第317話宿敵以上恋人未満(?)
「いやー、その〜……言われた通りに準備しましたが本当にやるのですか?」
「グレゴリウスの旦那、こういうのは諦めが肝心ですヨ」
対面に座るグレゴリウスさん……でしたか? が冷や汗を流しながら問い掛けるのに対し、私が答えるよりも先にギランさんが制してくれましたね。
ここに来たのは他でもない、大陸北部に強いパイプを持つ彼らを利用しようというそれだけの話です。
「とりあえず準備は出来ているのですよね?」
「えぇ、それはもう……別室に用意しておりますので後で案内させましょう」
「そうですか、では私達の準備が終わるまでに同行する方々を集めておいて下さい」
以前と比べてオドオドとしており、あれだけあった野心は何処に行ったのかと質問したくなるくらい怯えた様子のグレゴリウスさんに軽く微笑んでみせれば面白いくらいに反応して肩を跳ねさせました。
いやー、少し前に調子に乗って謀反を匂わせた時にちょっとお仕置きしてあげたのですが……流石に蟲風呂の中に一週間ほど放置するのは刺激が強過ぎましたかね。
まぁ、本気で逆らおうという訳ではなくて、自分達の扱いをもっと良くして貰おうという牽制や駆け引きのつもりだったので命までは奪いませんでしたが。
「……なぁ、なんでアイツあんなにお前に怯えてんだ?」
「以前ちょっとおいたをしたので叱った事があるだけですよ」
「お前の被害者どんだけ居るんだよ」
どれだけ居るのかと問われましても……いけませんね、細かい数字が出てきません。
「……えっーと」
「思い出して数えなくていい」
ハンネスさんから尋ねておきながら酷い言い草ですね。
「まぁ、良いです……さっさと準備して来ますね」
「俺は待っとけば良いのか?」
「えぇ、適当に寛いでいて下さい」
「……なにやってんだかな」
ゲーム内で外の空気も何もねぇとは思うが、何となしに気分転換がしたかった。
目の前では使用人達があの女が出した指示通りに馬車へと荷物を詰め込んでいて、すぐ近くではバカップル共が人目も憚らずにイチャついてやがる。
「……」
そんな光景を見ながら思う――俺は何をやってんだと。
幾分かスッキリはしたみたいだがアイツの問題は根本から解決してねぇし、俺は父親を殴る現場にも居合わせてねぇ。
アイツの敵を後ろから威嚇してやれるとか言っておいてこのザマで……さらには気持ちを伝えた筈なのにイマイチ理解をされてない。
またコチラから告白して教えてやるべきなのか、それともアイツが理解できるまで歩幅を合わせて気長に待つべきなのか……どうすっかな。
「……なぁ、気配を消して後ろに立たれると手が出そうになるんだが」
「……流石は大地の聖騎士様ですネ」
「その呼び方やめろや」
なんだコイツ? 確かギランとか言ったか?
