第314話あの時のガキ共


「陛下、これが今期の税収報告書になります」


「流石に慣れたか」


 兄貴と言いかける事も言い淀む事もなく、きちんと丁寧な言葉遣いで俺を国王として扱う部下の成長に思わず涙が出そうだ。

 見上げてみれば部下もやり切った、頑張ったと……そう、満足気な顔を浮かべていやがる。

 あの気狂い女に振り回されてきた同志でもある俺らは、今や不思議な連帯感で包まれていた。


「ふっ、ここ最近はあのクソ野郎も居なくて静かだからな」


「えぇ、何とか奴が来ない内にと練習したのです」


 今何処で何をしているのかは知らんが、不気味な程に奴からの音沙汰が無い。

 確か友人と遊ぶとか言っていたが、まさかあんな奴と友達付き合いが出来るクレイジーな奴がこの世に居たとはな。

 だがそのお陰で俺らはここ最近類を見ない程に穏やかな時間を送れているんだから感謝しよう。


「あぁ、願わくば……このまま何処かで野垂れ死んで二度と戻って来ない様に――」


「エレンさん今大丈夫ですか?」


「あいたたた! 胃が! 胃が痛い! これはもう今日はダメかも知れねぇなぁ……後は頼んだぞ!」


「兄貴?!」


 エレンのエの時点で俺は条件反射的にお腹を抑えて蹲り、連帯感などかなぐり捨てて部下を生贄に差し出した。

 噂すれば何とやらじゃねぇが、軽率に悪魔の事を話題に出すんじゃなかったぜ。

 部下の裏切られたとでも言わんばかりの悲痛な表情から顔を逸らし、俺は全力でこの場から離脱する事を優先――


「お腹の調子が悪いのでしたら花子さんの体液をどうぞ」


『ギチチチッ!』


「気の所為だったわ! さぁ、仕事仕事!」


 何事も無かったかの様にすっと立ち上がり、本当にジクジクと痛み出した胃を抑えて思わず吐き出しそうになった血を飲み込み応接スペースへと誘導する。

 ヤベェな、また胃薬を発注しねぇとそろそろ切れるぞ。


「あぁ、今回は私の友人達も居るのでよろしくお願いしますね」


 キチガイが愉快な仲間たちを引き連れて来やがった、もう終わりだこんな国。


「お、お邪魔しま〜す」


「良いのかな、僕たちが入っても」


「うるせぇ、さっさと入れチビ共」


 ……お? あのキチガイ女の友人って言うからいったいどんな怪物が来るかと思ったら予想とは正反対な奴らが来やがった。

 漂って来る気配からして三人とも完全に秩序側の人間で、一人だけ体格の良い奴が居るがその他の二人に関しては完全に子供って感じだな。


「さぁさぁ、お客人はそちらに座って――ん?」


 ――サッ


 何か不思議な既視感の様なものを感じ、客人の一人である白髪の少女へと視線を向ければ勢いよく顔を逸らされてしまう。

 なんだよ、若い娘はオジサンに見詰められたくないってか? などと多少イラつきながらも違和感の正体を考えて頭を捻る。


「? どうかしましたか?」


「な、何でもないですよレーナさん!」


 気狂い女の声掛けにも返事をせず、ただじっと白髪の少女へと視線を向け続ける、


「いや、何処かで……会ったか?」


「ショタイメンデスヨ」


「んん?」


 初対面と言いつつ全然目を合わせようとしながらねぇなコイツ……さては俺に何かやましい事があるな?

 理由は不明だが、この腹の底から湧き上がって来るような怒りの感情といい、何かコイツとの間にあるはず――


「――あっ!お前あの時の放火魔じゃねぇか!」


「チガウヨ!」


「嘘吐くんじゃねぇ! テメェ、そこのモジャモジャと一緒になって襲って来たじゃねぇか!」


「も、もじゃもじゃ……僕はもじゃもじゃ……」


 あの気狂い女が王国の王女を攫って来やがった時に多くの渡り人を率いて攻めて来やがった女じゃねぇか! やはり気狂いの友人は気狂いだったわ!

 普通殺そうとした相手の前に顔を出すか? しかも誤魔化そうとしやがったしよォ!


