております。世話役の者もお付けしましょう」


「いや、コイツらが居るからそれは必要ねぇ……部屋だけ借りるぜ」


「……左様ですか。何かございましたらその都度お申し付けください」


「あぁ、助かる」


 さてさて、今までの会話を聞きながら周囲の気配を探っておりましたが……かなりの人数があちらこちらに隠れ潜んで居ますね。

 まぁ、仮想敵国に併呑された所から来たのですから当然と言えば当然ではありますが、ダウワンさん自身にも『悪意感知』が反応しているところを見るにやっぱり歓迎はされていないのでしょう。ギランさんが最後まで渋る訳です。


「なんで私までコイツの侍女役を……」


「目立たなくて良くない? いつもNPCにも涙を流しながら拝まれるって言ってたじゃん」


「それは……そう、だけど……」


 用意された部屋へと案内される道中に隣りでマリアさんとユウさんが小声で話しているのが聞こえますが、NPCから涙を流しながら拝まれるとはいったいどういった状況なのでしょう?

 男性であるハンネスさんの側仕えが女性である私だけなのは不自然なのでユウさんにも、となるとマリアさんがあぶれてしまいますので必然的に彼女も侍女役にとしたのですが……正体を隠さないとそんな予測不能な騒動に巻き込まれるのでしたら図らずとも正解でしたね。


「マリアさん、侍女役と言っても形だけですから他人の目がある場所以外は適当で良いですよ」


「あ、そうなんですね」


「まぁ、どの部屋にも監視は居ると思いますが」


「えぇ……」


 まず私達が相手から見て仮想敵国からの使者というので1OUT、この大陸北部に聖騎士の称号を持つ者を消したい勢力が居るらしいので2OUT、そして先ほどからコチラに対するスキルを使った探りを私が全て弾いては逆にカウンターを入れているので3OUTです。

 先ほどから影でコソコソと私達のステータス等を盗み見ようとして逆にすっぱ抜かれるという状況が続いていますので、相手の方もかなりイラついていると思います。


「まぁ、何かあった時の専属医みたいな立場で良いのではないですか? 別に正式に侍女だと相手に申した訳ではありませんし、基本的な事は全て私がやりますので安心して下さい」


 これでも母に仕込まれて基礎教養はそこそこありますので、お茶淹れもベッドメイクも基本的な事はほぼ出来ます。


「それなら、まぁ……というか私達まで連れて来た理由はなんですか? 自分から首を突っ込んでおいてアレですけど、役に立つとは思えませんよ?」


「? 友人は一緒に遊ぶものですよね? 理由が必要なのですか?」


「……へっ、久しぶりにボディに来たぜ」


「うっわ、気持ちは分かるけど鼻血を出すのは引く」


「黙れユウ」


 はて、確かにマリアさんの方から『私も遊ぶ!』と申し出をされたので承諾しましたが、なぜ許したのかの理由ですか……友人とはそういうものだと思っていましたので特に考えていませんでしたね。

 次からはきちんと用意しておくべきでしょうか?


「……用意しなくていいぞ」


「はい?」


「お前の考えてる事なんかお見通しなんだよ」


「……はい」


 振り向きもせず、ただ呆れた様な声でハンネスさんに窘められましたね。


「それよかお前ら小声で何を話してんだよ」


「聞こえない様にはしてますよ」


「俺には聞こえるんだわ……馬鹿な話を聞きながら真顔を保つのも苦労するんだぞ」


「それは失礼を」


 わざわざ相手に余計な情報を与えない様にしているハンネスさんの努力を無駄にしない様にしましょう。


「けっ! ハンなんとかさんの癖に!」


「そのネタ擦るな」


「ハンなんとかさん、とは?」


「「「えぇ……?」」」


「……何かおかしな事を聞きましたかね」


 恐らくハンネスさんの別名や異名の様なものだと思うのですが……なぜ私が尋ねると三者三様に驚かれるのでしょうか?


「まぁ、うん、その……それだけ名前を覚えられたって事だよ……うん」


「流石に同情するわ……ごめんね、ハンなんとかさんとか呼んだ本人も忘れてる様なネタを擦って」


「もうお前ら黙ってろ」


 どうやらハンネスさんは少しばかり怒っている様ですね? 何がそんなに彼の気に障ったのでしょうか。


「あの、ハンなんとかさんとはなんなのですか?」


「……」


「聞こえてますよね? それ程までに怒る事なのですか?」


「……」


「ハンネスさん?」


 …………完全に無視されてますね、これは。

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