急に音も気配もなく後ろに立ちやがってぶっ殺すぞ。
「暗殺者との経験は豊富なのデ?」
「お前らの女王だよ」
あのクソ女と戦う時は常に探査系や察知系、さらには看破の様な隠蔽を見破るスキルを多重発動してねぇと直ぐに見失うからな。
視界の外から毒針を飛ばして来たり、毒ガスを撒いたり、蟲の従魔をけしかけて来たり……コチラにマルチタスクを強いておきながら少しでも意識を外すと直ぐに隠密で隠れやがる。
そうなったら最後で、他の全てのちょっかいを無視して全力で見付け出さねぇとサクッと首を狩られて終わりだ。
……まぁ、そんな奴との戦闘経験のお陰で暗殺者への対処が身に付いたのは複雑だがな。
「それはそれは……何故生きているのですカ?」
「死んでも生き返ってリベンジすんだよ」
「……ちょっと言ってる意味が分かりませんネ」
「分からなくていい」
他人に、ましてや今日会ったばかりの奴に分かられてたまるかよ。
俺はまたアイツと正々堂々……はやってくんねぇかも知れねぇが、正面からぶつかり合って倒してやる。
「で、お前は結局何をしに来たんだよ」
「いえなに、ただ通行許可証を渡しに来ただけですヨ」
「あぁ、そう……」
なら背後にヌっと立たずに普通に渡せや……なんでコイツらは揃いも揃っていつもおかしな表れ方をしやがるんだ。
「ったく……チビとオタクも驚いてんじゃねぇか」
奴らにも渡すんだろうなとは思ってが、いつの間にか間に挟まっていた不審者にビビってんじゃねぇか。
「どうかしたですか?」
「あ? 何でもね――」
やっと準備が終わったのかと、急に発せられた声に振り向けば――そこに居たのはメイド服に身を包み、丸メガネを掛けた玲奈が居た。
「……今なら容易くその首取れそうですね?」
予想外の姿で現れたレーナに惚けていると、そんな事を言いながら奴は俺の首を人差し指で突いてく。
「……お前、その姿はなんだよ」
「今の私は大地の聖騎士様の身の回りの世話をする側仕えという設定です」
「あぁ?! 聞いてねぇぞんな事ぉ!!」
「言ってませんし……それよりもどうです? 似合います?」
スカートの裾を左手で持ちながらくるりと背後を見せ、そのまま後ろの方で纏めた髪にそっと右手を添えながら尋ねて来る女に怒りやら羞恥やら色んな感情が溢れ出しては混ざり合う。
「お前っ、このッ……!」
歯を食いしばり、何とか激情を堪えようと必死になる俺の気も知らないでこの女はこんな事を言う――
「――ダメ、でしたか?」
そんな、小さな子どもが母親に叱られてしまったみたいな表情をされるとよ……なんも言えなくなるじゃねぇか。
「はぁ〜、クソっ……似合ってる、似合ってるよ」
大きな溜め息と共に言いたい事や荒ぶる感情を吐き出し、何とか最後に残った本音だけを口にする。
「なんだかおざなりですね……本当に似合ってると思ってます?」
「馬鹿が、惚れた女に似合ってるか聞かれて否定する男が居るかよ……聞く相手をそもそも間違えてんだよ」
俺じゃなくてあそこに居るバカップル――もダメそうだな……まぁ、適当にNPCにでも聞いとけや。
「……なんと言いますか、本当に隠さなくなりましたね」
「うるせぇ! 直球じゃねぇと伝わらねぇお前が悪い!」
コイツに察して貰おうとするな……この女が『……あ、そういう事でしたか』って言う時は大抵間違えてるからなぁ……!!
「まぁ、いい……お前が暗躍する為に目立たない格好したのは分かった」
「そういう事です」
「でもお前に身の回りの世話をされるのは怖気が走るな……いつ毒を盛られるか分からねぇ」
これは気が抜けねぇなぁ、常に全力で危機感知を発動させながら解毒の用意をしねぇと死んじまう。
「……なんなら今直接盛っても構いませんが?」
「あ"? やれるもんならやってみろや……」
事実を言われて気が障ったのか何処からともなく暗記を出すクソ女に対抗してこっちもメンチを切りながら戦斧に手を掛ける。
「主人を諌めるのも従者の役目ですよね」
「おいたが過ぎる従者にお仕置きするのも主人の仕事だよな」
「従者の忠諌は素直に聞くべきです」
「信賞必罰は世の常だろ」
そう言い合って一頻り『ハハハ』『ふふふ』と笑い合った後にお互いに無表情になる。
「どうやら向こうに行く前に上下関係をハッキリさせないといけない様ですね」
「奇遇だな、向こうに行く前に聖騎士として部下の手綱は握っとかねぇと思っていたところだ」
空気が張り詰め、周囲に居た使用人達が我先にと逃げ出して行く――
「「――|
「……初々しいカップルの様なやり取りをしたと思ったら急に殺し合いが始まってしまったのですガ……あの二人はいったいどういったご関係デ?」
「「……………………宿敵以上恋人未満?」」
「……さようデ」
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