「お前よくも命を狙った相手の前に顔を出せたな?! お前が旧領主邸の裏口を爆破したのまだ覚えてんだからな?!」


「い、いや〜……あれはレーナさんを楽しませようとしただけだし? 偽りの領主なんて無秩序な事は秩序陣営としては見過ごせないっていう大義もあったし?」


 一丁前に女の子らしく足を揃えて座り、大きな杖を膝に乗せて指を突き合わせる仕草が微妙にイラッと来る。

 普段なら恥ずかしそうに目を逸らすの仕草に愛好を崩したんだろうが、今はそうは行かねぇ。

 半端な言い訳もクソ喰らえとしか思わねぇよこのタコが!


「うるせぇんだよ爆破幼女がッ!!」


「誰が幼女ですってぇッ?!」


「おめェだよこの火力ゴリラッ!!」


「どいつもこいつも私の事をチビだの幼女だの……表出ろやゴラァ!!」


 上から見下す様に睨め付け、ビシッと指を差しながら怒鳴ってやればあっちも売り言葉に買い言葉も言わんばかりに間にあったテーブルに足を乗せて中指を突き立てて来る。

 おうおう、そっちがその気なら殺ってやんよォ!! どうせお前ら渡り人は殺しても死なねぇんだろうがッ!!


「テメェが広場で全裸土下座するまで何回でも殺してやるよォ……!!」


「なっ?! ぜ、ぜぜ、ぜん……?!」


 あ? なんだコイツ処女かよ……顔を真っ赤にしちゃってまぁ可愛らしいこと。


「はっ! なんだその面はァ……?」


「うるさいわね! 別に関係ないでしょ!」


「なに生娘が調子に乗ってんだ、やっぱりガキじゃねぇかよ」


「むっきー! レーナさん私コイツのこと嫌い!」


 やっぱりガキじゃねぇかよ! ガキが調子に乗りやがってよォ!!


「……はぁ、まぁ……とりあえず白黒付けて来たらどうですか?」


「「ぜってぇ泣かすッ!!」」


 背後でオロオロとする部下を置いて早速部屋から出ようとする俺の前へと、体格の良い男が立ちはだかる。


「あ? なんだ? 邪魔する気か?」


「いやいや、そんなつもりはないさ」


 なんだコイツ……生意気そうな面してやがんのに、妙に作ったような笑顔を貼り付けやがって。


「ただ、な……このチビの事を泣かすって言ったよな?」


「それがどうかしたか? 仲間の危機に文句の一つでも言いてぇって事か?」


 せっかく味方して貰ってるのに『またチビって……!!』と憤慨しているガキを指差しながら、男はそれもまた違うと言う様に首を振り――


「――俺が先にコイツを泣かすって決めてんだ」


「う、裏切った?! ハンネスが裏切った!?」


「ぶわははは?!?!!! お前人望ねぇじゃねぇかよクソガキッ!!」


 額に青筋を浮かべながら、腹に一物抱えてますって表情を必死に笑顔で取り繕ってる男の発言に思わずバカ笑いが飛び出してしまう。


「よう、小学生……今日の昼間は世話になったなァ?」


「わ、私はアンタと同い歳でしょうが! てか何時まで根に持ってんのよ?!」


 どうやらこのメスガキはこの坊主の事も敵に回してたらしいな。


「あ、あー……じゃあ僕は用事を思い出したのでこの辺で――」


「待ってよユウ! 私を見捨てないで!」


「あー……」


「お願い! 私を助けてよ! このままじゃクソ野郎共に二対一なんて卑劣な戦いを強いられちゃう!」


 まぁ、俺は別に加わっても良いがな……このモジャモジャもメスガキと同じく俺を襲撃して来た主犯格の一人だしよ。


「……はぁ、もう……マリアは仕方ないなぁ」


「やった! ユウ大好き!」


「えっ」


「……え? …………あっ! ち、違うから! 大好きっていうのはノリで言っただけで別に大した意味は無いから!」


「あっ、う、うん……分かってるよ」


 なんだ、俺は今なにを見せられているんだ……コイツらまさかとは思ってたがデキてんのか?

 なぁんで、こんな思わず顔を顰めてしまうくらい初々しい光景をこの歳で見せられなきゃならんのか。


「……」


 見れば体格の良い坊主も微妙な表情をしてやがる。コイツとは良い酒が飲めそうだ。

 まぁ、いい……どうせボコる相手だ。せめて人生の先輩としてオジサンがアドバイスを一つくれてやろう――


「ガキ共、イチャつくのは良いが避妊はしっかりな」


「アンタ最低ッ!!」


 顔を真っ赤にしたメスガキに思いっ切り怒鳴られてしまったがオジサンは気にしない――

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