第315話壁の中に居る
「――さて、では落ち着いたところで話しましょうか」
「うっす」
テーブルを挟んで向かい側のソファへと、顔を腫らしたエレンさんが座ったのを合図に口を開きました。
皆さん酷いですよね、私一人を仲間はずれにして勝手に遊んで楽しもうなんて……本当にズルいです。
なので勝手に混ざって完全な不意打ちで四人全員に分からせてあげました。
「レーナさん我慢できなかったんだね、完全な不意打ちでボコられたよ」
「あの野郎ォ……そういや本職は暗殺とかそういう感じだったな」
「マジでレーナさんに殺されるかと思った……」
これに懲りたらもう二度と私を仲間はずれにしないで下さいね、という旨の事を伝えつつもエレンさんと話をしましょう。
「私はそろそろ良いかなと思うのです」
「……頼むから主語を抜かないでくれ」
「そろそろ植民地政策を本格的に進めましょう」
「話を飛ばせとは言ってない」
胃のあたりを押さえながら踞る姿勢を取るエレンさんを見て、やはり花子さんの体液を使った特製の薬でも差し入れた方が良いだろうかと悩みますね。
彼にはまだ頑張って貰わないといけないのですから、ここで変な病気などで倒れて貰っては困るのですよ。
「エレンさんには後でお薬をあげますね?」
「要らない……いや、本当に要らないです勘弁して下さい」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ」
「お願いします許して下さい俺には養っていかなきゃいけない部下が大勢居るのです」
「でら尚さら体調管理には気を付けないといけませんね」
私が薬を作ってあげるとは思わなかったのか、とても愕然とした表情のエレンさんに本当に気にしなくて良いと伝えます。
「うーわ、ないわー……」
「す、すごい……」
「い、いつもこんな感じなのかな? だとしたら私ちょっと酷い事を言っちゃったかな?」
横で御三方が何か呟いていますが、今は話を本題に戻しましょう。
「話を戻しますが、先日大陸北部を旅……といいますか、駆け抜けましてね」
横でピクっと反応するハンネスさんと一緒に、それはもう楽しく駆け抜けさせて貰いました。
「そこである程度の地理関係の知識と言語スキルの経験値も得られましたので、そろそろ本格的に進出しようかと」
「進出して何すんだ?」
「とりあえずは商会の設立と土地の買い取りですかね」
急ピッチで進められた財政改革と工業化によって今この国には製品が有り余っており、逆にそれらを作る素材となる資源が足りていない状況にあります。
ですのでその有り余った製品を商品として売り付ける市場と、資源を買い取って本国に送る為の場所を外国に作りたいのです。
「ほーん、遂にあの悪魔みてぇな計画を実行に移すのな」
「そうです、何か問題がありますか?」
「強いていうなら失業者かねぇ……? 工業化っていうのに伴って既存の手工業なんかが壊滅的で、その影響で工業化に反対する市民も出てきてる」
「あぁ、それでしたら彼らを工場の『品質管理部門』などで雇いましょう」
今まで培って来た職人としての目利きを発揮して不良品を弾いて貰えますし、建前上でもそれなりの地位を用意してやればある程度の人は納得してくれるでしょう。
それでも頑なに工業化という国の方針に逆らう者達には不慮の事故で両腕を失って貰って、最後に残った目利きという技能を買い取ってあげましょう。
両腕が残ったまま従順になった者達には『高級製品』や『完全手作り製品』といった事を謳った付加価値のある、差別化の図られた製品を作る職人としての地位をいずれ与えます。
「不慮の事故は慣れてるから別に良いけどよ、手作りの需要が消えねぇんなら何で今しない?」
「大量生産しても需要が消えない事がバレてしまっては他国の手工業を潰せないじゃないですか、少なくとも他国の職人が路頭に迷ってからですね」
「ア、ハイ」
今そんな事をしてしまってはこれから他国の産業を食い破ろうという時に、進出しても『では我々は高級路線で、さらには国産という付加価値も』という事になって生き残りを図られてしまいます。
そんな事はさせませんし、気付かせません……コチラは徹底して『彼らよりも安く早く安定したクオリティの製品をお届けします』という事を謳って仕掛けるのですよ。
まるでそこでしか勝負が出来ないとでも言うかの様に、他に土俵など無いと誤認させるのです。
「な、なんか難しい話してるね……」
「ね、ね〜……レーナさん凄いねぇ……」
おっと、説明にかまけて友人達を蔑ろにしてしまいましたね。
先ほど私自身がそれで憤慨しましたのに、同じ事をしてしまっては笑えません。
「では、そういう事で――」
「要は他国を侵略するって事だな?」
早々に話を切り上げようとしたところで、今まで黙って聞いていたハンネスさんが口を開きました。
「よく秩序陣営の前でペラペラと言えたな? そんな事に協力はできんぞ」
「完全に真っ白な国家運営など有り得ませんよ、それは秩序陣営の盟主面をしている中央神殿も例外ではありません」
「だとしたら腹黒い事をやってるやつがなんで秩序陣営に居座ってんだよ」
「さて、どうしてでしょう……これは仮説ですが、自分達の国の秩序や発展の為に何かを犠牲にする事は自然な事だからではないですか?」
「何かを犠牲にする事は当然の事だと?」
「逆に聞きますが、そういった後暗い手段を取らなかった結果として他勢力に蹂躙されて秩序を失ってしまっても良いと?」
「安全保障の為にっていうのは分かるが、自分達が豊かになる為に他者を犠牲にっていうのはなぁ」
「豊かな国を目指さないと子どもが死にますよ」
「……お前そういう政治的な話はできんのな?」
「ハンネスさんこそ、こういう話が出来るとは思いませんでした」
「まぁ、いいや……個人と組織では何をもって秩序とするのかの基準が変わるって話だな」
「まぁ、そんな認識で概ね良いかと」
多分ですけれどね……私もこのゲームがどんな基準で我々のカルマ値とやらを上げ下げしているのかは知りません。
「いやぁ〜、大地の聖騎士様もケツが青いねぇ〜?」
「……ウゼェよ、傀儡ハゲが」
「傀儡ハゲとか初めて言われたな…………俺、そんなにハゲてる?」
「……すまん、そこに触れるのは大人気なかったな」
「ねぇ、ハゲてる?」
「……」
「……そっか」
ハゲ? エレンさんは薄毛に悩んでいらっしゃるのでしょうか?
でしたら胃薬の他にも育毛剤の作成を試しみましょうか……現実とは違ってゲームですし、何かしらの不思議な薬が作れるかも知れませんし。
「まぁ、エレンさんの薄毛は置いておいても、カルマ値の件に関しましては検証が大好きらしいユウさんに任せましょう」
「えっ?! 僕?!」
「ダメですか?」
「いやぁ、僕は検証班って言っても野生のデバッグみたいな感じで」
「野生のデバッグ、ですか?」
はて、野生のデバッグとはいったいどんな意味を持つのでしょうか?
「えっーと、例えばこんな感じで……」
私の困惑を見てとったのか、徐ろに席を立ったユウさんはそのまま壁際へと歩いて行き、そこで何やら不思議な踊りとしか形容できない動作を始めました。
「おいおい、モジャ頭が何かしだしたぞ」
「あの天パ何する気だ?」
「あー、あれかぁ……」
何も分かっていない様子のエレンさんとハンネスさん、そして知っているのか遠い目をするマリアさんを差し置いてユウさんは頭から水を被り、何度も壁に向かって前転を繰り返す。
時折立ち上がってはジャンプをして、拍手をしてからまたさらに壁に向かって前転をして――
「――ほら、壁と同化しましたよ」
「ふぁっ?!」
隣で『あー、すり抜けバグかぁ……』と唸っているハンネスさんの様子から見るに割と有名なバグらしいですね、ただこの世界の住人であるエレンさんは非常に驚いていますが。
「お前何やってんだモジャ頭ァ?! それ大丈夫なのか?! なぁそれ大丈夫なのか?! 壁か!? 壁に埋まってんのか!?」
「あ、アアア、あ、兄貴ィ! 人が壁に埋まりましたぜ?! 硬い! ほら硬いっすよ! この少年が埋まってる部分もちゃんと壁でさぁ!?」
「バカ野郎ッ!! コイツが埋まってんだから壁じゃねぇ!! きちんと人として扱えッ!!」
「す、すいやせん! 坊主も悪い!」
「あ、いえ……お気遣いなく」
「ってそうじゃねぇよ! なんで壁と同化してんだよッ?!」
「そうだった! 兄貴この少年マジでヤベぇっすよ!」
「どうして、なにが?! なにが起こった!? スキルか? スキルの影響なのか? いやでもスキルは使ってなかったよな?!」
「頭から水被って拍手とジャンプと前転をしてただけでさぁ!!」
「こえーよ! コイツマジで怖えーよ!」
「やっぱり悪魔の仲間は化け物だったんすよッ!!」
「クソがっ! この気狂い女の連れて来る奴がマトモな人間のハズがなかったッ……!!」
凄い混乱の仕方ですね……いえ、私も現実世界で急に壁と人間が同化すれば驚きますか。
ある日知人が連れて来た初対面の方が慣れ親しんだ自分の部屋の壁の前で妙な動きをしたかと思えば、そのすぐ後にその壁の中に埋まるのですから……そう考えるとユウさんって少し気持ち悪いですね。
「ちなみにこうやって脱出すると――ほら、僕の分身が壁の中に残るんですよ」
壁に埋まったままのユウさんが頭からお湯を被り、動きづらそうに二拍一礼をしたかと思えばするりと脱出しました。
しかし彼が先ほどまで埋まっていた壁の中には、彼と全く同じ見た目をしたオブジェが無表情で身動ぎ一つせずに埋まったままです。
「――うーん」
「兄貴ィーーッ!!」
「あら、エレンさんが倒れてしまいました」
「そりゃ……まぁ、この世界の人間には劇薬だろうよ」
「もう、ユウも楽しそうにしてないで反省しなさいよね」
「ご、ごめん」
まぁ、話を振ったのは私ですし、とても面白い物が見れましたので良しとしますか――
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